28.友達思い

「い、良いんですか?」


「え、友達、だよね? 恋人じゃないよな?」


「当たり前です!」


 先程の神代さんの言葉を引用して尋ねると、有馬さんは顔を真っ赤にして答える。ちょっとからかうの楽しいかも。

 

「友人になりたい、って言われたら断る意味が無いからな。まあでも、俺30歳越えてるからな? なんというか、このアバター見ればわかる通りおっさんだぞ?」


 おそらく有馬さんや神代さんなんて、歳をとってても大学生、もっと低ければ高校生だろうし、そんな彼女たちと三十路を迎えた俺が友人になるのはそもそも無理がある気がするのだ。

 

「大丈夫じゃない? うちにも年上の人とか年下の子とか結構いるし。せっかくVRでやってるから年は気にしないようにしたいなって」


 そんな俺の懸念に、隣で話を聞いていた神代さんが答えてくれる。


「そういうものか?」


「そういうものだよ。今どきVRで年齢なんて気にしないし、まあ、リアルで会うなら別だけどね」


 そう言えばそんな気もする。半世紀以上前のコントローラーで遊ぶことしか無かった時代には、ゲームで同年代と思って遊んでいた相手が実際には予想以上に年を取っていたり、その結果揉め事が発生するということもあったらしい。

 

 とはいえ、現代はその現実で出会う、ということすらVRライフなどの手段によって仮想空間で達成出来るのである。VRゲームに関わらずコントローラーで遊ぶゲームにおいても、過去のライトノベルにあるような、相手の年齢が思っていたのとは違う、ということも起こらないのだろう。

 

「まあそう言えばそうだけど……」


「はい、ということでよろしくねアマツさん。ほら、ノノちゃんも」


「よ、よろしくおねがいします!」


 改めてペコリと、有馬さんが頭を下げてくる。その後ろでは神代さんが楽しそうに笑っている。

 

「こちらこそ、お願いします」


 俺は、友人というものが良くわからない。近くにいるならば親しく話す。そして、距離が離れて接することがなくなれば、積極的に話しかけることはない。通話を介しても長続きしない。

 

 それが俺の友人関係で、だからこそ他の人達が仲良くしている姿は眩しかった。

 

 ならVR空間であれば?

 

 遠くにいる。でも近くにいる。そんなこの世界であれば? 

 

 わからない。

 

 だからこそ面白い。

 

「よし、なら早速戦いに行こう!」


 俺と有馬さんが同時に肩の力を抜いたところで、神代さんが元気にそう言い放つ。

 

「戦い? 戦いってダンジョンとかってことか?」


「そうだよ。ノノちゃんも良いよね?」


「うん!」


 二人の間ではもう話ができているようで、有馬さんも戸惑った様子は無くガブちゃんを抱えて立ち上がる。え、ほんとに行くの? せっかくこんな所に来たんだし、お話して美味しいもの食べるんじゃないの?


「いや、え?」


「私片付けとくからノノちゃんはアマツさんと先に出ておいて」


 あ、冗談じゃない感じなのね。わかるよガブちゃん。撫でてもらってたのに急に抱え上げられて困惑するのはよくわかるよ。俺も今困惑してる。だからそんな『ご主人さま何事ですか』みたいな顔を向けないでくれ。

 

「行きましょうアマツさん」


「うん、はい、良いけど、でもなんで?」


「サーヤちゃんが言うには、『アマツさんは女の子と話して仲良くなるの下手くそだから、一緒に戦ったほうが仲良くなれる』って。だから一緒にダンジョンに行こうと思ったんですけど……嫌でしたか?」


「いや、全くそのとおりだから何も言えない。神代さんに言われるのは癪だけど」


 あんな明らかに陽の者と比べないでほしい。これでも頑張っているとは思うのだ。神代さんと初めて会ったときも頑張って話したし。

 

 俺が仏頂面になっていると、有馬さんがクスリと笑う。

 

「大丈夫ですよ。アマツさんは配信の時は普通に話せてると思いますし、あんな感じで話してたら誰とでも仲良くなれますよ」


「ありがとう」


 とっさに礼を言ったが、そこでひっかかるものがあった。


「ん? 配信見てるの? 最近何も手につかないって神代さんから聞いてたんだけど」


「あっ」


 明らかに『しまった』という表情を有馬さんがする。これはクロだ。

 

「神代さあん!」


「ちょちょちょっと待ってください!」


 別の部屋の方に片付けに行った神代さんを呼ぼうとすると、有馬さんが慌てて止めてくる。

 

「うう……」


「どういうことか教えてくれ。あとそんなきつく締めたらガブちゃんが痛そう」


 恥ずかしくて顔が上げられない、と言わんばかりに下を向いている有馬さんの腕の中で、ガブちゃんが『苦しいですご主人さま!』と言わんばかりの顔でこちらを見ている。多分俺よりもパワーがあるんじゃなかろうか。野生のウルフぐらいならきゅっと絞り殺してしまいそうだ。

 

「あ、ごめんなさい」


 有馬さんが力を抜くと、ガブちゃんは『助かりましたあ』というような緩んだ顔をする。そんな表情豊かだったかお前。

 

「それで? 何も手につかないけど俺の配信は見てたと? もしかしてだけどさ、俺の配信見てるから他の事が出来てなかったりする? 俺の配信の時間馬鹿長いし」


「……そうです。アマツさんの配信見てたらずっと終わらないし途中で見るのをやめるのも嫌だし、それで自分の配信を休んじゃってたらみんなに心配されて……」


 得心がいった。神代さんと最初話したときには、モノローグに俺の返信があってそれが嬉しかったために何も手につかない、と聞いていたが、流石にそれは無いだろうと思っていたのだ。恋する乙女でもそうはなるまい。いや、片思いとかだったらなるかもしれないが。

 

 だが単純に、俺のやたらと長い配信を見ていた結果自分の配信がまともに出来ない、ということだったらよくわかる。以前一度だけ有馬さんの配信に行ったときも、神代さんの言う『手がつかない』という状態の割には普通に配信していた。あれはおそらく、俺が配信をやめていた時間帯だったからだろう。

 

「俺としてはありがたいけど、神代さんには謝っておきなよ。有馬さんとコラボしろ、って俺に詰め寄るぐらいには心配してたし」


「えっ……?」


「なになに、何の話してるの?」


 丁度いい所で神代さんが戻ってきた。

 

「神代さんが俺に怒った話」


「え?……あ」


 俺が何の事を言っているのか気づいた神代さんが、顔を赤くする。あ、もしかして有馬さんには秘密にしたかったのかな?

 

「友達思いだなあ」


「サーヤちゃん……」


「ちょ、ちょっとアマツ、その話は駄目、無し! もうっ!」


 からかう俺と感動した有馬さんに見つめられて、神代さんはより一層顔を赤くする。彼女の勢いには押されっぱなしだし、これぐらいは仕返しとして認めてもらおう。

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