愛への復讐を死で満たさないで

森の声を聞くように闇を傾聴する夜に君だけが目をそらして艶っぽく媚を孕んだ月を仰いで夢ばかりみて馬鹿みたいと謗られてもしなる柳のようにかわせば傷つかずに済んだかもしれないのにどうして紅い血と共に憎しみを美しく散らしたんだよそんなの馬鹿だよ。

踏切の遮断機が下りたときには大切なものはすべて線路に並べ終えて轟音に飲み込まれた過去はあっさり砕けた途端に静謐な金属音が夜を劈き泳ぎ続けてたどり着いた意味のない空白を埋め空け埋め空けを繰り返す無意味な存在でしかないと自覚してしまってもどうして一歩さらに前に足を出すのだろう。

指先で叩いて落とした煙草の灰は誰かの身体だったと証明しても君は蘇らない永遠の空白でしかなく浪費して失われた富の分だけゼロを並べる言葉にならない詩に過ぎない貨幣のいたずらにより新たに欲望を作り出すことだけが無意味な略奪を正当化する手段になっても僕はきっと君を探してゼロを並べる。

今はない頼りない肩を雨が濡らして静かな過去と現在の真実を結ぶ死んでしまった裏切りだけが羨ましくて頬を濡らす塩水が辛い清い水を切ってかける川面を跳ねる石を追うように流れていくを掴んだ君だけが暗い底に沈んだ。

ずるいよと僕の声はに飲まれ蛍はあまい水をさがしてさまよい夜に溶け欲望を愛にのみ託した純粋さだけが暗闇をほのかに照らすことができるのだとか夏の夜を花火のように照らすことができのだとか戯言ばかりを口にしていた。


永い夜。


最期の夜に僕の見る夢はなんですかと問う手は汚れて誰かの悲痛な叫びをファルセットと勘違いするくらいに君の声だけが聞きたくて苦しくて人形の瞳のように無機質な青い輝きを本物だとそれが愛だと誤魔化して語らう嘘をたどるように歩き続ければ君の場所にたどりつくのだろうか。

風に道を尋ねて愛に嘘を被せて欲望を愛と呼ぶことに慣れて君のいない世界での限界は定量的に計測可能な貨幣と行動の相関関係にのみ語られるだけの自由とか透明とか稚拙な交わりばかり溢れだすんだ咽喉の奥が焼けるように熱いよ熱い嗚呼と鳴くよ誰かがどこかで新しい日を求めている。

僕が死んでも星にすらなれずに惨めに土の下で空を羨むのだとむつまじい光陰に身を寄せる君への嫉妬が死への憧れが深くふかく膨らんでいく絶望に似ているのにほのかに芳しい光を放つ卑しさに嫌気がさした。


追いかけてきた欠落を虚構でしか埋められなかった。

それを僕は夢と名づけた。


永遠などどこにもいかないから自転車を漕いでたどり着いた湖の水の透明さに恐ろしさを感じて根底にある君を見る僕と僕を見た君の過去と今との重なりはなくなってしまったとしてもそれはせいぜい子供の手から落ちたソフトクリームのかたまりがアスファルトの上で溶けていく悲しみと釣り合う程度のものだったっけ。

誰にとってもよく似た自我の連鎖の最深部に潜む空白が生の不条理の根本原因なのだと主張してみて乱れ揺れる心の蓋を閉ざしてなにもなかったことにしてしまえる自由など僕にも君にも許されていなかったからあと少し線を引いて言葉を費やし消えていく芸術なんかに期待しないで平凡に生きて欲しかった。

秋風の気配が密かに夜に忍びこんで囁くような君の声は死神の誘惑くらいに暗い死に近い誓いだけが大切だったならなんであのとき星空のしたで泣いたのだろう。


視界の中心から少し外れた方が星はよく見えるのだという。


夜露に濡れた公園のベンチに座るのを止まるのを拒んだから逃げるために歩き続けているんでしょうなんて残酷な君の言葉の温もりは瞳の奥でくすぶる火種を焚き付けるには十分すぎるほどの熱量と悪意と無邪気な優しさに満ちていた。

だから僕は詩を書くことでしか君への羨望も憧憬も昇華できない消化できないままの吐き出された昨夜の焼きそばですら誰かの糧になるのだとしんじて死んでしまったらなにも残らないのだなんて信じてたまるかって嘆いて泣いて涙がこぼれて川に注ぐから過去も未来もだらだらと僕を苛むのだろう。

