第13話 一方その頃 前

「鬱陶しいんだよ!!」


 瓦礫の上から、こちらへと襲いかかってくる凶蟲バグ――それを相手に、衣笠鉄男はそう大声を上げた。

 それと共にその右手甲へと薬を打ち、生まれるのはその背に真紅のマント、髑髏で作られた首飾り、漆黒の鎧である。


「『魔王・天下布武』っ!!」


 そして力ある言葉と共に生まれるのは、その周囲に浮かぶ数多の火縄銃である。

 轟音と共に数多の火縄銃が、一斉に火を噴く。

 たったそれだけで、目の前にいた蟷螂かまきりを模したかのような巨大な凶蟲バグ――その上半身が、吹き飛んだ。


「ちっ……これで五匹目か」


「さすが衣笠だな。一人で全部やっちまってるじゃん」


「うるせぇ、てめぇも働け龍田」


 衣笠鉄男と龍田竜次――クラスの中でも問題児であり、不良と呼ばれる彼らはいつだってはみ出し者だ。

 当然のように、この生き残りを賭けて凶蟲バグを倒すデスゲーム――それにあたっても、他に仲間がいるはずがない。常に二人で町中を暴れまわり、常に二人で警察のお世話になっていた。

 いくら命懸けのゲームであれど――いや、命懸けのゲームであるがゆえに、彼らと共に行動しようと考える者などいない。少なくとも、クラスの女子で彼らに命を預けようと考える者などいないのだから。

 龍田竜次にも、それは分かっている。だからこそ、彼は衣笠と行動を共にしているのだ。


「ケッ……このあたりの凶蟲バグは低級か? 俺だけで殲滅できるぜ」


「何なら、俺の分の薬も預けとくぜ」


「お前、戦うつもりねぇのかよ」


「だから言っただろ。俺の英雄はあの『座頭市』なんだってば」


「ふん……」


 座頭市。

 それは民衆の伝聞に残る、盲目の侠客のことである。

 衣笠も龍田もいくつか映画を見たことがあり、特に最近では当時の有名芸人が監督をしたという映画を見た。そういう経緯もあって、一応知っている。


「薬打っちまうと、目が見えなくなるんだよ。三分間目が見えなくなって動けなくなったら、困るだろ」


「だからってなぁ……」


「比べて、そっちはいいよなぁ。ショットガン持ってるみたいなもんだろ?」


「まぁな」


 クククッ、と衣笠が笑う。

 長身の龍田に比べても、衣笠の方が背が高いし筋骨隆々の体をしている。だが、そんな鍛え上げた体が全く無意味な能力を彼は授かっているのだ。

 衣笠鉄男――そこに共にある英雄は、日本史など全くやっていない龍田ですら知っている超有名人である。


 織田信長。


 戦国時代、一大名としてありながらも勢力を伸ばし、天下布武を掲げて天下を統一したとされる英雄である。

 実際のところは天下統一にまでは至らなかったらしいが、それでも彼を語らずして戦国時代は語れない――それほどの大英雄だ。

 そんな衣笠の能力、『魔王・天下布武』――それは、かの長篠の戦いにおける逸話、三段撃ちである。

 数多の火縄銃をその周囲に顕現させ、一斉に銃弾を放つことができる。最早、ショットガン並の威力を持っているとさえ言っていい。

 残念ながら食料庫で青葉が凶蟲バグへ向けて放ったように、火縄銃はその威力が高くても連射をできない性質を持つのが当然だ。ゆえに、一度能力を使うと三十秒のクールタイムが発生するらしい。

