第8話 現状把握

 生まれて初めて出た外の世界は、数多の瓦礫に占められた大地だった。

 勇次は廉太郎、沙織と共にただひたすらに駆ける。せめて少しでも、あの強大な敵から逃れようと。


「なんだよ、あれ……!」


凶蟲バグだろ!」


「そんなの知ってるよ! あんなのと戦うのかよ!」


 廉太郎の言葉に、思わず怒気を孕んで叫んでしまう。

 そもそも凶蟲バグを相手にするということは聞いていた。だが、彼らの持つ凶蟲バグに対する情報はゼロなのだ。精々、五メートルより遠い距離からの攻撃は全部無力化する、という程度にしか情報はない。

 だというのに、そんな相手と戦わなければならないのだ。

 そして――正確な大きさは見えなかったけれど、凶蟲バグの大きさは恐らく、その背丈にして五メートルは超えるだろう。


 いくら英雄の力を与えられたといっても、あんな敵の相手などできるわけがない。


「はぁっ、はぁっ……」


「ちょ、ちょっと、一旦休むか……」


「も、もぉ、無理……」


 廉太郎がまず止まり、それと共に勇次も止まる。最後に沙織が、疲れたとばかりに腰を下ろした。

 シェルターからは大分離れたはずだ。廉太郎が周囲を確認して、ひとまず敵はいないだろうと判断する。

 うじゃうじゃと凶蟲バグがその辺り一面にいるのかと思っていたけれど、それほど数がいるわけではないらしい。


「ったく……あそこを拠点にして戦うわけじゃなかったのかよ……」


「俺もそう思ってたんだけどな……」


 廉太郎のぼやきに、そう勇次も返す。

 きっと、全員がそう思っていたに違いあるまい。きっと定期的に、あのラフィーネとかいう女から連絡があるものだとばかり思っていた。

 だというのに実際のところシェルターは凶蟲バグにあっさり破壊され、こうやって寝る場所もなく過ごさなければならないのだ。

 せめて、どこかに拠点を探さなければ。


「……とりあえず、寝るところだな」


 周囲を見回しながら、廉太郎がそう小さく呟く。

 周囲に広がっているのは瓦礫の山ばかりで、緑はどこにもない。あとは、妙に澄んだ空気と雲一つない青空くらいのものか。かつて勇次たちが住んでいたシェルターの空に、映し出される偽物のそれではない本物――。

 元々は、ここに文明があったのだと思われる。逃げている間に、どこかの商店の看板だったのだろう瓦礫や、電線のもののようなケーブルも転がっていたのだ。それを凶蟲バグが破壊し、人類はシェルターに追われたというのも納得できる話である。

 あんな敵を、まともに正面から相手にできるはずがない。


「レンくん、でも、寝る場所っていっても……」


「でも、人間寝ずに平気なわけねぇからな」


「いつ、凶蟲バグに襲われるか……」


「そのために、見張りを用意しながら過ごす感じだ。あとは、拠点を作ってそこに敵が入ると音が鳴る仕掛けとかか」


「そんなの、作れるの?」


「頑張れば」


 はぁ、と廉太郎もまた溜息を吐いた。

 廉太郎も勇次も沙織も高校生であり、そんな知識などほとんどない。精々、昔読んだ漫画とかの知識を応用するくらいしかできないのだ。その信憑性については度外視して。

 そもそも通説として『野生動物は火を恐れる』というのがあるけれど、それが凶蟲バグに対しても有効だとは思えないし。


「まぁ、こうなった以上は他のクラスメイトと合流するのも難しいだろ。俺らは俺らで、どうにかゲームクリアを目指そうぜ」


「レン、ゲームってお前……」


「どう考えても、これデスゲームだろ。ご丁寧に戦う能力をチュートリアルで教わってんだからな。オープンワールドで、ミッションはボス三匹の討伐、ついでにゲームオーバーがイコールで死ぬってだけの」


「……」


 そう言われると、確かにその通りかもしれない。勇次よりもゲーム漬けの廉太郎ならではの発想だ。

 恐らく、『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』にしてみればそんな感覚なのだろう。彼女らにとって、勇次たちの命はどう考えても軽い。ゲーム感覚で使い潰されていると考えた方が間違いない。

