第4話 田舎を作ろう④


「…………んん?」



 ハッキリと聞き取りやすい宣言だったため聞き間違いはありえなかった。だからこそ彼女の意図を全く汲み取る事が出来ず、ただただ僕は首を傾げる他なかった。



 僕の固まった表情がどうゲームで描写されているかは分からないけど、ユイは嬉しそうに机から立ち上がると何やらメニュー画面を弄り始め――



 個人ウィンドウから燃え盛る火のついたたいまつを取り出した。



 その行動は――とても冗談には見えなかった。



 現在このサーバーには誰でも入れる状態にある。つまり誰かがその気になればこの僕だけの田舎を一瞬で破壊し尽くすことだって可能なのだ。



 追加課金すれば貸し切りサーバーを使う事も出来るのだけど、マイナーゲームあるある『民度が異常に良くチーターや荒しがほとんどいない』というのがあったため誰かの悪意に完全に無頓着になっていた。



 まさかこんな僻地に遊びに来る物好きがいるなんて……。



「ね? いいでしょ? キミが頑張って何百時間費やした自分だけの世界を全部燃やしてもいいでしょ? キミは悲しい? 泣いちゃう? 悲しいよね? 怒っちゃう? 私をBANしちゃう? んふふ可哀想」



 ユイはたいまつをバトンの如く空中にぶん投げる。正確な物理演算に定評があるこのゲームでたいまつは綺麗な円形を描きながら落下していき――地面に落下する寸前の所でユイがキャッチする。



 アスファルトの代用で黒いブロックを置いた時とは訳が違う。この校舎はほぼ全部木製ブロックで構築された校舎だ。リアリティ重視のロストワールドにおいて、木に火を灯せば現実と同じくきっちり燃え上がるし、風が吹けば火は強くなる。



 ユイが手に持つたいまつの火が校舎のどこに燃え移ったとしても、全焼は避けられないだろう。



「で、キミはどうして欲しい? どうして欲しいか聞くだけ聞いてあげる。もしかしたら私の気分次第で止めてあげるかもしれないよ? ねぇキミは私をどうやって楽しませてくれるの?」



 クワッとユイは口が裂けないか不安になるぐらい口角を吊り上げた。どす黒い長髪を持つ彼女が笑ながらたいまつ片手にユラユラと揺れている姿は、まるで和風幽霊映画のワンシーンのようであった。



「…………ユイさんはなんでこんな事をするの?」


「そんなの楽しいからに決まってるじゃん! 一度やってみたかったんだ! 校舎をぶっ壊すの! 泣いてくれる人がいたらよりグット! ねぇキミもそう思わない?」


「思わない。思わないけど…………ありだな」


「へ? 何がありなの? ねー! ねーってばぁ! ……聞いてる?」




 僕はたいまつを振り回す初対面の女性アバターの事は一旦頭の隅に放置して、今後の事に思考を走らせる。



 この世界は所詮ゲームなのだ。少なくとも僕にとって現実逃避の時間潰しでしかない。現実が辛くて悲しい事ばっかだからこの世界に逃げ込んで来たんだ。



 ――でも、だからこそ――この世界はどこまでも自由なんだ。



 気遣いとか世間体とか余計な柵から解放されて、ただただ胸の高鳴る方へ走り出す事ができる。



 これから作り上げる未来を想像して――どうしようもなくワクワクした。


 だったら止める理由などなにもない。



「いいね。一緒にぶっ壊そう! 丁度最近校舎をぶっ壊したいと思っていたんだ」


「は?」


 予想外の返事に――ユイは鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情でピタリと動きを止めた。



「ふっ」



 ……なるほど。人が本気で驚く姿と言うのは中々面白いものだな。


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