第7話〈術理獲得〉

あー……。

まさか肉体が術師用に適応するまで一年も掛かるとは思わなかったなぁ。

薬は苦ぇし不味いし飲んだら飲んだらで腹を下して三日三晩悶えるし、最初は脱水症状かなんかで死んでしまうかと思ったわ。

けど一か月程飲んでたら薬の副作用も気にしなくなってきて、肉体が以前よりも頑丈に出来て来た実感がある。

そして何よりも、薬を飲み続けて半年後、つるっぱげだった俺の頭に髪の毛が生えてきた。

これは嬉しい、何時も頭が寒かったけど、二か月もすれば完全に髪が生えてきた。

人造人間の特徴なのか、俺の髪の毛の色は灰色で、雪崩と同じような色合いになっている。

そしてこの拠点での生活を続けていて分かった事があるんだが、どうやら参號は失敗作扱いになっていた。

そして参號の肉体は雪崩の肉体に流用されていているらしい。あの肥えた風体をしていた参號がこんな可愛らしい少女の手足になれて良かっただろうな。

零號は術師として既に活動していて、現在は他の地域での術具回収に勤しんでいるらしい。

俺の設定知識が役立っていて、月に一度か二度程、術具の情報を与えてるから回収作業が忙しいのだろう。滅多にこの拠点に来る事は無かった。


雪崩はこの一年で良く成長していた。

未だに胸は膨らみは無いが、身長が俺よりも五センチ高い。

髪の毛は相変わらず長くて絹みたいだ。


「なめこ」


「コアラ」


「コアラ………ラクダ」


「ダビンチ」


「だびんち……ってなに?」


おっとりとした口調で、俺と雪崩は何時もの様にしりとりをしながら歩く。

現在、俺と雪崩は零號と同じように術具回収の任務に就いていた。

これは俺が提案した事で、実戦経験を積む為と言う理由ともう一つ、外に出る為に必要な都合の良い理由だった。


外に出ればヒロインに逢いに行ける。

そして……俺が欲する術具を回収する事も出来る。


まあ、逃走しない様に雪崩が監視として一緒に付いてきているけど。

監視なんて意味ねーと思うけどなぁ。

どうせ、本気で逃げてもどうにかして処分するのだろうしよ。


「今日は毛牙神社に内包されている術具回収だ。術師が侵入した場合、低級だけど〈禍物〉が出現する。狼の様な見た目で俊敏さが特徴的だ、囲まれたら厄介だから一緒に行動するぞ」


俺の言葉に雪崩が頷くと指先から細い蜘蛛の様な糸が伸びる。

それが雪崩が継承した術具だ。名前は〈断路たちみち〉。

糸で敵を切り刻むがそれは術具としての性能であり、その術理は空間移動能力だ。

色々な場所に移動出来る能力は遠距離になればなる程に制限が掛かる。

例えば、移動する為に必要な場所、住所などを知らなければならないとか。

その場合は俺が設定を覚えているから彼女に教えるだけで事が済む。

だから監視以外にも雪崩の能力をタクシー代わりに使っていた。


「大丈夫?傷、痛まない?」


そう心配する様に言って来る雪崩。

俺の頬は裂けていて、それを塞ぐ為に黒糸で縫われていた。

これは術理の代償と言うべきか。俺が術具を継承した時、左の頬が裂けたのだ。

お陰で俺の口には×印が並ぶ様なお粗末な縫い口が刻まれている。

まあ、これも俺と言う人間のアイデンティティと考えれば良いだろう。


「そんじゃ、入りますかねっと」


神社は山の奥にある。

勾配な坂を石造りの階段にして一直線に伸びていた。

歩いて三分も掛からないが、階段前にある鳥居を跨ぐと異様な空気に包まれた。

そして、草木を掻き分けて出てくるのは一つ目の狼たち。

これが術具を守る為に設定された式神だ。

俺の背中に雪崩が立つ。そして迫り来る狼に向けて糸を放つ。

風の様に舞う糸は軽やかに蠢いて狼の首周りに絡まると雪崩が糸を引いた。

鋭利な刃物の如く、すぱりと狼の首を切断する。


「さて、運動前の腹ごしらえって所か」


俺は口の端を舌先で舐めた。傷が出来た口の端には瘡蓋みたいな硬い感触がある。

俺は両手を狼に向ける。そして狼の頭部に接触すると同時に、開いた手を握り締めた。

それだけで、狼の頭部は消え去り、首の部分からは歪な切断面が残る。

うん、いいね。やっぱこの術理を選んで正解だったわ。


俺が選んだ術理。それは嘗ての参號が所有していた〈贄饌〉の術理。

江戸時代中期。

夜に蔓延る禍物を裸一貫、武器も持たず己の咬筋と牙で喰い祓う男が居た。

その男の名は〈禍喰まがじきばん〉。

体長二メートルを超え、両の頬は削げて獣の様な風体をした男とされる。

喰らう禍物を消化し、自らの血肉に変えて力を増したその術師は誰よりも底知らずな術師として語り継がれていた。


そして彼の術理である〈贄饌〉は術具として残り、術師・黒羽尾の元へと流れ着いた。

黒羽尾はその術具を参號に継承させて、主人公を曇らす為に四体の人造人間を街に放ったのだ。

その人造人間の中でも二番目に強いこの術理は、食えば食う程強くなる。

両手で触れた生命を貪る術理〈喰手しょくしゅ〉を発現し、俺は先程の様に狼を喰らったのだ。


「〈俊敏〉〈遠吠え〉〈狂犬憑き〉……大方、これくらいの能力か」


この能力の醍醐味は、食った禍物の能力を備蓄、消化する事で能力を発動する事が出来ると言う点。

正直、この能力だけでもう負ける気がしないね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る