おふくろの味を出せるスパイス(お題:不幸な故郷)
社会に出て一人暮らしを始めた大人になりたての元子供は、最初はこれから一人で暮らしていく事実に戸惑う。
しかし徐々に慣れていくにつれ、誰の束縛もない自由に味をしめて一人暮らしに楽しみを覚えていくのだ。
だが、一人暮らしを長い間ずっと続けるうちにふと、父や母の顔を思い出すこともあるかもしれない。
ホームシックと呼ぶほどではなくても、一人だけで料理するのが億劫になったり、唐突に母の手料理が恋しくなったり。
「とまあ、そんな一人暮らしの方々にオススメしたいのが、私の開発した新型のスパイスってわけです!」
えっへんと、白衣を着た少女が自信満々に胸を張った。
「……商品開発部から急用だと聞いて何事かと研究所に来てみれば。レオナ博士、私もう帰っていいですかね?」
「え~! ヤダヤダヤダ! このスパイス、世紀の大発明なんだよ! 待ってよギスケェ!」
ギスケと呼ばれた男は歩き去ろうとして、レオナに足をしがみつかれて止められる。
「イヤですよ。もう私、すでに定時を過ぎているんですよ? 帰らせてください」
「お願いよ、ギスケぇ! せめて、これを商品化する書類にサインだけでも!」
「私にそんな権限無いですよ。明日にしてください。レオナ博士は今まで我が社の商品を開発した実績があるから、審査は普通に通るでしょう。さ、どいて」
ギスケは足に力をこめて、しがみつくレオナを振り切った。
そのまま研究所から出ていくギスケは、背中に「ギスケのバカー!」というレオナの声を感じつつ歩いていくのだった。
* * *
数カ月後。
海外出張から帰ってきて、ギスケは久しぶりに研究所でレオナと会う機会ができた。
勤務中の昼食時間でのことだ。
「レオナ博士、聞きましたよ? あの時のスパイス、大人気だそうじゃないですか」
レオナが開発した商品が人気という話は、出張で海外にいたギスケの耳にも届いていた。
「えっへん! あのスパイスにはね、食べた人の味覚に合わせて味が変化して、お母さんの料理の味に近づけるドスゴイ成分があるんだよ!」
「ああ、だから商品名が『おふくろの味』なんですね、あのスパイス」
「いえーい! また私の社内での株が上がりまくりだよーん!」
あっはっはっはとレオナが笑っている、そんな時。
――ドガーン!!
突然の震動。響き渡る爆発音。
「な、なに!? なんなの!?」
「ま、まさか! あの脅迫状、本当に!?」
事態がまったくつかめないレオナとは対象的に、ギスケは事情を知っていた。
「脅迫状!? なにそれ!」
「まさか本当に実行に移してくるとは思わなかったんです。『おふくろの味』のスパイスの販売をやめないと研究所を爆破するって」
「なんでよ!? どこのどいつが首謀者なのよ! 暴挙をやめるよう説得するわ!」
カンカンに怒るレオナに、ギスケは一瞬だけ言いづらそうにしながらも首謀者たちの名前を言った。
「実は……脅迫状によると送り主は、『息子が里帰りしてくれなくなった母親同盟』を名乗っています」
「ぎゃあ、詰んだぁ!」
レオナは頭をかかえてうずくまってしまった。
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