第15話〈ラーメンを食べに〉

龍禪市の中心都市へと歩く。

眠れぬ街と言うのだろうか、街灯が輝くこの街には様々な人で賑わっていた。

本当は都心から離れた森林郊外で養分を確保する為に喰らおうと思ったんだが、流石に瑠璃玻を連れてそんな所へは行けない。万が一があるからなぁ。

だから適当に、夜遊びをする為と口実を付けて、こうして街へと繰り出していた。


「田舎と聞おいやしたけど、賑わいはおんなじどすね」


「………」


「で、今日はなんをしはるつもりどすねん?」


「今日?あー……」


街へ繰り出した所で出来る事なんてたかが知れている。

何よりも俺たちは子供だ。今、こうして出歩いているだけでも補導されてしまうだろう。

だから店に入る様な真似はしない。なので駅前近くを歩き出す。

この道沿いを歩いて行けば……お、丁度良いや。


「ラーメン。食いに来たんだよ」


出店が近くにあった。白い湯気が立ち込めるラーメン屋で、暖簾の奥ではせっせと大将が動いていた。


「ふぅん、ラーメン、美味しいんどすか?」


「食った事ないのか?」


「あらしまへんやけどそれが何や?」


ふーん。まあ、由緒正しき四游院家がラーメンなんて栄養バランスに偏りがありそうなモノ食べる筈無いか。なら良いか、ここでメシ食って帰らそう。


「お前も食うか?」


「ラーメン?なっといい香りどすやけど、うちん口に合おんやろか」


はいはい。そういう遠回しに馬鹿にするのは良いから。


「じゃあ待つか?」


「バツ、誰に対しそない口を聞いてるん?」


おっと。つい敬語が外れてた。

鋭い目つきは何時でもお前の首なんて切れるからな、と言いたげだ。

改めなくちゃな。一応は俺のご主人様に当たる人間だし。


「ま、いいわ。取り合えず暖簾、くぐりまひょか」


俺と瑠璃玻は出店に顔を出す。そして椅子に座ると、店の店主は一瞬怪訝そうな表情を浮かべた。子供が二人、こんな時間で何をしているのか、聞こうとしたのだろう。

しかし、店主は黙ってカウンターに置かれたメニューを指差す。メニュー、と言ってもその内容は一択、豚骨ラーメンだけだった。


「トンコツ、二人分」


俺がそう頼むと大将は一度出店から出て行った。屋台と鍋は別であるらしく、麺を湯がく為に出て行ったらしい。

それを見兼ねてか、瑠璃玻はカウンターに人差し指を置いて、つつー、と滑らす。


「テーブルんそーじすら行き届いてへん程に繁盛したはるんどすなぁ」


こらやめろ。あの不機嫌そうな店主の顔を見ただろうが。

多少テーブルが脂っぽくてネチネチしてても言うんじゃない。

むしろアレだ。脂っこい店のラーメンは美味しいっていう話があるから。


「……はいよ」


数分後。店主が顔を出してラーメンを俺たちの前に置いた。

あぁ、良い匂いだ。そういえばラーメンを食べるのも転生前ぶりだったな。

おい瑠璃玻、そんな眉を顰めんな。「なんやこの豚の死骸みたいな臭いは」とかそれ思っても絶対口に出すんじゃねぇぞ。


「いただきます」


俺は割り箸を割って両手を合わせて頭を下げる。

瑠璃玻も割り箸を持って軽く会釈をすると、嫌そうな顔をして麺を啜り出した。


「………、ふぅ……、ふぅ………、」


口にラーメンを運ぶ時には凄く嫌そうな顔をしてたのに、一口食べると目を丸くしていた。そして、何も言わずにラーメンを啜り出している。

どうやら気に入ったらしいな。俺も遠慮する事無く、ラーメンを貪る事にした。

二人して無言でラーメンを食べて、汁の一滴まで飲み干すと丼をテーブルの上に置く。

そして俺は手を合わせて「ごちそうさまでした」と口にすると、店主はぶっきらぼうに「おう」とだけ応えてくれた。

ポケットから金を取り出してそれをテーブルの上に置くと、俺と瑠璃玻は店から出て行く。一言も発していない瑠璃玻。何を考えているんだろうか。


「……こら驚おいやした、あないな美味しい食べモンがおしたんどすなぁ」


……なんだ、高評価じゃないか。

ホクホクと、頬を赤く染めて満足気な顔をする瑠璃玻。

まさか、瑠璃玻がそんな素直に褒めるなんて、逆に嫌味なのかと疑ってしまう。


「ねえ、あすもあそこに行くん?」


いや、連日行くつもりかよ。

それはダメだ。俺殆ど金無いし、それ以前に俺は養分を溜めなくちゃいけないんだからよ。

だから、適当な事でも言って断ろうとした時……ふと、俺は誰かの視線に気が付いた。


「………お嬢」


俺は瑠璃玻の腰に手を添えて、ゆっくりと路地裏へと入る。

急に俺が静かな所へと連れて行ったから、瑠璃玻は困惑とした表情を浮かべた。


「どすねんか急に」


「少し揺れる」


そう言葉にすると同時に俺は少ない養分を消化して流力を生成し、脚力を強化して飛んだ。

壁と壁の間を飛び跳ねる様に、俺は一気に屋上へと飛び出す。

その常人離れした行動に、後ろから追っていた謎の連中もまた常人離れした動きで俺を追って来る。

まず、俺の動きに対応出来ている時点で人間じゃ無いな。そして、人ごみに紛れる事が出来ると言う事は禍物でもない。とすれば、それは俺と同じ術師であることが分かる。

大方、瑠璃玻でも攫いに来たか?人質にする為に。だとしたら残念な事だ。

瑠璃玻の傍には俺が居る。その時点で人質にされることはまずないんだからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る