25.神代桜綺

「本当の、友人に……」


「まあこれは俺のわがままですので。仕事の依頼であればそのままお受けします。どうしますか?」


 俺の予想では、多分神代さんは気持ちが先行してしまっているのだと思う。有馬さんの様子がおかしい、だからどうにかしたい。ただその気持を持って、自分が出来る事をしようとしている。

 

 今日俺に会うことも、有馬さんにすら相談していないのだろう。『虹の館』という集団がどういう場所なのかもわからないが、所属している配信者の様子がおかしければ、配信者だけではなく事務所の人間も何かしらの行動は起こしているはずだ。先走っても良いことはない。

 

 有馬さん自身や、他の人と話せばもう少し落ち着いて考えられるはずだ。

 

「え、っと……少し、考えさせてもらってもいいですか? またMonologerで連絡するので……」


「配信をしているときは確認できないので少し遅くなると思いますけど、それで良ければ。連絡お待ちしています」


 俺がそう返すと、神代さんは座ったまま頭を下げる。

 

「今日は時間を作ってくれてありがとうございました。自分勝手なことばかり言ってしまってすいませんでした」


「いえ、こちらこそお話が出来てよかったです。俺は基本的に気にしないので良いですけど、一応初対面の人に対する話し方は勉強したほうが良いかも知れませんね。まあそのために事務所があるのかもしれませんけど。それじゃあ、俺はこれで……」


 俺が立ち上がろうとすると、「あっ」と神代さんが声をあげる。

 

「あの、ご飯とかどうですか? 忙しいなら良いんですけど」


「あー今からですか?」


 尋ねると、彼女はコクリと頷く。

 

「大丈夫ですよ。あまりフリーライフには詳しくないのでどこか良い場所があれば。ここも食べれるのかな?」


「っ! わかりました! じゃあ着いてきて!」


 表情を明るくした彼女に案内され、カフェの個室から出て近くのおしゃれな店に案内される。このVRライフでは、食事をしてもお腹は満たされない。だから食事をするのというのはつまり、『食事中の会話を楽しむ』『食事の味を楽しむ』、なんてことが主になる。

 

 まあこの場合は、俺と話して交流を深めようとしてくれているか、俺のことを知ろうとしているかのどちらかだろう。食事程度なら対して時間も取られないし、何より戻ってもすぐにゲームをするのだ。ならば今日の休憩の時間を神代さんとの食事に当てればいい。

 

 

******



「今日はありがとう、アマツさん」


「こちらこそ。久しぶりにまともに人と話したから楽しかったよ」


 昼食は近くのおしゃれなカフェでそれぞれに食べた。神代さんはサンドイッチを、俺はパスタをそれぞれに注文し、食後にはケーキを一つずつ食べた。

 

 普段の俺は一人でラーメン屋や焼き肉の食べ放題などガッツリしたところに行くことが多かったが、こういう場所もたまに来てみるには良い。何より、ゲーム内を含めても誰かと話しながら食事をとるというのは本当に久しぶりで楽しかった。

 

「それじゃあ、もう少し他の人とも話してるみるね。近いうちに連絡はするから」


「まあ出来る事なら、他の仲間もいるんだしそっちで立ち直らせてくれよ」


 二時間ほど。短い時間だったが、神代さんとはそこそこ仲良くなれたと思う。彼女が敬語を使うことに慣れていないのは個室での会話のときからわかっていたので、会話を始めてすぐに敬語を使わないで良いと伝えた。案の定丁寧な話し方には慣れていなかったようで、互いに丁寧な話し方をやめると個室での話よりも遥かに気楽に話すことが出来た。

 

「うーん、それはどうかな。私もアマツさんのこと気に入っちゃったし」


「はいはい」


 適当に返すと、神代さんは頬を膨らませる。


「むー、ふざけてると思ってるでしょ」


「まあな。それじゃあまた。俺は配信もあるからもう帰るよ」


「うん、わかった。今日はほんとにありがとね」 


「こちらこそ。じゃあな」


 神代さんに別れを告げてその場でVRライフからログアウトする。

 

 神代さんとは、それぞれの動画や配信での思い出だったり、今日会う理由となった有馬さんに関することなどを話した。神代さんいわく、有馬さんは俺の動画に対して『ガチ恋』というやつだったらしく、相当に入れ込んでいると聞いた。

 

 その割には配信者となった後もコラボの話が無かったと俺が言うと、どうも遠くから見ているのが楽しいのであって、自分が話しかけるのは彼女にとっては違うらしい。

 

 ならなんで俺の所に話を持ってきたのだという話だが、彼女も有馬さんのために何かをしたかったのだろう。

 

 彼女自身はチャンネルの登録者も多く俺よりも有名な配信者らしいが、まだまだ子供なのだということが会話からわかったので、俺の言葉も自然と優しくなっていた気がする。

 

「うーし、それじゃあ配信をやろうかねえ」


 連絡が来ていないのを確認して、いつもどおり配信の用意を開始する。

 

「神代さんとかは、こういうのも他の人がやってんのかな」


 まだまだ、俺にはわからないことが多い。専門としている動画の撮影に関してすらも。そういうことも、これから知っていけると楽しいだろう。

 

「よし、それじゃあ今日の配信始めますよー。今日はちょっと用があって遅くなった。あ、モノローグしてないわ。ちょっと待ってくれよ」

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