ウルトラマンシステム・デスゲーム
筧千里
プロローグ
「……ちゃん! お兄ちゃん! 起きて! お願い!」
「……う、ぅん」
毎朝起こしてくれる、双子の妹――
いつも眠っている柔らかなベッドマットの上というわけではなく、長らく使っている寝心地の良い枕の感触もない。ただ、自分の頰の下に固く冷たい何かがあり、横になっているわけではなく何かに座っているのだろうことが分かった。
そんな最悪の寝心地でありながら、しかし起きることを拒んでいる自分がいる。
「お願い! お兄ちゃん!」
「う、ぅ……」
勇次は必死に、体を起こす。
三、四ヶ月前――高校二年生の年越しに、友人と悪ノリで酒を飲んだことを思い出す。あの翌日、新年だというのに頭が重く体が言うことを聞かず、激しい頭痛に襲われた。起きたくても起きられないこの感覚は、あの日のそれに似ているものだ。
一体、何故こんなことに――。
「……」
必死に、接着剤でもついているのではないかと思えるほどの重い瞼を開く。
寝起きの朧げな視界だが、しかし自分に近付いてゆさゆさと肩を揺さぶっている妹の顔が見えた。だが、それだけだ。その向こうに映る景色は、まだ靄がかかっているかのようにはっきりしない。
だが――そこに、妹以外にも人影がいることは分かった。
「あとは勇次だけか。ったく、一体どういうことなんだよ……」
「わけわかんねぇ。つか、全員クラスメイトってどういうことだよ」
「おうち帰りたい……」
「出せよ! 聞いてんだろ! 出しやがれ!」
随分と、騒がしい。
勇次を襲う激しい眠気は、しかし喧騒に耐えられるほど強いものではないようで、次第に頭がはっきりしてくるのが分かった。
どうやら机に突っ伏して眠っていたらしい体を、重たいながらも起こす。妙な体勢で寝ていたからか、背中と腰に痛みが走るのが分かった。
「お兄ちゃん! 良かった!」
「……は?」
瞼を擦り、ようやく靄の晴れた視界。
そこに映ったのは、丸いテーブルだ。真っ赤なテーブルは、まるで神話に出てくる騎士の集った円卓のようにも見える。そして、そんな円卓を囲むように椅子に座っていたり、立っているのは勝手知ったるクラスメイトたちだ。
大北高等学校三年二組――その面々である。
友人の少ない勇次にしてみれば、本来ならば学校の外で会う相手など、極めて僅かな数だ。だというのに、ここはいつも授業を受けている学校の教室ではなく、円形の閉鎖空間だった。そこに、まるで円卓に全員が集まっているかのようにクラスメイト全員、三十人が揃っている。
わけの分からない状況に、思わず勇次は妹――沙織を見て。
「ど、どういうことだ……?」
「あ、あたしにだって分かんないよ……みんな、気付いたらここにいたって……」
「……?」
勇次もそうだ。昨夜はいつも通りにゲームをして、そのまま寝入ったはずだ。当然ながらこんな円形の閉鎖空間に入った覚えもなければ、こんな円卓に座った記憶もない。ついでに言うなら、クラスメイトと集まる約束などしているはずがない。
だというのに――。
「よぉ勇次、おはよう」
「……レン、ここどこだ?」
「俺が知るかよ。ここにいる全員知らねぇよ」
勇次に声を掛けてきて、そう肩をすくめるのはよく見る――見飽きた顔だ。
勇次にしてみれば数少ない友人の一人であり、極めて少ない学校外で一緒に遊ぶ相手だ。親友と呼んでもいい相手――
整った端正な顔立ちに苛立ちを含ませながら、廉太郎が小さく嘆息した。
「お前、昨夜何やってた?」
「いや……普通にゲームしてたけど……」
「俺もだ。ゲームして家で寝てたはずなのに、気付いたらここにいた。割と俺、早めに目ぇ覚めたからな……気付いたらどいつもこいつもこのテーブルに突っ伏して寝てたんだぜ。気味が悪ぃったらありゃしねぇ」
「……」
けっ、と吐き捨てる廉太郎。
事実なのだろう。そして、勇次と全く同じだ。家で寝ていたはずだというのに、こんな場所に唐突に連れられているなど謎の状況でしかない。
実際に、周りは随分と騒がしい。女子が数人、家に帰りたいとすすり泣いているのが分かる。男子が数人、出せ出せと喚いているのも聞こえる。そして残りは、わけの分からない状況に混乱しているのか、何かを考えて沈黙しているのか黙った状態だ。
ぱんぱんっ、と一人が両手を叩いた。
「みんな、まずは落ち着こう」
大東高等学校三年二組のクラス委員長、
いつも通りに眼鏡のフレームに手をかけながら、クラスの朝礼を纏めるように自分に注目を促している。勇次は二年の頃も同じクラスで、その頃からずっと委員長をしていた生粋の委員長だ。委員長のみならず生徒会長も兼任している男で、それだけの激務をしているというのに定期考査の成績が学年五位を下回ったことが一度もないという化け物である。
そんな那智の言葉に、皆が顔を上げて注視し。
「わけの分からない状態だけれど、騒いでも泣いても助けが来るわけじゃない。まずは、状況を見て判断して……」
「あ」
誰かが、そう声を上げた。
それは、立っている那智――その後ろにある大きなモニターのようなものの電源が、唐突に点いたからだ。モニターはまず青く光り、それから砂嵐を何度か経る。
まるで、ここにいる全員が起きたことを確認したかのように、そんなタイミングで。
背を向けていた那智もまた、動きを見せたモニターへと目をやる。
すると――そこに、女性が一人、映った。
『ん……こうだな。旧式のせいでどうにも使い勝手が悪いな。おっと、もう映っているのか、そうか』
恐らく画面の向こうにいる誰かと話しているのだろう、女性にしてはやや低い声。
そんな女がこほん、と咳払いをして、それからにやりと口角を上げた。
『おはよう、諸君。まぁ色々聞きたいことはあるだろうけれど、まずは私の話を聞いてくれたまえ』
「何者だてめぇ!」
『だから、まずは聞けと言っているだろう。私が何者で、何故君達がここにいるのか、そのあたりも話すつもりなのだからね』
くくっ、と女が笑う。
性根の悪さを隠そうともしないそんな態度には苛立つけれど、それ以上騒ぎ立てる者もいなかった。現状、この女の言葉が全てなのだから。
何一つ、情報がない状態――せめて、自分たちが何のために集められたのか。
それを――。
『今から、きみたちには
女のそんな、まるで買い物を頼むような軽いトーンで言われた言葉に。
誰も反応することができず、驚きに目を見開くだけだった。
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