都合のいい巨人(お題:不幸な巨人)

 とある小さな島国に、ひとりの巨人がいた。


 巨人は島の中にあるどんな建物よりも大きかった。


 手足は子供が木登りで遊ぶ大木の倍は太く、力は家ひとつを立てる木材を一度にぜんぶ運べるほど強かった。


 巨人は大きく、力強かった。


 島国の人々はその力をありがたみ、生きる上で必要な力仕事を手伝ってもらっていた。


 家を立てるときは巨人に材料を運んでもらい、崖を渡るときは巨人に崖の下から腕で橋になってもらう。


 こうしているうちに島の人々の生活が豊かになっていくのを、巨人は喜ばしく思っていた。


 島の人々みたいに小さな手で器用なことのできない自分が、みんなの役に立てるのが嬉しかった。


 巨人はみんながしあわせならそれで良かったのだ。




 * * *




 きっかけは、少女の悪気のない一言だった。


「巨人さんはみんなみたいに遊んだりしないの?」


 最初、巨人は少女がなにを言ったのか意味がわからなかった。


 少女に詳しい説明を求めると、世の中には楽しいことがいろいろあるのだと言う。


 おいしい食べ物、楽しい漫画、野球やサッカーのような玉遊び。海を超えた先にはVRゲームといって、別世界の中に入って遊べる遊具まであるという。


 その話を聞いて、巨人は絶句した。


 自分の巨体がきわめて矮小に思えるほど、世の中にはいろいろな楽しいものがあるのだ。


 なのに巨人は、今までそれを知ることが一切できなかった。


 おいしい食べ物? そもそも食べ物自体を食べたことがない。巨人が食事なんてしだした日には島中の人々が飢えて死ぬからだ。


 漫画? 読んだこともない。文字も絵も小さすぎて、そもそも読んで楽しむものたという発想すら無かった。


 球遊び? したこともない。自分じゃ体が大きすぎて、うっかり遊び相手を踏んで殺しかねないからだ。


 みんなが楽しそうにしていることを、自分は一度もやったことが無い。


 そのことに気づいて巨人は、心の奥からどす黒いなにかが出てきそうになって、自分の考えにぞっとした。


 そして、ある決断をした。




 * * *




 数日後。


 島国の中の唯一の学校、その校庭に巨大な文字列が描かれていた。


「僕は旅に出ます。自分が幸せになれる所を探す旅に出ます。でないと僕はいつか、島の人達に恐ろしいことをしてしまう」


 島の人々の大半は巨人がいなくなったことで、大きな労働力がいなくなったことを残念がった。


 残りの少数は、巨人に今までしてくれたことの恩返しをしていなかったことを悔いて恥じた。


 巨人が人の良い人物だったから良かったものの、もし彼が使いつぶされたことに怒って暴れだしていたらどうなったことか。


 どんな人間であろうとも、親切心だけで動くのには限界があるのだ。

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