第5話 不穏

『さて、これで大体終わりだ。部屋の扉のロックをこれから開く。隣の部屋には、ひとまずきみたちが当面生きていけるだけの食料と水を揃えておいた。これからどのような方針でゆくのかは、各自で話し合ってくれたまえ』


 ラフィーネがそう言うと共に、ぷしゅっ、と空気の抜ける音と共に扉が開くのが分かった。

勇次にしてみれば、視界が全くないために実感はないけれど。三分間というのも存外長く、いつになったら視力が戻ってくれるのだろう。


『先程も言ったが、私との通信が終わってのち、このモニターは地図になる。地図には凶蟲バグのボスが点で三つ記されているのだが、きみたちに行ってもらうミッションは、このボス三つを殲滅することだ。どこから向かうのか、誰が向かうのか、そのあたりの配分はきみたち自身で方針を決めてくれ』


 そこで――やっと、視界に光が戻った。

 光を失った状態から、いきなり視野が開けて驚く。そして同時に、腰元に差してあったはずの刀はその姿を消していた。

 情報が多すぎて、脳がパンクしそうになる。三分間という時間を経ると、完全に武器までも消えてしまうということだ。いざ凶蟲バグと戦わなければならなくなったとき、三分を超えると武器すら失われるのでは、そのまま殺されてしまうのではなかろうか。

 他の皆も、戸惑いを隠しきれずにいる。


『勿論、きみたちがこれからどのような方針で行うのか、誰が戦うのか、そのあたりはちゃんとこちらでモニタリングしている。撃破した凶蟲バグのカウントも行うよ。それなりの戦果を出した者だけ、我が『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』で厚遇しよう。では諸君の健闘を祈る。さらばだ』


 ラフィーネが最後にそう右手を上げ、それと共にぷつっ、とモニターが消える。

 そして――それと共に現れるのは、先程ラフィーネが言っていた地図だ。

 現在地と、三つの点だけが描かれた簡易な地図である。あとは海岸線が書かれているくらいで、他に何もない。目指すにあたっても、何の目安があるわけでもなく、ただ方角が分かるくらいのものだ。


「……とんでもないことに巻き込まれたな」


 誰にも聞こえないように、小声でそう呟く。

 そもそも昨日まで、ただの高校生として青春を謳歌していた勇次だ。それがいきなり、強大な敵との戦いを指示され、そのための力を与えられ、しかも力を使うには視力を失わなければならないという状況だ。

 どうしようもなさすぎて、泣きそうにすらなってくる。


「まずは、状況を整理しようか」


 そして、そこでまず立ち上がるのはいつも通りにクラス委員長、那智大介だ。

 那智とて、この状況に納得がいっているわけではないだろう。それでも、少しでもクラスを落ち着かせるためには自分が主導で行わなければならないと考えているのだ。実に清廉である。


「僕たちは、どうやら凶蟲バグと戦わなければならないらしい」


「……そうね」


 那智の言葉に、小さくそう返すのは出席番号一番、青葉あおばさくら。

 眼鏡をかけた理知的な女性であり、那智の幼馴染でもある秀才だ。常に冷静な彼女であるのだけれど、さすがに今の状況には混乱しているらしい。


「その上で、僕たちの目標を作るべきだと思う。全員で協力して、全員で帰還することだ。そのためには、全員の効率の良い運用をすべきだと思っている」


 那智の言葉を、皆が無言で聞く。

 全員で協力して、全員で帰還する――それを目標にするのは当然だ。誰だって、生きて帰りたいのだから。

 那智は更に続ける。


「だが、恐らく戦闘向きの英雄を得た者と、そうでない者がいるはずだ。基本的にはチームを作り、その上で非戦闘の者にはホームでの支援を行ってもらうべきだと思う。そのために、まずは全員の英雄が誰なのかを把握する必要があると思う。だから、順に自分の英雄が誰なのかを……」


「その必要があるか?」


 だが。

 そんな那智の言葉に対して、不服を示す声が一つ。

 先程電流を喰らった、教師も怯える不良である龍田――彼とよくつるんでいる、同じく不良の衣笠きぬがさ鉄男てつおだ。

 龍田よりもさらに背が高く、同じく横幅も大きい。加えて、一昔前の不良がやっているような、つばを切った黒い帽子をかぶっている男である。さらに大北高校の制服はブレザーであるというのに、敢えて学ランと下駄で登校しているという徹底ぶりだ。

 衣笠が、にやりと笑みを浮かべる。


「さっき、あの女が言ってただろ。凶蟲バグを撃破した数が多い奴は厚遇する、ってな。だったら、こいつは協力じゃねぇ。競争ってことだ」


「なんだと……!」


「俺ぁ、コイツと二人でいい。てめぇらと協力する気なんざ、欠片もねぇよ」


 くいっ、と衣笠が示すのは龍田。

 二人揃って、クラスの問題児だ。どちらも確かに、クラスのために協力するという人間ではあるまい。

 だがそこで、もう一つの声。


「えー、じゃあ、あたしらもそれで良くない?」


 それは先程、英雄が宮本武蔵だということが分かったギャル軍団の一人――大和のぞみだ。

 こちらもクラスの中では問題児の集団であり、他に五十鈴いすず熊野くまのという二人と共に三人で過ごしていることが多い。スカートが短く、常にブラウスを第二ボタンまで開いている彼女らは男たちからすれば眼福の存在でもあるのだが、どことなく敬遠されているというのが本音である。

 そして、大和の英雄が最強クラスの宮本武蔵だということ――それは、彼女らだけでも十分な戦果を出せるということだ。


「あたし超強いっぽいし。アカリ、マユ、どう?」


「うちもそれでいいよー。うちも強いぜぃ」


「あたしもー。あ、ここ化粧品あんのかな? あとで探索しよー」


「お、お前ら……!」


 無茶苦茶に、一人ずつ勝手を言いだした彼らに、那智が敵意を向ける。

 衣笠と龍田、大和と五十鈴と熊野、少なくともこの五人は、まともに協力するつもりがないということだ。

 次々と、そんな声に共感する声が上がる。


「でも実際、戦果を挙げたら『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』に入れるってすごく美味しいよね……」


「こないだ俺見たもん。『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』の戦闘員のヒト。すっげー高そうな店に市長と一緒に入ってった。うめーもん食ってんだろうなぁ」


「あたしも戦闘向きだし、それなら数人でやった方が……」


「お、落ち着け! お前たち! 僕たちが一丸にならなくてどうするんだよ!」


 ラフィーネより与えられた飴――『戦乙女のヴァルキュリア・ガーデン』という特権階級。

 それは少なくとも、垂涎の代物だ。そして、戦果を挙げなければそこに入れないということは。

 崩壊を招く――ということ。


「勇次、どうする?」


「いざってときには、俺とお前と沙織だけだな。このままじゃ、勝手に瓦解する」


「そんときは、お前と組むのも悪くねぇな」


「お、お兄ちゃん……」


 少なくとも。

 このままだとクラスは一つにまとまらない――そんな予感しかしなかった。

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