第1話 飴と鞭
『諸君は、五十年前の大災害について知っていると思う』
女が、モニターの向こうでそう話し始める。
五十年前の大災害――それは、この地に住む人間ならば誰でも知っている事実だ。
『始まりはモンゴルの山間部だ。あの地に隕石が落ちたことで、人類が大地の覇権を失ったことは歴史にも新しい。何せ、それまで人類はこの地球上に六十億もいたそうだ。今となっては、その百分の一も存在していないというのにね』
「……」
『まぁ、諸君らも知っての通り、外に出ることが禁じられている最大の理由――
それは人類の明確な敵であり、人類の代わりにこの星の覇権を得た異生物のことだ。
蟲と呼称されており、誰もが知る存在ではあるが、その形を見たことがある者はこの場に誰もいない。
勇次たちにしてみれば、当たり前のことに過ぎない。生まれたその時からコロニーで暮らし、コロニーの中だけが世界なのだから。
だから今更、そんなことを説明されたところで意味がない。誰だって父や母に、「言うことを聞かないとコロニーの外に捨てて
『当時の人類にも軍隊は存在したらしいのだが、どいつもこいつも
「……」
全員が、黙って女の話を聞き続ける。
コロニーの中だけで暮らしていた彼らは、そんな彼らの天敵たる
ゆえに、そんな情報は全員、初めて聞くものだ。
『まぁ、話した通り、
「てめぇ! いい加減にしろよ! いつまで御託を……!」
「お、おい、
「結局てめぇは何が言いてぇんだよ!」
『おやおや。随分と頭に血が上っている奴がいるじゃないか。短気は良くないね。命を失うことになるよ』
「なんだと――」
『十七番、龍田
『はっ!』
モニターの向こうで、何故かそう女が指示をし、それを了承した誰かの声がして。
次の瞬間。
「ぐあああああああああっ!?」
「竜次!」
「お、おい、どうした!?」
稲妻が走ったように、突然に龍田が痙攣を始めた。
その理由は――右手。その手首に巻かれているのは、腕輪のようなものだ。そこから電流が走り、龍田の体を襲っていることが分かる。
誰も近付くことができず、龍田が延々と悲鳴を上げながら床をのたうち回る。
「ぐあああっ! や、やめて! やめてくれぇ! ぐあああああああっ!」
『もういいぞ』
『はっ!』
女がにやにやと笑みを浮かべながら、そう指示を出す。
それでようやく止まってくれたのか、龍田は苦悶の表情を浮かべながら思い切り脱力した。
背筋に、怖気が走る。
反抗的な態度を、僅かに見せただけの龍田――それに対しての罰が、どれほど重いのか。
『さて、分かってくれたと思うが、私はきみたち全員の命を握っているというわけだ』
勇次の右手首にも嵌められている、謎の黒い腕輪。
龍田の惨状を見た全員が、己の右手首を睨んで恐怖を隠しきれずにいた。
下手なことを言えば――同じ目に遭う。
『ああ、その腕輪は外そうと思わない方がいい。橈骨動脈から脳髄の方に繋がるセンサーを搭載してあるからね。外すと動脈から大出血するし、外そうと力を込めれば自動的に爆発する。そうだね……その瞬間に諸君らの頭は内側から爆発すると思ってくれればいい』
ばっ、と腕輪を触ろうとした手を引く。
ただの脅し――そうは思えない。今この瞬間に、電流が走ってのたうち回る龍田を見てしまったのだ。そして、勇次たちの命になど欠片も価値を感じていないであろうこの女ならば、一人や二人見せしめに殺しても構わないとでも思っているかもしれない。
『さて、分かってくれたかな』
「……ひとつ、質問をいいでしょうか」
だが――そこで勇気ある一人が立ち上がる。
先程までクラスをまとめ、全員の統率を取ろうとした委員長――那智だ。
その表情には少なからず恐怖があるけれど、それでもクラスの代表としての責任感があるのだろう。
『二十三番、那智大介くんだね。いいだろう。答えられる範囲のものならば答えよう』
「……僕たちは、家に帰ることが、できるのでしょうか」
『勿論だとも。きみたちを皆殺しにするつもりなどないさ。この世界を担う若い力だ。私としては、是非とも皆揃って家に帰ってほしいと思っているとも』
「えっ……!」
『参考までに、昨年は二人戻った。一昨年は……確か、ゼロだったな。その前は……ああ、三人か』
「……」
那智が、そのまま言葉を失う。
一瞬だけ与えられた希望。だが、その次の瞬間には失われた。
昨年は二人。一昨年はゼロ。その前は三人。
同じことが少なくとも三年間連続で行われ、同じ規模だとしても十分の一以下しか戻ることができていないという。
つまり――今のこの場にいる、九割のクラスメイトは死ぬのだ。
『だがその代わり、生きて戻ることのできた者については厚遇するとも。鞭ばかりでは人間、やる気もなくなるというものだ。それなりに魅力的な飴は用意しているつもりだよ。安心したまえ』
「それは……」
『我々は『
「――っ!」
女の、そんな言葉に。
円卓にいる全員が、驚きを隠しきれずに目を見開いた。
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