第12話 沙織、覚醒
「沙織、まずはお前の能力を見せてくれ」
「の、能力?」
「ああ。薬を使って、どんな能力があるのかを把握してくれ……頼む」
悔しさを隠すことなく、勇次は沙織へとそう告げる。
先程、相手にした
だが、ここはいつ命を落とすか分からない地獄。そんな場所で、いくら大事なものだとはいえど使用を躊躇う必要などない。ラストエリクサーを最後の最後まで持ち続けていたところで、何も意味などないのだから。
だからこそ、勇次は沙織に使用を促したのだ。
それを分かっているからこそ、沙織は抵抗することなく頷く。
「うん、それじゃ、使うね」
「ああ」
沙織が左ポケットから薬を取り出し、そのまま右手甲へ当てる。
その間も、勇次が周囲の警戒を続けながらだ。いつ襲われてもいいように、その左手に薬を用意して。
もしも、この間に襲ってきたら――その瞬間に、冨田勢源へと成れるように。
そして、沙織がそのまま薬のボタンを押して――。
「――っ!」
光の粒子と共に、沙織がその姿を変貌させた。
祭祀のような、一枚の布をそのまま着ているような貫頭衣。そこに赤の襷と帯、加えて数珠のような首飾りを幾つも掛けている。そしてその髪型は一部を頭の横で八の字に結び、残りを背中に流したそれである。そして、その額にあるのは太陽の形を模したかのような、金色の冠だった。
ある種の神々しさすら感じる、その姿。
まさに、邪馬台国の女王――卑弥呼。
「能力は、どんな感じだ?」
「う、うん……」
勇次の言葉に対して、応えるのは沙織の声だ。だが、その存在感は沙織のそれを遥かに超えている。
これが――英雄の外殻を纏うということ。
まさに、別人になっているようなものだ。沙織が、こうなった勇次を恐れたのも無理はない。
「んっと……お兄ちゃんたちみたいに、
「そうなのか?」
「早く走れそうにないし、むしろ着てるのがダボダボだから動きにくいかな……。武器らしいものも、特にないし……」
「そう、か……」
やはり、戦闘系の英雄ではないということか。
あまり日本史に詳しくない勇次からすれば、名前くらいしか知らない相手である。卑弥呼がどのような逸話を持ち、どのような伝説を残したのか――それが分かれば、少しくらいは能力のヒントになったかもしれないのに。
だが、そこで沙織が、何かに気付いたかのように顔を上げる。
「え……こ、これ……?」
「どうした!?」
「わ、分かんない……! な、なんか、何これ……こ、これを、言うの……?」
「おい、沙織!?」
「――」
焦点の合っていない、沙織の眼差し。それが、中空にいる誰かと話しているような。
そして、そんな沙織が、力ある言葉をゆっくりと唱えた。
「――『全知・森羅万象』」
言葉と共に、沙織はゆっくりと膝をついた。
その目に、何が見えているのかは分からない。だが、何か大切なものが見えているのだろう。
それこそが――沙織の能力。
「……お、兄ちゃん」
「どうした!」
「あ、あたし……分かるの……全部、分かるの……!」
「何がだ!?」
ひたすらに戸惑いを見せる沙織へと、そう尋ねる。
相変わらず、その視界に勇次を映さないままだ。しかし、空に映った何かを追いかけているかのように、その目はいつまでも動き続けている。
そこに、映っているのは――。
「地図……」
「へ? 地図……?」
「あたしたちがどこにいるのか……
「えぇっ!?」
思わぬ沙織の言葉に、そう驚く。
確かに、『全知・森羅万象』と言った。それは確かに、森羅万象全てを知り得るということになる。
そして、そんな能力の顕現――それは、地図として映し出される情報を見ることができるということ。
「え、えっと……あ、あっちの方向に……」
「ああ!」
「三百メートルくらい向こうに、クラスメイトが二人と、
「誰がいるんだ!」
「そ、そこまでは、分かんない……」
単純に、それは広範囲におけるレーダーだ。
恐らく現在位置を中心として、どこに誰がいるのか分かる、という能力だろう。そして、その識別は人間であるか
つまり、そこにいるクラスメイトが、信用における人物であるかどうかまでは分からない。
「向こうの方角には、
「持続時間は、あんまり長くないってことか」
「う、うん。えっと……三十秒間だけ見られるんだって。それで、もう一度使うのに二分三十秒かかるってことだから……三十秒見たら、次に薬を使うまで見られないみたい」
「なるほど……」
デメリットはあるみたいだが、これ以上ないほどに役立つ能力だ。
少なくとも、どこに敵がいるのか分からない状態というのは避けたい。だが、沙織が能力を使うことで、少なくともどこに
あとは、そこにいる連中が信用できるかどうか――。
「他に能力はないのか?」
「他には……ないみたい」
「まぁ、それもそうか。俺も一つだけだしな」
勇次の持つ能力――それは、『心眼・絶対領域』。
体感にして五メートルほどの範囲内において、戦闘に関する簡易な未来予知を行うことのできる能力だ。
そして、卑弥呼という女王がかつて邪馬台国という国を統治していた存在だとすると、その個人戦闘能力に関しては期待しない方が良さそうである。
「よし」
まず、沙織に与えられた情報――それは、こちらへ向けて
少なくとも、ここからはできる限り離れなければならない。
そして、シェルターがある場所にいるという三人のクラスメイト――恐らく彼らは、廉太郎と同じく生命線である薬を求めて、シェルターまで戻ってきているのだろう。
衣笠や龍田のように、場を乱すような人間でなければ、せめて協力を申し出るのも一つの手だ。
「ひとまず、ここから離れよう。それで、シェルターに向かう。薬を追加で持っておかなきゃな」
「う、うん」
「三人いて、
「……そうだね、お兄ちゃん」
薬が必要というのも、仲間が必要というのも、本当のことだ。
だけれど、勇次がシェルターへ向かうことにした本当の理由は。
それが――亡き親友の示した、最期の道標でもあったから。
「……さよなら、レン」
ゆっくりと振り返り。
首から上を失った、親友の亡骸に――永遠の別れを告げて、勇次は沙織と共にその場を離れた。
キャラクター紹介
長門沙織
英雄:卑弥呼 Aランク
能力『全治・森羅万象』
【任意発動】自身を中心とした半径一キロメートル内に存在する生物の存在を三十秒間、地図上で認識することができる。人、
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