第9話〈褒め伸ばし〉

湯で体を洗い流してゆっくりと温泉に浸かる。

久々の温泉だわ。いや、最後に温泉に入ったの転生する前だからなぁ。

じゃあこれ人生初温泉ってワケか。

まあ、なんでも良いか。そんな些細な悩みなんて、この温泉の前じゃどうでもいいことだ。

はぁ……いいねぇ。拠点に戻ったら黒羽尾の親父にでも交渉して作って貰おうかね。


「……」


お、雪崩も来たみたいだな。髪を束ねて湯船に浸からない様に気を配っている。

教えた甲斐があったぜ。ゆっくりと温泉に浸かると雪崩は体を伸ばした。


「どうだ?気持ち良いだろ」


「気持ち……良い」


こっくりと頷く雪崩、頬を赤くして体を温めている。

あー、丁度良かった、こんな場所に温泉があるなんてよ。

……と言っても、これも設定なんだけどな。

確か小綿ルートで主人公の鍛冶塚鋭純がこの神社の禍物を殺して衣服が血だらけになったから、ヒロインと一緒にお風呂へと入れる為に作ったんだっけか。

確かこの近くに猿の群れがあって、ヒロインの衣服が奪われて、鍛冶塚のシャツを着込んで帰るんだ。

其処でヒロインが鍛冶塚のシャツの匂いを時折気にしながら帰っていくシーン、あれが雪車町小綿が投刀塚鋭純を意識しだすんだよ。

まあ、そのイベントは今俺が潰してるからそんな展開は起きないけどな。


「骨牌、あのね、近く、良い?」


そう言って、雪崩が俺に近づいてくる。

そして俺の隣に座って、一言も発する事無く俺たちは呆然と空を眺めていた。


「ふぅ……」


なんだか雪崩がソワソワしだしたな。

そろそろアレを欲する頃合いか。

俺は雪崩の方に顔を向けて手を伸ばした。

そして纏めた髪の毛の上に手を置いて左右に動かす。


「あ、ん……ふ、ぅ」


「よーしよし……今日は頑張ったなぁ、偉いぞぉ雪崩ぇ、よしよしよしよし」


そう言って俺は雪崩を褒めちぎる。

雪崩を手懐ける為に始めた何かある度に褒める行為は見事雪崩に嵌っていた。

雪崩と言うキャラクターはクール系女子であり無表情が多い。

流し読みでしか雪崩の行動は確認してないが、彼女はどうやら人の心が分からないと言う機械人形の様な感じであるらしく。最終的に人の心に触れたかったと言う思いを抱きながら死んでしまう可哀そうなキャラである。

黒羽尾は彼女を予め人としての感情や心を抜き取っているらしく、人の心を得る為には自身の命令を忠実に聞かないといけないと吹聴していたらしい。

そんな内容を確認してやっぱあのクソ先輩はクソだなと思う。一度名前を与えた以上、黒羽尾は人造人間を家族同然の様に扱うのだ。人造人間は自分の命の二番目に大切な存在として考えている、だからこそ人造人間を大切に思うし信頼する。そして切り捨てる時には必ず悲哀を抱きながら決断を下すのだ。


まあ、だからと言って本当は良い奴とは言わないし、黒羽尾もまた最悪な奴であることには変わりない。ただ解釈違いは許しておけないだけだ。


まあ、そんなワケで。あんな人の肉体を貪る事が大好きな雪崩にするよりも、今の内に教育して普通の子に戻した方が良いのではないのかと考えた。

どうすれば彼女が普通になるのか、簡単だ。人の心が無い、愛を知らないと言うのならば俺が心を与えれば良い。

至極単純、どんな時でも雪崩が成果を出せば俺がこうして褒め称える。

それを続けていけば、心とか芽生えるんじゃないの?ほら、良くあるだろ、『褒められると、なんだか分からないけど心がポカポカするの、なんだか分からないけど、なんで?』みたいな感じ。え、ならない?まあやるだけやってみるだけだ。


「よしよしよし」


「……ねえ、骨牌、それだけ?」


それだけ?なんだよ。よしよしだけじゃ不服なのか?

仕方が無いな。欲しがりな奴め、よーしよし。


「お前は可愛い、惚れちゃいそうだ。いやもう惚れてるわ。大好きだ、愛してる愛してる」


好感に響きそうな言葉を連呼する。

その声をこそばゆそうにして雪崩を受け止めるとこくりと深く頷く。


「好き、好き、うん、私も、好き、骨牌好き」


「そうかそうか、よーしよし」


かなり人の心って奴が表面上に出て来たんじゃないんだろうか?

まあ、彼女の好きは、俺としりとりでする様な言葉の反復だろうけど。


「ふう……よし、日課も終わったし、そろそろ戻るか」


「うん、戻る、私と、骨牌、一緒に」


そうして温泉から出て、服に着替えようとして、其処で俺たちの服が無い事に気が付いた。


「あれ?服、何処行った?」


周囲を探すと、ザブン、と後ろの方から音が聞こえる。

何者かが温泉に入ったのだろう。即座に振り向くと、顔面を真っ赤にした猿が入浴していた。


あ、しまった。温泉に夢中で忘れてたわ。

ここの温泉には服を盗む猿が居るんだった。


「キキーッ!」


笑い声の様に猿が叫び出す。

糞、あの猿共、山の奥に入りやがって、何処に行きやがった!!


「くしゅんっ」


雪崩が体を震わせながらくしゃみをする。

チクショウ!雪崩が風邪になるだろうが、さっさと服を返せエテ公がぁ!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る