第4話 英雄の外殻

 目が見えない。

 それが、現在の勇次の状況だ。ただ単純に視界が暗転し、全く目に映ってくれない。ゲームが趣味なのに全く目が悪くならなかった勇次だ。こんな風に、目は見開いているのに暗闇しか見えないというのはあまりにも恐ろしい。

 だが同時に――まるで見えているかのように、五感が鋭くなっている。


 僅かな空気の流れ。

 音の響き。

 そこに誰かがいるという存在感。

 自分に対して与えられる視線。

 だからこそ――全く目が見えないというのに、周囲のクラスメイトが何をしているのか、誰がどこにいるのか、完全に把握できているほどだ。


「な、なんだこれ……?」


「け、剣!? あたし剣持ってる!?」


「なんで服が鎧に変わってんだよ! なんだよこの薬!」


「何だこれ、杖……?」


「うわっ、何これ十二単!? 動きにくっ!」


「なんで俺フンドシだけなんだよ!」


「うわっ、キンちゃん太っ……」


「うるせぇ! 俺じゃねぇよ!」


 周囲のクラスメイトが、口々に驚いているのが分かる。

 だが、勇次と違いそんな面々はちゃんと目が見えているようだ。実際に、隣にいる妹の沙織も、自分の姿に驚いているらしい。

 そして――勇次の腰元にも、確かにある細い何か。

 それは、刀だ。


「武器まで作ってくれるってか……勇次も刀みたいだな。おい、勇次?」


「……レン」


「どうした? お前……?」


「目が、見えない……」


「そんな、お兄ちゃん!?」


 全くの暗闇だ。それでも、沙織とは逆隣に廉太郎の気配がすることは分かる。

 そして、その造形もどことなく分かる。空気の流れだけで空間を把握するような、なんだか気持ち悪い感覚だ。

 着流しのようなものを装着し、その腰には勇次と同じく刀が差さっている。そして、その立ち姿に一切の隙がなく、自然体だというのに全ての攻撃に対して対処できるような――なんだか、よく分からない。そんな風に廉太郎のことを分析している自分も奇妙だし、廉太郎と戦うことを前提に考えているのがどうにも奇妙すぎる。

 だが、なんとなく分かった。

 あの薬により、勇次の中で覚醒したのであろう英雄――それは、恐らく剣豪だ。


「おいおい、なんか副作用とかあるのかよ……。つか、結構似合ってんじゃねぇか沙織。そういう髪型、悪くねぇんじゃね?」


「へ? うわっ! 何この髪! 絶対変だよ!」


「似合ってる似合ってる。ぷくく……」


「そんなレンだってチョンマゲじゃん!」


「元の髪にチョンマゲが生えてきた感じだな。なんかしっくりこねぇわ。ま、お前の弥生時代みたいな髪よりマシだけど」


「やっぱ馬鹿にしてるじゃーん!」


 ううっ、と突っ伏す沙織。

 勇次には見えないが、どうやら顔の隣に束でついているような髪型になっているようだ。是非とも見てみたいけれど、現状は全くの暗闇であるために無理である。


「うわっ、あたし剣二本あるし! 剣二本ってあれっしょ! ほら、超強いの!」


「武蔵だな……歴代最強の剣豪か」


「それそれ! あたしすごくない!?」


「苗字は大和やまとのくせにな」


「……何言ってんの?」


「い、いや、分かんねぇなら……」


「今のは第二次世界大戦中の日本の戦艦である大和型の二番艦が武蔵って名前だから苗字が大和なのに自分の英雄は武蔵だってことを皮肉ったちょっとしたユーモア」


「解説すんな阿賀野! 恥ずかしいから!」


 そして、どうやら宮本武蔵もいるらしい。会話からして、恐らくクラスでも目立つギャルの一員、大和のぞみだろう。どうやら、本当に精神性とか性格とか度外視したランダムのようだ。そうでなければ、もっとチャラチャラした英雄が憑きそうなものである。

 それぞれ自分の姿に驚きながら、得てしまった力を確認しているのが聞こえる。


『ふむ……やはり日本というお国柄ということか。欧州のあたりだと割と国が色々分かれているものだが、まさか中国の者すらいないとはな……。昔から閉鎖的だった日本人らしい』


 ラフィーネの声が聞こえる。どうしてもモニター越しであり、動きが感じ取れないラフィーネが、どのような動きをしているのかは分からなかった。

 だが、どうやらクラスメイト全員、日本での何らかの英雄であるようだ。


『少しばかりモニタリングさせてもらおう。ああ、全員今からちょっと彼らとの共感に入る。これは最初だけだが、このステップを踏まなければ次に進めないからな。ほうほう……割とランクの高い者が多いな。昨年よりも期待できそうだ』


 そこで耳に届くのは、ラフィーネが何やら操作しているのであろう機械の音。

 わいわいと状況も忘れ、自分たちの変わった姿に騒がしくしている全員。そこに対して、ラフィーネが何か操作をしたのだろう。


 唐突に、全員の口が閉ざされる。


――汝、我と道を共にせん。


 それは――その頭の中に、自分ではない誰かの声が響いたから。

 そして同時に、そこにいるのが誰であり、何をした者であるのか――その情報がまるで滝のように流れ込んでくる。

 その生涯を刀と共に過ごし、刀と共に死した――されど、光を失った剣豪。


――我が目に光はない。されど流れゆく風、生きた者の気配、衣擦れの音、あらゆる情報が我が敵を示す。


 それを聞いて、勇次には一人だけ心当たりがあった。

 盲目の剣豪といえば、それしか出てこない。そのくらいに有名な、映画が幾つも作られた有名人だ。

 確か、それは座頭――。


――我は、富田とだ五郎左衛門ごろうざえもん入道にゅうどう勢源せいげん


 ……。

 ……。

 ……。


「……え、誰?」


 勇次の口から飛び出したのは。

 そんな、自分と共にある英雄に対しての失礼極まりない言葉だった。

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