第2話 『戦乙女の庭』

戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』。


 その名前を知らない者など、誰一人いるはずがないだろう。

 一人の天才科学者によって作られた組織であり、コロニーにおける特権階級だ。その理由はただ一つ――世界で唯一、凶蟲バグと戦う手段を持っている組織だということだ。

 コロニーの外に出ることができる数少ない存在であり、実質的にコロニーを支配している存在だと言ってもいいほどだ。

 何せ――彼らがいなければ、コロニーの拡張ができない。


 五十年前から大地を支配しているのは凶蟲バグだが、コロニーの内側では間違いなく人類は繁栄しているのだ。子供も生まれれば老人も長生きし、その人口は基本的に増え続けている。

 だが、コロニーの面積は有限。加えて、コロニー内で生産している食料についても有限だ。人口が増えるということは、同時にコロニーの拡張もしなければならないということになる。ゆえに、人口が一定を超えた時点でコロニー長が『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』に依頼を行い、一定範囲の凶蟲バグを殲滅してから工事を行い、コロニーを拡張するのである。その工事中も、『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』の戦闘員に護衛をしてもらいながらだ。

 そして、全世界のすべてのコロニーがそうやって拡張を続ければ、未来はどこかのコロニーと地続きになってくれる。そして世界中の全てのコロニーが繋がってくれたそのとき、人類は凶蟲バグから大地の覇権を取り返すのだ。


 ゆえに、凶蟲バグと唯一戦うことのできる存在である『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』――彼らは、特権階級として扱われる。


『自己紹介が遅れたな。私はラフィーネ・ヴァルキュリア。『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』の代表だ』


 女――ラフィーネが、そう名乗る。

 確かに、寝ている間に三十人もの人間を拉致し、このような場所に閉じ込めているという所業――このようなことをできるのは、その持ち得る権力が高い『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』くらいのものだろう。

 いつかは警察がどうにかしてくれる――そう思っていた者の表情が、絶望に翳る。

 相手が『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』ならば、絶対にどのような助けも来ないのだから。


『まぁ先も言ったように、きみたちには凶蟲バグと戦ってもらう。私との対話が終わってのち、このモニターは地図になる。きみたちには、その範囲内の凶蟲バグを殲滅してもらいたい』


「あ、あのっ!」


『ん、質問かな? 答えられるものならば答えよう。十四番、霧島きりしま早希さきくん』


「ど、どうして、私たちなんですかっ!」


 立ち上がり、モニター越しのラフィーネに対してそう質問する霧島。

 あまり自己主張をするようなタイプではないが、それでも気になったのだろう。実際に、それはここにいる全員が気になっていることでもある。

 ここにいる三十人の中に――『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』と関わっている者など、誰一人いないはずなのだから。


『抽選の結果だが』


「……へ?」


『勿論、各国の首脳に集まってもらったうえで、厳正に行われた抽選だ。そこに不正は何一つない。そこは心配しないでくれたまえ』


「は、はぁっ!?」


 思わず、そう声を上げるのは龍田。

 先程電流を喰らったばかりだというのに、何故かまたそう声を荒らげる。きっと、脊髄反射で声を出しているのだろう。


「ど、どういうことだよ!?」


『十七番、龍田竜次。同じ目に遭いたいならば止めはしないが、そうでないのならば座れ』


「うっ……」


 ラフィーネのそんな言葉に、龍田は身を震わせてから座る。

 さすがにどれほどの短気であったとしても、電流は恐ろしいのだろう。普段はクラスの中でも乱暴者で恐れられている龍田で、教師ですら怯えている男だ。そんな龍田が素直に従って座るほどの電流を想像すると、思わず勇次の背にも冷たいものが走る。


『我が『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』は、基本的に人員を募集していない。そんな我々の戦力を拡充するために行っているのが、これだ。年に一度、各国の首脳と共に全ての高等学校から、抽選で一クラスだけを選別する。そして、生き残った者だけを我が『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』の戦闘員として正式に雇うという流れを経ているのだ』


「な、なんでそんなこと……!」


『理由が必要か? まぁいい……全員を雇うと、どうしても使える奴と使えない奴が出てくるものだ。だからこそ、最初の時点でふるいにかけなければならん。この選別方法ならば、誰が使えて誰が使えないのか分かる。どうしても個人の資質に左右される代物だからな。我ながら面倒なシステムを作ったものだが……まぁ、それだけのことだ』


「……」


 誰もが、言葉を失う。

 それはまるで、生贄だ。ラフィーネの言うところの『使える奴』と『使えない奴』をまとめて戦地に送り、生き残った者だけは『使える奴』として扱うということ。

 それを、各国の首脳が承知し、その上で抽選を行っている――最早、気が狂っているとしか思えない所業だ。


『もう質問はないな? では次に移るが……』


「もう少し、教えてください」


『二十三番、那智大介。質問を許そう』


 那智が立ち上がり、モニターを見据える。

 そして――ここにいる誰もが疑問に思っており、そして『戦乙女の庭ヴァルキュリア・ガーデン』の秘奥に迫るであろう質問を。

 背筋を伸ばして堂々と、放った。


「僕たちは、ただの高校生です。戦う力なんてありません。それも、あなたの言うところの凶蟲バグは、人間よりも遥かに強い生物だとのことです。僕たちがそんな相手を、どうやって倒せばいいのですか?」


『勿論、そのような質問は想定内だよ。昨年も、一昨年も、その前も誰か一人は必ず聞いてきた。そして、それこそが私がこれから説明しようと思っていたことなのだよ、那智くん』


「……教えてください」


『勿論だとも』


 ラフィーネは鷹揚に頷き、そして睥睨するように、円卓を囲む全員を見て。

 そして――意味の分からないことを、言った。


『安心したまえ。きみたちは3分間だけ、英雄になることができる』


 そんな謎の言葉に。

 一つも、安心できる要素はなかった。

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