第8話 俺はお前を殴らんぞ

 外で適当に食事を終え、ゲームにログインする。栄養バランスを考えてはいるのだが、ゲーム内の食事の方が美味しい。栄養ブロックばかり食べてVR空間で食事をとる人が多いのもわかる話だ。

 

 ログインして配信を再び始め、設定を整える。

 

「はい、再開していきます。ケルヒャー君が来れないって言ってたから他の人に任せたいんだけど……豆チ○コ君がいるね。豆チ○コ君前から思ってたけど、その名前どうにかならない? 配信してると呼びにくいんだけど」


 俺がそう言うと、人が集まり始めたコメント欄が笑いに包まれる。名前を呼ぶときに伏せ字にしないといけなくなるような名前はやめてほしい。恥ずかしいわけではないのだが、下ネタ連発は体面上よろしくない。

 

「まあとりあえずカメラできそうなら……あ、OKありがとう。じゃあ権限送るよ」


 先ほどとは別の古参視聴者にカメラを操作する権限を送る。

 

「『撮影の人雇わないんですか?』。今まで雇って無かったんだよな。基本編集だからさ。まあ配信するなら必要な気もしてるけど、とりあえず何人か熱心に見てくれてる人に撮影お願いしておいて様子見ようと思ってる。もしできそうな人数結構いるならリストアップして報酬払うとか担当振り分けるとかしたいな」


 『誰か外部の腕のいい人雇った方が良いんじゃないの?』というコメントが寄せられるが、それは多分無理だ。


「いや、一人に任すとしんどいと思う。俺多分一日一〇時間越えると思うんだよな。生放送だけにすると。それに一人でついてこれるわけはないし、二人にするのもなって感じだ。それなら基本は俺の上だったり正面だったりに置いておいて、動かせる人が来てくれたら任せるぐらいで良いのかなって」


 実際俺のゲームプレイ時間はそこそこ多いほうだと思う。まあ廃人勢には流石に敵わないだろうが。だがそれを撮影してもらうということは、つまり超過労働を要求することになる。まあ悩ましいところだ。

 

「はい、また観戦許可を無制限にしておいたから、見に来たい人はどうぞ。というか、観戦使って見に来てる人いる?」


 俺が尋ねると、殊の他多くの答えが帰ってきた。

 

「あ、結構いるのね。それじゃあそんな感じで。とにかくダラダラやってくから、疲れたら落ちてよちゃんと」


 視聴者に注意を伝えておいて、ログアウトしたハンバーガー屋から外に出る。

 

「とりあえず今からは隣の街に向かう。で、途中でウルフを見つけたらテイムを狙う方針で。テイムとかは完全に未知だから失敗すると思うけど、気長に見てくれ」


 攻略サイトを見れば簡単にテイム出来る方法も書いているのだろうが、それはそれで面白くない。今回はのんびりと、ゲームを楽しむのだ。

 

「うし、それじゃあ出発っと」


 装備の更新などはせず、街を出て次の街へと向かう。装備やアイテムの購入は次の街でした方がプレイヤー価格で買えて安くすむ。初級ポーションもまだ残っているし、多少無茶をしても大丈夫だろう。

 

 フィールドの風景を眺めつつ視聴者とくだらない話をしながら街道を歩いていると、草食獣の生息するエリアを抜けて他のモンスターの生息する場所へとやってくる。

 

「このあたりならウルフもいる、はず。あ、いた」


 早速目当てのウルフが見つかったので、テイムを試みる。現実の狼は見たことは無いが、ほとんどデフォルメされていないという話は聞いたことがある。

 

 ためしに近づくと、ウルフがこちらを睨みながら唸り声を上げ始めた。

 

「テイムのやり方は……」


 メニューからテイムのチュートリアルを開き、確認する。先にやっておけばよかったと思ったが後の祭りだ。

 

 説明によると、手をかざしながらテイムと唱えると手のひらに魔法陣が開かれるらしい。それにモンスターが足や手のひらなど特定の場所で触るとテイムが成功するようだ。

 

「お手。お手! お手しろ!」


 どうすればテイムにのってくれるのかわからず、とりあえず姿勢を低くして手を差し出しながら近づく。説明文通りならお手をしてくれればテイムは成功するはずだ。

 

 奇行に走った俺を笑うコメントが流れているようだが、真面目にしっかりテイムするのは初めてなのだ。緊張もしようというものである。

  

「うおっ!」


 ゆっくりと近づいた俺に対して、ウルフはためらう事無く飛びかかってきた。頭を噛まれそうになり、慌てて回避する。

 

「肉か? 肉が足りんのか?」


 尋ねてもモンスターが答えることはない。問答無用で襲いかかってくるウルフを必死で避け、攻撃を剣で防ぐ。

 

「コメントは見えて無いけど、とりあえずやり返さないでみる! それでうまくいかなかったらまた別のやり方を考える!」


 視聴者に叫んでおいて、距離をとったウルフとの睨み合いを始める。いつもの感じでいうなら、方法は幾つか想像がついている。

 

 痛めつけて無理やりテイムする方法、そして肉などでつる方法。後は無理やり手を捕まえてテイムの魔法陣に触れさせる方法。色々あるのだろうが、とりあえずこちらからは一切攻撃をしないでみたい。

 

 言わば、不殺の心得。仲間となる者に手を出すやつはいない。全てを大きな心で受け入れる。それがテイムというものだ。

 

 ……まあ言い方を変えれば、殴り合いの結果力を認められてテイム出来るということもある。そのあたりは個人的なノリだ。

 

「よーしよしよし、こっちは攻撃しないぞ。かかってこい狼よ」


 刺激しないように剣を鞘に収めた状態で振り回す。俺が攻撃をしてこないことを見て取ったウルフは、更に激しく攻撃をしかけてきた。

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