遅すぎた勇者(お題:誰かと善)
「魔王様、勇者がもうすぐそこまで迫ってきています……」
側近の悪魔シュドナイが、言外に逃げろとぬかす。
こいつの口から弱気な言葉を聞くのは今日でもう何度目だろうか。
「お願いです。お逃げくださいませ、魔王様」
「ふざけるな。部下を死地に追いやっておいて逃げる魔王がどこにいる」
「先代以外の歴代の魔王は、みんなそうしてきたのですよ?」
「我は嫌だ。あんなゴミ以下のクズ共に成り下がってたまるか」
シュドナイの提案を却下し、我は城内の気配を探っていく。
もう生き残っている部下はほとんどいない。
魔王城の警備は勇者ご一行の活躍で壊滅状態だ。
いや、勇者の活躍だけが敗因じゃない。そもそも勇者が活躍するまでもなく、魔王側の勢力はボロボロだったのだ。
ろくな報酬もなく使いつぶされた部下の不満はたまり放題。裏切りと賄賂と不信で魔王軍は腐りきっていた。
現在の魔王、すなわち我が先代をクーデターで討ち取ったところで、なにもかもが手遅れだったのだ。
「シュドナイ、お前こそ逃げろ。我の最期の仕事にお前まで付き合う必要は無い」
「いえ、魔王様。私は最後まであなたと共に戦わせてもらいます」
「……魔物の中には勇者側に寝返って助かったやつもいる。お前がそうして生き残っても、我は責めたりしないが?」
「嫌です。あんなゴミ以下の恥知らずにはなりたくありません」
「そうか。ククッ」
シュドナイの言い回しに、我の口元がすこし緩んだ。
こいつは普段、人の言い回しを真似るような遊びはしないのだが。
まあ、死地が近いとなれば気まぐれの一つや二つは起きるものだろう。
ほんの一瞬だけできた和やかな雰囲気。それは、無遠慮に扉を叩き開ける轟音と共に破られた。
「ようやくここまでたどり着いたぞ! 魔王!」
ああ、ようやっとここまで来たのか、勇者。
「今日がお前の最期のときだ。お前を倒して、世界の平和を取り戻す!」
その自分に酔い切った英雄気取りの間抜け面に叩き込んでやる。
平和を狂わせていた元凶を苦労して倒した我が、割りを食って全責任をかぶる理不尽の怒りを思い知れ。
「遅い! 遅すぎるぞ勇者! 今までなにをしていた!?」
我はシュドナイと共に、勇者に攻撃魔法を叩き込んだ。
それを開戦の合図として、英雄譚は終わりに近づいていく。
人間の都合にあわせて紡がれる英雄譚に、当代魔王の苦悩など描かれる余地は無い。
よって平和を乱す元凶が既に倒されていたことなど、この世界ではもう誰も知ることはできない。
勇者は、遅すぎた。
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