24.コラボしませんか?

「逆効果、ですか」


「俺の返事があったから配信が手につかないていうのは、要するに嬉しさでそうなった感じじゃないですか? なら下手に会ってしまうと余計そうなってしまう気がするんですが……」


 自分の考えを口にしながらも、俺は若干戸惑っていた。好きな動画投稿者、この場合は俺から返信が来ただけでそんなになるものなのだろうか。

 

 アイドルや俳優といった個人を好きになったことが無い俺にはわからない感覚なのかも知れない。思えば、動画投稿に関しても面白いと思ったものを見ていた時期はあったが、個人を好きになって見続けるということはあまり無かったのだ。

 

「そう、ですかね。私は中途半端な状態でいるよりは、いっそアマツさんと交流があった方が良いのかなと思って」


「はあ、なるほど」


「ノノとコラボしてもらえませんか? アマツさんにとっても得だと思うんですけど」


 どうやら神代さんは、なんとかして俺に有馬さんとのコラボ配信をしてほしいらしい。

 

「いくつか確認があるのですが」


「はい」


「それは仕事の依頼、ということですか? 昨日調べたところ有馬さんや神代さんが所属している『虹の館』というのは、複数の配信者の所属するいわゆる、事務所? のようなものだと理解してるのですが、その事務所からの依頼、ということですかね?」


 俺がそう尋ねると、神代さんは微妙そうな表情を浮かべた後、丁寧に説明してくれる。


「いえ、コラボなんかの裁量は私達自身に任されてるので事務所からの依頼、というわけではないです。後私やノノからの仕事の依頼、っていうわけでもないですよ。同じ配信者同士仲良くしませんか、というぐらいの話です」


「なるほど」


 まあ正直な話、それだけではないのだろうなという予想はついている。どちらかというと、最初に話していた『有馬さんの様子がおかしいのでなんとかしたい』という方がメインだろう。

 

 仲良くするなら俺ではなく他の配信者の方が話しやすく親しみやすいだろうし、登録者などの観点から言っても魅力的だ。

 

 『俺に対して何もこだわりの無い神代さんがわざわざ直接話しに来た』ことを考えると、神代さんなりに有馬さんの事を思っての行動ではあるのだろう。とはいえ、簡単に受けることが出来るわけではない。

 

「はっきり言いますと、今すぐには無理です」


 俺が答えると、神代さんは机に手をついて身を乗り出してくる。


「なんで! だって私たちとコラボすればたくさんの人がアマツさんの事を知るんだよ? 宣伝効果だって大きいし、それに私やノノなら可愛いし……」


 感情が高ぶっているのか、神代さんの言葉が表面上の敬語ですら無くなっている。それだけ、俺と有馬さんのコラボを熱心に考えて、いや、有馬さんの事を熱心に考えているのだろう。

 

「理由はいくつかあります。まず有馬さんとコラボしたときの得、っていう話ですが、俺はこれでも現状十分に生活できているし、貯金も出来ています。こういうのはなんですが、動画の編集から何まで全て一人でやってるので、登録者自体は少なくても個人としての収入は有馬さんや神代さんより高い可能性もあります。基本的には一本のゲームに月額課金するだけでそれを基準に動画が作れているので。だから、俺が利益を理由に有馬さんとコラボすることは無いです」


 俺の言葉に考え込む神代さんを置いておいて、俺は説明の続きをする。


「だからまずコラボすることにおいて俺にはメリットが無い、っていう話ですね。それじゃあ次にデメリットの話です。まあこれは単純な話なんですが、俺の動画見たことありますか?」


 俺が尋ねると、神代さんはゆっくりと頷く。

 

「ノノに勧められて、速度極振りのまとめみたいなのは見た」


「そうですか。ならわかると思いますが、そもそも俺の動画と、有馬さんや神代さんの配信は毛色が大分違います。それぞれがそれぞれの視聴者を抱えているわけで、下手にくっつけてもろくなことにならないんですよね。実際ここ数日、おそらく有馬さんのモノローグからやってきた人たちが俺の配信で文句を言ったり暴言を吐いたりといったことが結構起きてまして。一応コメントを管理してくれる人に頼んで処理はしてるんですが、まあ簡単な話揉め事の種です。俺が配信に慣れてない、っていうのも問題の理由ではあるんですけどね。本来俺の配信を見てる人はそこをわかった上で見てくれてるので、下手くそだから、とかいった理由でもめたりはしないんですよ」


「それは……」


「何も神代さん達が悪いと言ってるわけじゃないです。これは単純に俺が配信に慣れてない、もしくは他の方の配信とやり方が違う、っていうのが問題なだけで。ただまあ、合わないですよね。基本的に」


 神代さんは、唇を噛んで黙り込む。久しぶりにフリーライフを使ったが、結構描写がしっかりしていることに驚く。おかげで彼女の心も少しはわかった。

 

「デメリットの方は正直、まあ置いておいてもいいかなとという感じではあります。そもそも動画の広告収入がメインなので、俺の場合は見てくれるだけで利益は出てるわけですし。ただまあなんていうんですかね」


 言葉を切り、頭の中を整理する。

 

「端的に言うと、神代さんの『俺、アマツにとって得だからコラボをしてくれ』っていう言葉が気に入らないんですよね」


「え……?」


「正直な話、これまで何回かコラボの話をもらったりとか、虹の館では無いですけど別の事務所みたいなところから所属しないか、っていう話はもらってるんですよね。まあそれが俺にとっては利益になる場合だったり、相手にとって利益になる場合っていうのはあるんですがそれは置いておいて」


 特に今ほど伸びる以前なんかは、そんな連絡も多かったと思う。だから、嫌になったのだ。


「誰も彼も、『仲良くしません?』『同業者と交流しません?』みたいな感じで来るのに、結局は利益しか見てないんですよね。それが別に悪いと言いませんよ。ただ俺はそういう交友関係ならいらない、というだけで。実際今現在友人と呼べる相手なんて一人しかいないですしね。なんでまあ、利益重視の依頼であるなら、最初から『仕事の依頼』だと言って欲しい」


「じゃ、じゃあ……」


「もう少し話させてください」


 おそらくは、『仕事としてコラボを依頼する』と言おうとしたであろう神代さんを遮って、俺の考えの続きを説明する。

 

「逆に仲良くするという意味でのコラボ配信をしたい、と言うなら、まあせめて一回は有馬さんと直に話しておきたいです。仕事として神代さんからお受けするなら、報酬を貰えれば受けさせてもらいます。ただ友人として、という形なら、本当の友人になっていただきたいな、というところです」


 自分でも、少し一般の人と感覚がずれているのがわかる。だが、俺は本当に『友人』という概念がわからないのだ。中学校、高校と学校内に、クラス内に友人はいた。いると思っていた。

 

 そして卒業して二日で、その誰とも交流しなくなった。以来連絡をとっている相手はいない。どれほど学校でよく話し気のあった相手でも、だ。

 

 その場にいる相手ならばフレンドリーに接することが出来る。だが、受動的に接することがなくなると、もう交流はしない。俺はそういう人間なのだ。

 

 だからこそ、せめてある程度仲良くなってから、コラボ配信なんかはやりたい。ほとんど知らない人と会って、親しい仲のように振る舞って、用が終わったら去る。

 

 そんな関係には、疲れたのだ。

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