 だが、デメリットはあってもその威力は凄まじい。あまりの強さに、龍田も少々引いたくらいだ。


「しっかし、座頭市ねぇ。ありゃ確か、どっかの民間伝承でしかねぇとか聞いた気がするけどな」


「そうなのか? つか、衣笠詳しいよな。歌川ナントカとか知ってるし」


「日本史は好きだったからな。俺もあの時代に行って暴れまわりてぇと思ってたもんだ」


「お前らしいわ」


 ぎゃはは、と龍田は笑う。

 だが、その内心は冷や汗がだらだら流れ落ちていた。どうしてそれほど詳しいんだ、と。

 龍田は――嘘を吐いているのだから。


「これで五匹と……龍田、まだ一匹も倒してねぇな。お前も撃破ポイント稼がなきゃいけねぇぞ」


「え? い、いや、お、俺はいいよ。お前が撃破数稼いでくれよ」


「何言ってんだよ。撃破数しっかり稼げば、いずれは『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』に入れるんだぜ? 特権階級ってやつだ。一緒に入って、大暴れしてやろうぜ」


 にかっ、と衣笠が笑う。

 龍田という友人を何一つ疑うことなく、全幅の信頼を置いて。

 思わず、目を逸らしてしまう。


「い、いやー……で、でも、薬使うと、目が見えなくなるし……」


「まぁ、その間は俺が周りを警戒してやるよ。お前が一匹相手にするときに、どんな凶蟲バグが襲ってこようと手出しはさせねぇ」


「た、頼もしいな……」


「おっしゃ、それじゃ、次の獲物探しに行こうぜ!」


「え、あ、ああ……」


「次ぁ、もうちっと骨のある奴がいいな。つーか今まで相手にした五匹、全部形が違うよなぁ。何か法則でもあんのか?」


「そう、言われても……」


 今まで、衣笠が倒してきた五匹。

 その全てが、あのときシェルターで出会った漆黒の凶蟲バグとは、違う形をしていた。少なくとも、今まで遭遇した五匹は全部、体毛など生えていなかったのだから。

 最初に倒したのは、ゴキブリのような姿をしていた。あとは巨大なダニにハエ、そして何故か地上にいるタツノオトシゴみたいな凶蟲バグだった。そして、先程倒したカマキリで五匹目である。

 ゴキブリやカマキリの姿を見れば、何故奴らが『蟲』と名付けられたのかよく分かるものだ。


「あ、そうだ。最初のシェルター戻ってみっか」


「え!? なんでだよ!?」


「いや、だってなぁ……薬もう残り十回切ってんだよ。予備あった方がぜってぇいいだろ」


「そ、そりゃそうだけどよ……」


「ああ、そうだ」


 にやっ、と衣笠が笑みを浮かべる。

 そんな浮かべた笑みに、背筋が凍る気がした。大抵、こういう笑みを浮かべた衣笠から、良い提案をされたことなどないのだから。

 大体、「ちょっと暴れようぜ」の提案であり、いつも龍田はそれに乗るのだけれど。


「あそこのシェルターに、あのでっけぇ黒い凶蟲バグがいるだろ。あいつの相手を任せるわ」


「え、えっ!?」


「よしよし、んで、俺はその間に薬を回収する形だな。まぁ、百本くれぇは持っとくか。残りの連中も取りに来るだろうし。どんくれぇ生き残ってるかは知らねぇけどよ」


 にやにやと笑いながら、そう足取りを軽くシェルターへと歩みを進める衣笠に、龍田は一瞬足を止めながらも、しかし後で追いかける。

 今ここで衣笠に見捨てられたら、龍田はもう生きていけない。

 とにかく衣笠と一緒にいて、どうにか最後まで庇護を受けることができれば、龍田は生き延びることができるのだから――。

 ゆえに、小さく呟く。


「死にたく、ねぇ……」


 何せ、彼と共にある英雄は。

 衣笠が貶め、嗤ったクラス委員長、那智大介と共にあった英雄――浮世絵師、歌川広重。

 彼と並ぶと称された、『富嶽三十六景』を描いた稀代の浮世絵師。


 葛飾北斎である。





キャラクター紹介

衣笠鉄男

英雄:織田信長 Sランク

能力『魔王・天下布武』

【任意発動】己の周囲に五十本の火縄銃を顕現させ、一斉に銃弾を放つ。射程は四メートル。一度の使用につき、三十秒の待機時間が発生する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る