第14話〈瑠璃玻の願い事〉
何と言うかなんでこうなった。
「バツぅ。ちょい来て」
「……何か?」
「飲みモン無くならはったから新しいん持ってきて」
「了解しました」
「バツ、こっちに来て」
「はい」
「暇やからなんか踊っておくれやす」
「……はい」
「バツー」
……誰がバツだあの女ァ。
俺の口の端に出来たこの×印からそう名付けたんだろうな。
つか、なんで俺を呼ぶんだ、あんなささいな事で。
いや、分かってる。俺はあの女の従士だからな、下手に刺激するのも断りを入れるのもダメだ。それをすれば俺の評価が下がる。そうすれば黒羽尾の耳にも届くだろうし、そして最悪俺との入れ替えを行うかもしれない。
あぁ……やってらんねぇよ。それでも。こうして黙って行動するだけでも億劫なのに、ストレスが溜まっちまうよ畜生。
喋るのも喋りかけるのも嫌だから無表情キャラとして通しているが、それでも注文は止まらねぇしよ。しかもこの女、ジィっと俺を見て何かを見透かしている気がするし。
「なぁバツ、なんなんそれ」
あ?なんだよ。また瑠璃玻が喋り掛けてきやがった。
他にする事ないのかよコイツ。従士の俺に喋り掛けて来るなんでよっぽど暇なんだな。んで、なんだって?俺のなにが何?
「その肩に背負ってるモン。なんなん、野球でも嗜むん?ふふ」
なんだその小馬鹿にした様な喋り方は。
あぁ見せたくねぇな。けど見せなかったら何か言われるんだろうなぁ。はぁ……
仕方なく俺は取り出す事にした。野球バットを入れる収納ケースに入れてたから野球でもするのかと言ったんだろうな。
中から取り出したのは俺の必要な武器。契剣無刻だ。
「刀?ええね。それで、人を殺すん?」
人?………あー、どうだろ。そういや俺、未だに人を殺してないしなぁ。
いや別に人を殺したらダメなんて倫理観じゃない。ただ今のところ俺には必要ないと思ってるし、俺の術理を使って殺したら魂が俺の中に入るからな。色々と面倒なんだよ。腹の中で消化されていく魂の声を聞くのはよ。
「あくまでも護身用です」
「ふぅん。なら人を殺した事あらへんのや、ほうかほうか」
俺と刀を交互に見てにんまりを微笑みを浮かべる。
コイツが晶を虐めていた事実さえなければ凄い可愛く見えるのに、その実情を知っている俺はその笑顔が悪魔の笑みである事を理解していた。
「なら。人、殺してみへん?」
……この女。
危ない奴だと思っていたが、これほどとは思わなかった。
さっさと刀をしまう俺。それを見ながら首を傾げる瑠璃玻。
「簡単な事どす。お父とにーさんはんを殺すやけ」
……はあ?殺すって。お前の親父さんと兄さんをか?
マジで言ってんのかコイツ。
「何故殺さなければならないんですか?」
「うち、大人にならはったらそんどっちゃかとお子たちを作れへんといけへん」
あぁ。世継ぎか。確か四游院家は純血主義だから、血縁関係のある親戚や親族と子供を作るんだっけ。大抵は兄妹、腹違いの子供を作ってその子供が産める体になったらその子供と子を成す。
妾の子である晶は子を産む為に作られた生贄に他ならない。
しかし、ここでも話が違って来るのか。晶以外にも、子供を産む為に瑠璃玻を使うなんて。俺が書いていた話にはそんな事は考えて無かったぞ。
「身内とお子たちをこしらえるなんて虫唾が走るわ。やから殺すんや」
まあ、親父さんと兄さんを殺したら必然的に瑠璃玻が当主になる。
……ここで俺が手籠めにしておけば、二人を殺して裏で実権が握れるな。
流石にそれを実行する気にはならんが
「話は聞かなかったことにします。なのでお嬢様もそれを忘れる様に」
そう言って俺は瑠璃玻から遠ざかる。
そんな俺の後ろ姿を、瑠璃玻は延々と見続けていて、背中がなんだかムズ痒く感じてしまうのだった。
そして夜。
お勤めを終えた俺は自室へと戻る事にした。
さて、この後はどうするかね。
俺の体は人造人間だから睡眠を必要としない。つまり本来休むべき時間帯が俺に許された自由時間に他ならなかった。
「……良し」
暇だから俺はこの辺りを散策する事にした。
四游院家には他の術師を入れない為に結界を張っているから、襲撃があってもそう簡単に敗れる事はない。
襖を開けて周囲を確認する。良し、誰も居ないな。
見回りが居ない時間を見て外に出ようとしてるから、まあ出くわさないのは当たり前だが。
俺は塀に手を伸ばす。
これほど裕福で由緒正しい屋敷だとしても、その御当主が抜け道を作ってないとは限らない。
結界を通る事が出来る道は正門だけじゃない。正門から正々堂々と入られてしまえば内部に居る人間がどうやって逃げるのか。
だから多分あると思った。結界の網目、その隙間がある事を。
そして案の定、俺は塀に出来た隠し扉を発見したのだ。
此処が唯一。結界による防壁が通ってない場所。ギィ、と隠し扉が開いて、俺は其処から出ようとすると。
「あらこらいかんわ。見てしもた」
そんな幼い声が背後から聞こえて俺はビクリと体を震わせた。
そして恐る恐る後ろを振り向くと、寝間着姿の瑠璃玻がこちらを見ていたのだ。
「何してはるん?バツぅ」
にまにまと、相手の悪い部分を見るかの様に、意地悪く人の弱点を弄る様に、そう瑠璃玻は俺の弱みを握った様子だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます