第5話〈手合わせ〉

そんなこんなで三日が経過した。

フードを被った仮面の輩が食事を運んでくる。

あれは人造人間とは違う、黒羽尾が自らの術理で簡易的に仕上げた式神だ。

簡易的式神はまず自我を持たない、流力によって数秒で作られる人形なのだ。

だから痛みを感じないし感情も無い、ただ黒羽尾に命令されて動くだけの存在。

そして人形の活動時間は短く、命令を全うすると即座に消滅する。

あの仮面はただ俺たちに料理を運ぶ為だけに作られた存在、肩入れする事は無いが……。


「うっま……」


その料理は絶品だ。普通の定食屋で出てくる様な内容の料理ばっかだが、味は格別に舌を刺激してくれる。

食事が終わればそれを見越して部屋の中にまた人形が来る、そして空皿を乗せたお盆を持って部屋から出ていくのだった。


「あー、あー……しりとり」


「りんご」


「ごましお」


「おっとせい」


「おっとせいってなに?」


発音練習をする為にしりとりをする。

知識は雪崩よりも俺の方が多いからか、時折雪崩がそれは一体なんなのか聞いてくる。

それを続けて俺の口はかなり回る様になってきた。これなら普通の会話は簡単に出来るだろう。

俺の成長を見届けるかの様に、唐突に黒羽尾が部屋に入って来た。


「やあ。肆號、漆號。調子はどうだい?」


「はい、げんきです」


「げんきです」


そう答えて結構と嬉しそうに黒羽尾は言うと俺の方に近づいてきた。


「さて漆號。会話の方はどうかな?」


そう聞いてくる黒羽尾に俺を頷いて声を出す。


「はい、じゅうぶんにこえをだせるようになりました」


多少舌っ足らずだが声は出せる。黒羽尾もそんな俺を見て及第点を与えたらしく俺の頭をゆっくりと撫でた。


「流石だね、何か欲しいものはあるかい?」


欲しいもの?欲しいものと言えばカツラかな?流石に剥げたままはキツいな。


「いえ、とくにはありません」


「そうかい、なら、そうだね……漆號、今日は君の身体能力を見ようと思う」


身体能力を見るって……それはつまり、俺の実力を図ろうとしているらしい。

困ったな、まさかこんなにも早く、俺の実力を溜めそうとしてくるだなんて。


「さあ、来ると良いよ。流石に三日もあれば歩けるだろう?」


そうは言うが……流石に部屋の中を延々と歩き回ったりしない。

歩くだけならまだなんとかなるが、走ったり、障害物を乗り越えろと言われたらどうしようも無いぞ。


そんな事を考えながらも、俺は黒羽尾に付いて行く。

大丈夫、頃合いを見て俺の秘策を発揮してやろう。

黒羽尾の性格上、喉から手が出るものだろうし。


「それと……肆號。キミも一緒だよ。少し遊ぼう」


?俺以外にも、雪崩を連れていくのか?……もしかして、アレか。俺と雪崩を戦わせて実力を図ろうとしているのか?

ありえるな……そんで負けた方を廃棄処分とか、考えそうだな、この男は。


「さて、それでは君たちで戦ってみてくれ」


そして案の定俺の予想は的中した。

ホームパーティーで挨拶をするかの様に爽やかに言いやがって。


「負けた方はそうだね……可哀そうだけど、お別れしないといけないね?」


やっぱクソだなこの親父は。

洞窟の一番広い広間へとやって来た俺たちに向けて言った言葉がそれだった。

まあいいさ、どっちにしてもこの戦闘後に交渉をすれば良い。

俺も自分の実力を確かめたかった所だ。


「術師の戦闘、その基礎は流力だよ」


流力りゅうりょく

『現代退魔奇譚』シリーズでは必ず出てくる作中用語だ。

術理を使役する為に必要なエネルギーであり、それを肉体に流す事で身体能力を増強させる事も可能。

流力の源は人間の生命力であり使い過ぎると意識を失う事もある。

黒羽尾が戦闘の基礎と言ったのは、術師は肉体を強化して戦う事が前提であり、それが出来ない術師は術師に非ずと言われている。


雪崩が構える。俺もそれに倣うかの様に拳を向ける。


「それでは良い健闘を……始めようか」


パンっ。と黒羽尾が手を叩いた。

その音に反応して雪崩が俺に向かって走り出す。

俺は腕を構えた状態で相手の動きを見る、攻撃を仕掛けると共にカウンターでパンチを喰らわせてやる。

そう思って俺は肉体に流力を流し………いや、どうやって流すんだよこれ。

なんか力めば出るのか?いや待て……流力は術理を持つ者のみに与えられる力だ。

俺は術理を持ち合わせていないから……つまり、流力を纏う事は出来ない。

おいおいなんだよ……これ、出来レースじゃねぇか。


一応は顔面を腕でガードする。

しかし雪崩は腕の隙間に拳をねじ込ませて無理矢理俺の顔面を殴り飛ばした。

流力が纏った拳は威力が増強されている。車にはねられたかの様な衝撃が首に感じて一瞬の走馬灯が思い浮かんだ。

あー懐かしい、首折れた時の記憶が蘇るわ。

とんでもねぇ走馬灯だった。その一撃で俺は地面に突っ伏してしまう。

……そもそも俺は元素から生まれた人造人間。つまりは術師としてではなく人間として作られた存在だ。だから、弱いのも無理が無かった。

……と一応の言い訳をしておく。









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