第9話 これからの方針

「そういや勇次の能力聞いてなかったな。どんなのなんだ?」


「ん……ああ、そうだな……」


 廉太郎の言葉に、少しだけ悩む。

 どう説明すればいいのだろうか。視覚を失う代わりに、それ以上の情報を数多く手に入れることができる。その結果、三百六十度全ての情報が一気に雪崩れ込んでくるあの感覚は、なんとなく説明しづらい。

 普段の勇次ならば、その情報量の多さにパンクしてしまっているのではないかと思える。だが、冨田勢源という英雄の外殻となっている状態ならば、きっとその情報量を捌いているのも英雄のそれなのだろう。でなければ、あれほど完璧に周囲の状況を把握できるはずがない。


「なんだろう……目は見えないんだけど、その代わり周りの全部が分かる、みたいな」


「アナライズ的な感じってことか?」


「いや、それがよく分からないけど……」


「つまりあれか。周囲の状況把握能力ってことか。範囲はどれくらいだ?」


「分からないけど……試してみようか?」


 ポケットから、先程使ったばかりの薬を取り出す。

 回数こそ決まっているが、それでも自分の能力は自分で把握しておかねばなるまい。その範囲がどれほどのものなのか。それさえ把握しておけば、作戦も立てやすくなるだろう。

 だが、廉太郎は首を振った。


「いや……薬も有限だし、検証はまた別の機会でやろう。ひとまずは、全員の能力が把握できたってことで作戦は立てられそうだしな」


「そうなのか?」


「まぁ、沙織の能力がいまいち分かんねぇけど……俺と勇次の能力だけでも、十分戦えるしな」


「うーん……」


 廉太郎の言葉に従っておくことにする。

 現状、このパーティのリーダーは廉太郎なのだ。そして、基本的に優柔不断な勇次よりも、即断即決の廉太郎の方がリーダーに相応しいのは間違いないだろうし。

 それに加えて、廉太郎は分かりやすい能力だ。まさに主人公という能力であり、勇次は完全にそのサポート役である。そのあたりの役割は弁えておくべきだろう。


「まぁ、これから俺たちがどうするかは決まったな」


「そうなのか?」


「ああ。とりあえず、一旦あのシェルターに戻ろう」


「はぁ!?」


 思わず、勇次はそう声を荒らげる。

 先程、急いで逃げてきたのだ。凶蟲バグが襲いかかってきて、それに対応することができず、急いで食料を詰め込んで逃げてきた場所である。

 そんな場所に戻ろうなどと、何故廉太郎が言い出すのか――。


「俺らに一番足りないのは、あの薬だ。ちょっとは持ち出してきたって言っても、あれだけでまともに戦えるとは思えねぇ。数日を生き延びろって言うなら大丈夫かもしれねぇけど、終わりのない戦いなら数があって困ることはないだろ?」


「そりゃ、そうだけどさ……でも、あそこには凶蟲バグがいるんだぞ」


「その凶蟲バグと、俺らはこれから戦わなきゃいけないんだ」


 うっ、と思わず言葉に詰まる。

 確かに、言われてみればその通りだ。英雄の力を用いて、凶蟲バグと戦う――それが、勇次たちに与えられた役割なのだから。

 まだ、納得のいきかねる事実ではあるのだけれど――。


「だったら、適当に歩いてエンカウントするよりも、敵がいる場所をちゃんと把握した上で、俺と勇次が協力して戦えるように舞台を整えればいいのさ。手近な目標で実戦の感覚を掴んでおくっていうのも、悪くないと思うぜ」


「そっか……」


「と、いうわけだ。大丈夫か?」


「……」


 あのとき、シェルターに現れた凶蟲バグ――その姿を思い出すだけで、鳥肌が立ってくるのが分かる。

 あんな敵と、これから戦わねばならないのだ。いくら英雄の力を引き出すことができるとはいえ、そんな覚悟などできているはずがない。

 どうして――それほど、廉太郎は強いのだろう。


「だから、作戦としてはこうだな」


「ああ……」


「シェルター近くで、勇次が薬を打って周囲の状況を把握する。それで、どこに凶蟲バグがいるのかを前もって知っておくんだ。その後、俺と勇次が一緒に凶蟲バグを攻撃する。そのときに、沙織も一応薬を打っておいてくれ」


