第4話〈発声練習〉

待てよ俺の知らないヒロインが居るって事は。

最悪だ、あのクソ先輩が書いたシナリオが導入されてんのかよ。

えぇ……面倒臭ェな、何が面倒臭いって、俺あのシナリオ流し読みしかしてねぇんだよ。

自分が書いたプロットなら覚えている、だから今後の展開を予想して行動出来るんだが……あのクソボケの先輩が、余計な真似しやがって。


「なまえ、は?」


肆號、いや、一応は雪崩、か。雪崩はそう言って俺の名前を聞いてくる。


「名前は無いよ。便宜上漆號だ。この子の成果次第では、名前が付くかもしれないね」


黒羽尾から號が取り除かれる時、それが黒羽尾にとって使えると判断された時だ。

つまり、號と呼ばれている以上は俺は取るに足らない、むしろ今後の出来次第で廃棄も見据えている、と言う状態だ。


「そ、う……よんごう、なまえ」


いや知ってる。さっき黒羽尾が言ってたから。

黒羽尾が俺を床に下した、暫く俺は地面を踏ん張るようにして立っていたが、足腰が弱くてすぐに尻餅を付いてしまう。


「おや、五秒も立てたんだね?偉いよ、よしよし」


黒羽尾は俺の頭を優しく撫でた。

くそう、なんでこんな憎み切れない様な真似をするんだよ。

いやそう言う設定にしたのは俺だけど、小説の文体から読み取るのと実際に体験するのは全然違う。


「さてはて、肆號。まずは喋り方でも教えてあげなさい」


踵を返す黒羽尾。自動ドアが開いて俺たちの方に顔を向けて手を振っていたが、自動ドアが閉まり彼の姿が消えていく。

……さて、二人きりになったワケだが、他に人造人間はいないのだろうか。

零號と参號。俺よりも前に製造されているのなら存在はしていると思うが……。

もしかしてシナリオ変更に応じてあの二人、リストラになったか?そりゃ好都合な話だ。あの二人が消えたとなれば、必然的に俺にお零れが来るだろう。


ある程度、利用価値があると判断されれば黒羽尾は人造人間に術具を提供する。

術具とは術師が死後、その能力を世に残す為に異能の力を物質化したモノだ。

ちなみにこの世界で言う異能の呼び方は術理と言う名前だ。

まあ大体察してると思うが、黒羽尾の術理は〈術胎じゅつたい〉。

人造人間を生産し改造し付属する事が出来る術理だ。


黒羽尾は術師としてはかなり強い方で、術理究明も高練度に値する。

黒羽尾が術師を作りたいと思えば、人造人間に術具を植え込ませて無理矢理定着させる事が出来る。

つまり後天的に術理を習得する事が出来るのだ。

正直、このメリットだけで黒羽尾の人造人間になって良かったと思う。

他に転生したとしても、術理が定着している可能性は低い。

ならば術理が無くても後天的に、且つ、術理を選択出来る環境が此処には揃っている。


さて、ならどうするか……。零號は確か〈穢孕えよう〉の術理を持っていて、参號は〈贄饌しせん〉の術理を持っている設定だ。

魔物を生み出す事が出来る能力と、生命を喰らう能力……選ぶのならどっちか。


「……あー、ん」


と、一人考えていた矢先、目と鼻の先に雪崩の顔があった。

物思いに耽り過ぎてたみたいだな。気が付かない内に雪崩が四つん這いになって俺に近づいていた。


「あー、いー、うー、えー、おー」


大きく口を開けて喋り方を教え出す雪崩。

甲斐甲斐しくてなんだか可愛らしいな、あのクソが生んだと思うと複雑な気分だが。

とりあえず俺は雪崩に倣う様に口を開いて発音の練習をする。


「あ、い、う、え、お」


声を発生して分かるが、俺はどうやら、舌もだが、喉の筋肉も低下していた。

発音する為に喉奥を開こうとしても思うようにいかない。

だから、何処か舌っ足らずな喋り方になってしまう。


「……あー、ん」


すると、俺に向けて人差し指と中指を向ける。

その指が俺に近づけて、そのまま、俺の口の中に突っ込んだ。


「が、あッ」


彼女の指が俺の喉へと滑っていく、うわ、吐きそう。別に汚いとかじゃなくて、生理現象で、嗚咽が漏れだしそうになる。


「がまん、はむ」


そして、今度は俺の指を雪崩が口に含んだ、ぬるぬると、何処か生暖かい彼女の口の中、柔らか舌先から喉奥へと這わせて、俺と同じように喉奥に指を当てる。


「はー、ひー、ふー、へー、ほー」


と、彼女はどうやら、喉の筋肉をどう使うか俺に直接教え込もうとしたらしい。

どうにかして喋らそうとするその気概は悪くないが、悪いけど吐きそうだ。


「が、はッ、はっ」


雪崩の指を無理に引っ張り出して、俺は唾液を床に吐き散らした。

その際に雪崩の喉に突っ込んでいた指も抜いたが、ぬめりのある指の股を擦る、雪崩の口の中の感触がまだ指先に残っていた。


「あー……んぐ」


雪崩は口の中に広がりつつあった唾液を飲み干した、が、俺が無理に引き抜いたから、彼女の口の端からは唾液が垂れつつある。


「いたい?……だいじょうぶ?」


そう心配してくれる雪崩。

いやぁ……お前が心配してくれるのは分かるけど、やるんだとしたらもっとちゃんとしたやり方で教えてくれ。


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