 だが――現実に、既に那智大介と青葉さくらの二人が死んでいるのだ。

 そんな風に、簡単にゲームだと割り切れない勇次も当然だろう。


「あ、そうだ」


 そこで、思い出したように廉太郎が、ごそごそとポケットを漁る。

 そんなポケットの中から出てきたのは――二十本ほどのボールペンのようなもの。

 たった二十回だけ、英雄としての力を与えてくれる薬だった。


「あ、それ!」


「逃げるときに、一気に掴んでポケット入れてきたんだ。一本だけじゃ、いつかなくなると思ったからな。キーアイテムはきっちり押さえておかねぇと」


「レンくん頭いい!」


「さすがレン!」


「そんなに褒めても何も出ねぇぜー」


 ひっひっひ、と笑う廉太郎。

 だが、実際にお手柄だ。あのとき勇次は逃げることしか頭になかったし、薬の存在など頭から抜け落ちていた。

 どんな力なのかいまいち掴みきれていないけれど、それでも勇次たちの生命線がこの薬にあることは間違いない。


「パーティは戦士二人に……沙織、お前は戦士系?」


「あたし……何なんだろ。よく分からないんだけど……」


「なんか弥生時代みたいな頭してたよな」


「うん……えっとね、卑弥呼」


「あ、聞いたことある」


 沙織の言葉に、思わず勇次は反応した。

 あまり日本史に詳しいわけではないが、さすがに卑弥呼の名前くらいは知っている。かつて日本に存在した最古の国である邪馬台国の女王だ。

 まぁ、かといって卑弥呼が何をしたのかと言われるとさっぱり分からないけれど。


「卑弥呼か……なんか戦士系じゃなさそうだな。能力とか分かんねぇの?」


「えっと……卑弥呼さん? から、なんか呼びかけみたいなのはあったんだけど……」


「あ、俺もあったわ」


「レンもか。じゃあ、全員あるのかな」


 ラフィーネの言うところの『共感』を、全員経ていたということだろう。

 勇次が冨田五郎左衛門入道勢源とやらに言われたのは、ざっくり言えば『目は見えないけどあらゆる気配を読める』みたいな感じだ。実際に、空間を把握する能力においては目の見える今よりも高い。例え見えない位置から狙われたとしても分かるだろう。


「勇次は誰なんだ?」


「俺は、冨田五郎左衛門入道勢源って言われた」


「ああ、冨田勢源! あれだあれ。佐々木小次郎の師匠!」


「マジか!」


 何気によく知っている廉太郎の言葉に驚く。

 さすがに勇次も、佐々木小次郎の名前くらいは知っている。かの宮本武蔵のライバルであり、巌流島で戦ったという剣豪だ。物干竿という名前の長い刀とか、後の先を徹底的に追求した燕返しとか、そういう知識くらいしかないけれど。

 主にゲームと漫画から得た知識である。


「武力にすれば97くらいの人だな」


「なんだその具体的な数値」


「いや、戦国系の歴史シミュレーションとかだと武力そんくらいなんだよ」


「へぇ……」


 97ということは、割と高いのではなかろうか。

 主にRPGばかりをしてきた勇次にはよく分からないけれど、剣豪だし相当強いのだと思える。

 盲目なのにそれほど戦えるというのは何故なのだろう。なんか不思議な力を、当時から持っていたのだろうか。


「まぁ、それなら俺の勝ちだな」


「勝ちってなんだよ」


「だって俺、上泉信綱だぜ?」


「……誰だよ、それ」


 歴史シミュレーションゲームを多くやっている廉太郎には分かるのかもしれないが、勇次にはさっぱり分からない。

 そもそも剣豪とか、宮本武蔵と佐々木小次郎くらいしか知らないし。それ以外の誰を言われても、なんとなくぴんと来ない、というのが本音である。


「戦国時代でも最強の剣豪って言われてた人だよ。武力100だぜ100」


「あっそ……まぁ、97も100も大して変わらねぇし」


「なんだよ、つまんねぇな」


 勇次の言葉に、そう廉太郎が唇を尖らせる。

 まぁ、それだけ強い英雄であるのならば、廉太郎の戦闘能力は高いのだろう。勇次にはいまいち分からないけれど、それだけ胸を張るということは、相応に強いのだろうし。


「ちなみに、上泉信綱の能力は『あらゆるものの硬度を無視して斬る』ことらしい。シェルターの鉄斬れたのもそういうわけだ」


「そういうわけか……妙に自信満々だと思ったよ」


「で、だ。お前らの能力は何なんだ? 俺らは仲間なわけだし、包み隠さず話しておこうぜ」


「能力ねぇ……」


 正直、よく分からないというのが本音である。

 廉太郎のように、純粋に『何でも斬れる』というシンプルなものならば説明もしやすいのだけれど。


「能力……あたしが卑弥呼さん? に言われたのは、森羅万象全てを知るとかなんとか……」


「……未来予知でもしてくれんのかな? んじゃ、沙織は魔法使い系だな」


「魔法、使えないけど……」


「まぁ、似たようなもんだろ。これで戦士系二人に、魔法使い系一人か。あと僧侶系一人いればバランスはいいな」


「考え方が完全にロープレだよ」


 確かに回復役が欲しいところだけど。

 そんな完全にゲームに傾いた廉太郎の言葉に、勇次はただ溜息を返すことしかできなかった。




キャラクター紹介

陸奥廉太郎

英雄:上泉信綱 Sランク

能力:『太刀・絶対切断』

【自動発動】あらゆるものの硬度を無視し、全てのものを太刀により切断することができる。

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