第8話〈食い千切られる〉

雑魚が多くて満足なワケですよ俺は。

粗方俺の能力で食らい尽くした後、満腹感を得ながらゆっくりと歩き出す。


「残念、此処、移動能力が使えない」


雪崩は片手の五指を動かして残念そうに呟いた。

あー、もう結界の範囲内だしな。大抵人を逃がさない様に転移不可能の効果が発動してんだろ。

そういうのあるある。つか大抵の結界能力ってそう言う効果付属してるし。

個人的な未完成の結界とか『陰陽迷宮奇譚』の大迷宮ならまだ転移能力は発動出来るけどよ。


「到着っと」


階段を昇って頂点へ到達。

山の上には神社があるが上は異界と化していた。

素晴らしい程の瘴気に満ちた世界。あるのは岩と崖と言った荒野であり、空には赤い満月が照らしている。

やっぱ結界内部だから、神社とは違う異界なんだな、此処。

軽く分析しながら俺は周囲を探す。と言っても、術具は簡単に見つかった。

崖から飛び降りて俊敏に、俺は咄嗟に近くに居た雪崩を押し出した。


「ぐあッ」


ぶちり、と右肩から先の肉が抉れた。

腕が食われちまったよオイ。中々早いな。

そう思いながら俺は、俺の腕を食った禍物を見る。

大きな犬だ。狼とも呼べる。それがこの結界の主であり、術具を守る生物だろう。


「術具は術師の術理を封じ込めたモノ。けど生命力を共に術具に封じ込めると、術具は疑似生命体と化す。名を術駒じゅつくと称される」


「骨牌、腕、無い、痛い?」


あぁ、大丈夫大丈夫、さっきたらふく食ったから。

血を筋肉で止血して、喰らった栄養分を片手に集中。骨が生えて、それを纏う様に血管、神経、筋肉が構築される。

そして数秒程で俺の千切れた腕は元通りに再生した。

手を握ったり開いたりして調子を確かめる。うん、いいね。

これが〈贄饌〉の術理を選んだ理由の一つ。食えば食う程に俺の肉体には栄養が備蓄される。その栄養を消耗する事で肉体の強化・治癒などが可能となる。

食えば食う程強くなる。まさしくこの能力を表す言葉だ。


「まあ、再生しまくったら消耗し過ぎて何れ燃料切れになるけど」


その前に終わらせばよいだけだ。

しかも相手の武器は自らの口。牙と顎の力程しかない。


「良し雪崩、プランAで行くぞ」


「BとCってあったの?」


無いよ。適当に考えただけだし。

まあとにかく。


「蜘蛛の真似事だ。出来るよな?」


説明を省いて雪崩に言う。それを雪崩は何となくだが理解して頷いてくれた。


「じゃあ頼むわ。俺は少し、このワンコと遊んでるからよ」


「え?狼じゃないの?」


どっちでもいいんだよ。さあて、来いよワンコロ。俺が相手だっ!

栄養分を消耗して流力を精製、それを肉体に流して速度を上昇させる。

地面を蹴って走り出すと共に術駒の犬にも負けず劣らずの敏捷さで対応する。

更に駄目押しでさっき雑魚を喰らった際に会得した能力〈俊敏〉を消費して速度を上げる。


「〈喰手〉!」


狼の傍に俺は手を伸ばして接触する。あの部分は脇腹辺りだろうか、齧り喰う痕が出来て狼は痛そうに声を上げと同時に体を旋回させた。

尻尾を巻いて逃げるってワケか?と冗談交じりに思った瞬間にその巻いた尻尾が俺の体を叩き付けた。

体を即座に振り回したからその威力も中々った。吹き飛ばされた俺だが、大勢を整えて地面に四つん這いで立つ。


「危ねぇ危ねッ!?」


そして顔を前に向けると同時に狼の顎が迫り出す。

一撃で俺の上半身を食い千切ろうとしやがる。即座に両腕を上顎に、下顎に俺の足を掛けて口を閉ざさない様に力を籠める。


「ぎ、ぐぐッ、この、躾のなってねぇ野良犬がッ!」


先程食った分を消耗して流力を大量分泌。それを纏い肉体を強化させて顎を無理矢理開かせて関節を外す。


「ぎゃあ、ッぐ、ふッ」


狼は顎を外されて痛そうに首を左右に振り回す。

口から唾液をだらだら流しながらも、俺に対する闘志を剝き出しにして此方に迫って来る。


「骨牌、出来たっ」


と、雪崩の声が聞こえてきたから俺は了解の意を示す為に片手を上げる。

あー、惜しいな。これが術具回収の任務じゃなかったら、お前を仲間にしてやっても良かったけどよ。本当に残念だ。残念だから死んじまえ。

俺は踵を返して走り出す。狼は一心不乱に俺を求めて走り出した。

もう何も考えられない様子。目の前の敵を食らい尽くす以外、頭にないのだろう。

さっき腹に穴を開けた時、一緒に〈狂犬憑き〉も食らわせたからな。頭の中はグルグルして思考回路がやられてんだろ。

だから俺が直前になって飛び越えても、狼は何故飛んだのかを疑問に思う事すらしない。

そして、俺の命令通りに設置した雪崩の罠にまんまと引っ掛かる。

崖と崖の間には、糸が張り巡らせてある。硬質的で髪よりも細い糸は鋭利な刃物と同等だ。

それに対して突っ込んでいけば肉はおろか骨すら切り刻まれる。

そして何よりも、狼は巨体であり速度が乗っている。その状態で糸に突っ込めば、後はバラバラになったサイコロステーキの完成だ。


「うっし、任務完了だな」


転がる肉の中から無事だった術具を回収して俺は言う。

雪崩は不服そうな表情をしていた。何故ならば、狼が切り刻まれた際に飛び散った血が髪や衣服に付着した為だった。


「あーあ、可哀そうに……あ、そうだ、ここら辺、近くに温泉あんだわ。其処で血でも流すか」


秘湯、と呼ばれる温泉が近くにあるのを思い出して言う。

雪崩は頷いて、疲れを癒す為に一緒に温泉へと向かうのだった。


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