言葉をいたずらに紡ぐ無責任だけが自由の桎梏とのシーソーゲームを制する手段だった青春時代の不器用で純粋だと思っていた他者に預けた自分が誰かという幻想から全力疾走で逃げて投げた私も俺もあたしも内で密かに膨らんでおおきくなっていく。


詩になる言葉も小説になる物語も僕には生み出せない。


生ぬるい空気と自分の区別がつかなくなるくらいに自分以外の体温に包まれながら何度も声をあげて快楽に溺れ偶然のもたらすを食う惰性だけが幸不幸の二項対立から僕を解き放つなんて嘘だととっくに気づいてるんだろ?

君の声にはほのかに鉄の臭いが混ざって憂鬱な日曜日の夕方の太陽とは真逆に位置する東の空に似ていたからだから言葉以外に筆に色に形に象徴に力を与える贅沢だけが真に人の心を動かすんだろ?

なにも感じないくらいに心をすり減らした君の無感動のなかにさえ最期まで光る月のような冷たい明るさが灯っていたのはどこかで君がを肯定して死を拒んで抗って生きようと思っていたからなんだろ?

マスクをした無数の人々は君の悪しき点のみを書き写したみたいな愚かな瞳だけで世界を眺めて屹立する高層ビルの青に圧倒されながらそれが空だったと気づいた時にはもう電車とホームの隙間のような曖昧な空間にスッと足を吸い込まれている。

入れ子構造の思考の最果てまで旅した君だけが知る虚無を僕は口にしたいなどと思わなかった幼いキスの刹那だけは僕がいつか死ぬってことを忘れて誰かに認めてもらうことも認められないことも無視して書くことだけを書いて生きるだけを喜びも悲しみも苦しみもあらゆる感情を言葉に換えてしまえるくらいの体力と精神力と忍耐力とをすべてすべて僕にくれるならば君はきっと蘇るのだろう。


僕が生きる意味なんてない。


潔く光る夜の紺色の雲を照らす街の灯りの一つひとつが誰かの命の証なのだとどこかで聞いたようなセリフをいうクラスメイトの横っ面を君が殴った日の帰り道に見た道で轢かれた猫の死骸はなによりも惨めだったのに。

てらてらと日差しを反射しながら生きていたものとしてもう生きていないものとして赤い命の主張を死んでからも続けていたから君はきっと幻想に拐かされて囚われた。


もう忘れていい頃合いじゃないか。


僕をせき立てるという欲望こそが僕の存在証明だという錯覚すらも詩として小説として文字に起こさずにはいられないくらいに中毒的に魅せられて捉えられて無気力なまま無意識に足が向く君がかつていた場所。

倦怠の漂う夜の川のせせらぎに月明かりが落ちてばらばらに散っていたから飛び込んだら気持ち良かろうなどと笑ったことをまだ僕は忘れていない。

非ユークリッド幾何学へと拡張した世界であるなら私はいくらかまともだったと言った君はすでにまともじゃないし公理の拡張された世界ですらも矛盾は許されてはいないのだった。

素直に演繹だけを続けて緻密な詩を小説を作り上げることなど僕には不可能だから経験に頼って聞いたもの見たもの知っていること知ったこと感じたものすべてを言葉にしてから削ぎ落とすことしか逃げ道がなかった。


君は僕を羨ましいと言った。


嘆くような青空のしたで走る少年少女だけがこの世のあらゆる幸不幸を背負ったみたいに足取りが重くなさけない。

誰かじゃなく君だけが僕の詩の読者であって欲しかった君の死を悼むのはどうせ僕だけなのだから。

遠くのサイレンに見たこともない誰かの死を予感しながらどうでもいいことだと割り切れないのは君が腐敗して土になって僕の肉体の一部になってくれないからだ。

どうして。

僕が生まれたこの場所に意味はない。


君がいない。


自由な線がなぜか文字に拘束される。

言葉に絡め取られてしまった僕の意味は君なしでは成立しない。

精緻に分析し尽くした結果を作品にしてみたいなどといういやらしい欲望。


復讐心など君を忘れた世界の幻想的な地平線に投げてしまえばいい。


そうすれば君はもうおしまい。

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