第6話 崩壊

「みんな、まずは落ち着いてくれ! 今こういう時こそ、全員で協力しなければいけないだろう!」


「俺ぁそうは思わねぇな。『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』の連中だって、十人とかで群れてるわけじゃねぇ。せいぜい二人か三人ってとこだ。だったら、俺らも少数で組んだ方がいいだろ」


「だよねー。つかさー、戦闘向きの英雄にならなかった奴とか、別に死んでも良くない? 選ばれなかったってワケなんだからさ」


「い、いや、だが……!」


 協力をすべきだ、と主張する那智。それに対し、個人で行動すべきだと主張する衣笠と大和。

 残る面々は、怯えながら成り行きを見守っているだけだ。そして勇次もまた、彼らを信じるに至らず静観している。

 彼らは、クラスメイトだ。

 だが、かといってそれが全幅の信頼に繋がるのかと言われるとそうではない。勇次にとって、信じるに足る相手は親友である廉太郎と妹である沙織の二人だけだ。


「先程、ラフィーネさんも言っていただろう! なかなか良い英雄が集まっている、って! ならば、戦うことのできる者に戦いを任せ、そうでない者はホームで支援をする形の方が良いに決まっている!」


「逆だろ。こんな状況だからこそ、力がある奴が正義だよ」


 けっ、と衣笠が吐き捨てる。

 元々、委員長である那智と不良である衣笠は反目しているのだ。そしてこんな状況で、そんな那智がリーダーシップを執ろうとしていることがそもそも気に食わないのだと思われる。

 しかし衣笠は、その後にやり、と下卑た笑みを浮かべた。


「そうだな……おぃ、青葉」


「……私に何か?」


「俺がてめぇらに協力する代わりに、てめぇが俺の夜の相手をしてくれるってぇなら、協力してやってもいいぜ」


「……」


「衣笠! 貴様っ!」


 全力で、軽蔑の視線を向ける青葉。

 夜の相手――それは、どう考えてもそういうことだ。まるで女子の人権を考えていないような衣笠の言葉には、さすがに大和も「うっわぁ……」と引いていた。

 そもそも青葉さくらは、那智の幼馴染だ。衣笠のような不良を相手に、幼馴染を差し出せと言えば那智が激昂するのも当然である。


「まーいいんちょ、落ち着きなよ。つか、ちょっといい?」


「む……な、なんだ、赤城あかぎ


 そこで、口を挟んだのは赤城慎一郎しんいちろう

 クラスの中でも、お調子者でムードメーカーな立ち位置にいる男である。いつも他の男子とふざけてばかりの彼だが、さすがにこんな状況ということで、真面目な態度である。


「さっきから委員長、戦えない者は後方支援に回るって言ってたじゃん?」


「あ、ああ……それがどうした」


「委員長、誰なんだ? さっき薬打ったときには、なんか着物っぽいの着てたけど」


「……」


 赤城のそんな質問に、那智が黙り込む。

 聞かれたくなかった――そんな態度が、その表情から透けて見えた。


「……だ」


 だからか。

 蚊の鳴くような声で、誰にも聞き取れないような小声で、小さく呟く。


「へ? いいんちょ、聞こえないんだけど」


「……歌川、広重、だ」


「……誰?」


 なんだか日本史で聞いた気がするだけのそんな名前。

 そして、那智のそんな言葉に対して、思い切り衣笠が笑うのが分かった。


「ぎゃはははははは!! そういうことかよ那智!」


「ぐっ……!」


「なぁんか、中坊の頃に習った気がするぜ、そいつ。あれじゃね? 浮世絵だっけか」


「あー! それだ! 思い出した!」


 衣笠の言葉に反応する大和。

 散々皆で協力しようと訴えていた那智だったが、その英雄はあくまで画家。

 宮本武蔵だとか剣豪が何人もいる中での、非戦闘員なのだ。


 歌川広重。

 有名な作品は、『東海道五十三次』だろうか。当時、『富嶽三十六景』を描いた葛飾北斎と並ぶ、稀代の浮世絵師である。


「てめぇがまともに戦う手段がねぇから、周りに戦わせようってか! けっ!」


「委員長サイテー! あはははは!!」


「さいあくー!」


「きゃはははは!!」


 不良とギャルにそう言われて、何も返すことができない那智。

 さすがに、そこまで笑うのは失礼だろう――そう思うけれど、しかし擁護する側には移れなかった。

 那智を擁護する声もなければ、笑う彼らを注意する声もない。何故なら――それをすれば、今度は自分が同じ目に遭うかもしれないのだ。

 虐めにおいて、最も多いのは傍観者――まさにそれである。


「まぁいい。俺ぁてめぇには従わねぇよ。おい竜次、隣の部屋に食料あるとか言ってたな。見に行こうぜ」


「おう」


「あたしらもいこー!」


「おー!」


「……行こうぜ」


「……うん、行こ」


 衣笠と龍田が立ち上がり、そのままロックの外れて開いた扉の向こうへ消える。それにギャル三人組が続き、そしてぽつぽつと他の者も数人単位で扉の向こうへ。

 残されたのは顔を真っ赤にして震えている那智と、その肩を叩いて慰めている青葉。そして勇次に沙織、廉太郎だけだった。

 なんだか居たたまれなくなって、勇次もまた立ち上がる。


「俺らも行くか」


「ああ……ん?」


 廉太郎がまず立ち上がり、それに勇次が続こうとして。

 あれ、と思わず顔を上げて、那智の向こう――先程までラフィーネが写っていたモニターを見る。

 ラフィーネが消えて、よく分からない地図になったそれが、再び砂嵐となり。


 再び――そこに、ラフィーネが映った。


『すまないな、諸君。言い忘れていたことがあった』


「え……」


『おやおや。随分早く仲違いしたものだよ。歴代でも最速くらいじゃないかね。まぁいい。残っている者にだけでも伝えておこう。きみたちは、隣の部屋にいる彼らに伝えてくれ』


 まるで、ちょっとした軽い伝達を忘れたかのように、極めて軽く。

 ラフィーネは微笑みながら、言った。


『そのシェルターは、構造的にあまり強くはない。凶蟲バグに壊される前に、さっさと食料と水、薬をリュックに詰めて逃げた方がいいよ』


「――っ!?」


 そんな、ラフィーネの言葉と。

 それと共に、シェルターへと響くのは、激しい振動。

 まるで一部が壊れたかのようなそれは――現実に、壊れていた。


 そんな、ラフィーネの映っているモニターの横に――漆黒の体毛に覆われた巨大な腕が、あったのだから。

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