「あ、あたし、一応って……?」


「ああ。まずは、俺たち二人でも凶蟲バグの相手はできると思う」


「な、なんで!?」


「はぁ!?」


 思わぬ廉太郎の言葉に、沙織が声を上げた。

 勇次も同じく驚きに叫ぶ。先程出会った、あの強大な力を持つ凶蟲バグ――そんな相手を、廉太郎と勇次の二人だけで相手にすることができるとか。

 せめて、戦力は多い方が――。


「衣笠が言ってただろ。『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』の戦闘員は二人か三人だってな。まぁ経験もあるんだろうけど、英雄の能力さえ十全に使うことができれば、二人でも凶蟲バグの相手はできるってことだ。それに、さっきの様子からあの凶蟲バグは一匹しかいない。俺らでも十分倒せる。まぁ、俺だって普通の俺と勇次で倒せるとは思ってねぇよ。ただ、俺と勇次じゃなくて上泉信綱と冨田勢源の二人だって考えたら、くっそ強いぜ」


「い、いや、だからって……!」


「それに、あんとき……シェルターの壁を斬ったときに、凶蟲バグを見て思ったんだ。こいつも、俺なら斬れる、ってな」


「そう、なのか……?」


 なんとなく説得力はある。あのとき、英雄の外殻を纏っていたのは廉太郎と青葉だけだったのだから。

 実際に、勇次が冨田勢源となったとき――そんな風に、感じるのだろうか。


「っと、まぁそういうわけだ。沙織は俺らが戦っている間に、自分の能力がどんな風に発動するのかを確認してほしい。それで、これからの作戦も変わってくるかもしれないからな」


「なるほどな……」


「そうだね……じゃ、じゃあ、あたしも打つね」


「最前線には出てくるなよ。あくまで、戦うのは俺と勇次だけなんだからな」


「うん、分かった……」


「んで、だ。とりあえずこの薬なんだが……」


「うん」


 廉太郎の言葉に、沙織が頷く。

 だが、そんな廉太郎は少しだけ悩んで、二十本ほどあるそれを、沙織へと差し出した。


「とりあえず、前で戦うのは俺と勇次になる。だったら、キーアイテムを持っておくのは沙織の方がいいな」


「え、でも……!」


「俺もそれに賛成だ。下手に俺やレンが持って、戦いながら壊すわけにいかないしな」


「お兄ちゃんまで!」


 だが実際のところ、凶蟲バグと戦うという未来は確実に待っているのだ。

 今もなお、この大地のどこかにいるのであろう凶蟲バグ――そんな敵を相手にして戦うのは、剣豪である勇次と廉太郎の役割である。

 つまり、沙織が一番敵からの攻撃を受けにくいと考えれば、そんな大切なものを持っておくべきは沙織のはずだ。


「まぁまぁ。持っておくだけだよ。俺らの薬が切れたときに、新しいのくれればいいから」


「そんなぁ……」


「ちゃんと回数も数えとかなきゃな……一本で二十回だから、俺は残り十八回か」


「俺は最初しか使ってないし、十九回だな」


「連続で使えるかってのも気になるよな。じゃないと、戦闘中に消えたらシャレにならねぇ」


「連続で使い続けたら、一本で一時間か……」


 二十本ほどはあるとはいえ、さすがに心もとない数だ。

 あのとき、テーブルの上には何千本もあった。薬を持ち出す発想がなかった自分が悔やまれる。

 いや。

 むしろ、勇次たちは恵まれているのだ。他のクラスメイトに、あの薬を持ち出す暇などなかったに決まっている。

 だから、彼らが持っているのは僅かに一人一本ずつだ。


「分かった……持っとく」


「ああ、任せたぜ」


「お、落としたら、ごめんね……」


「まぁまぁ。今から追加で取りに行くわけだし、とりあえず今だけ……」


 廉太郎が、笑いながらそう言って。

 薬を差し出し、沙織がそれを受け取って。


 その、次の瞬間に。

 その背後から現れた、巨大な漆黒の腕と共に。


「え……」


 陸奥廉太郎の――首から上が、無くなった。



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