紳士の道は一日にしてならず(お題:不思議な紳士 制限時間:30分)

 高級レストランでの一幕。


「君はまだ一人前の紳士とは言えないね」


 ミスター・カールはテーブル越しに向かい合う少年マルコに、優しい声色ながら厳しい裁定を下した。


「どうしてですか? 見てくださいよカール師匠、僕の服装を! どこからどう見ても立派な紳士でしょう!?」


「格好から入ることも時には有効だということは否定しないよ、マルコ」


 両手で自分を指して服をアピールする少年マルコをカールは微笑ましく思っていた。


 カールは全身を洒落たスーツに包んで蝶ネクタイを着けている。さらに頭には黒い縦長のシルクハット。マジシャンと言われても普通に通じそうな服を着ている。


 いや、着ているというより「服に着られている」と言うべきか。ものの見事に似合っていないムードが漂うあたり、マルコの精神的未熟さがうかがえる。


「いいかい、確かに紳士は身だしなみに気を使う上品な存在ではある」


「じゃあ!」


「けど、だからといってそれが全てと考えるのは浅はかだよ、マルコ。上品な格好でさえいたら、食べ物をどんな食べ方をしても良いのかな?」


「いや、それは無いです。テーブルマナーを守った食べ方をしてこその紳士です。その点、僕はちゃんとナイフとフォークを使ってますよ、カール師匠!」


「うん、そこについては努力は認めるよ。手つきを見る限り練習してきたことがうかがえるからね」


 マルコはナイフとフォークを使って、この店一番のステーキを見事に切り分けていた。


 ステーキを切り分ける所までは文句なし。この点は、カールも認める所だ。


 しかし、惜しいかな。マルコは食べた後にミスを犯していた。


「マルコ、口元にソースがついてるよ」


「えっ!? 本当に!?」


 マルコはあわててポケットからハンカチを出した。


 口を拭おうとしたのだろうが、慌てたせいでハンカチをステーキに落としてしまう。


「ああ~っ……そ、そんなあ」


「紳士ならどんな時も、動じず冷静でいること。今のも残念ながら減点だね、マルコ」


「ううっ……まだまだ僕は未熟ってことですかねぇ」


 落ち込むマルコに、カールは取皿を渡した。


 皿にはカールが自分で切り分けたステーキが一切れある。


「自分の弱さを自覚して、また一歩君は強くなれた。これを食べてもっと強くなるといい。紳士の道は一歩で済むほど甘くはないけど、君には見どころがあるよ」


「うう……カール師匠、ありがとうございます」


 マルコはカールからの施しステーキの取皿を受け取る。


「うん。服装やテーブルマナー以外にも、レディに優しく、何事にも動じない強靭な心を持ち、それでいてシルクハットから鳩を出すくらいの茶目っ気も紳士には欲しいところだね」


「鳩を出すのはカール師匠ぐらいだと思いますよ……?」


「はっはっは! もののたとえだよ、たとえ!」


 カールとマルコの紳士師弟の食事は、なごやかに続いていった。

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