第3話 田舎を作ろう③


「………………」



 昨日の作業の続きをしようと建築途中のエリアに着いた僕は――困惑する。

 ここ数日間『廃校寸前の木造建築学校』というコンセプトを軸に作業を進めており、今は生徒が減りすぎて誰も使っていない空きの教室を制作途中なのだけど……。


 …………なんか、寝てる。



 空き教室にあえて乱雑に重ねられた机の一つに顔を突っ伏して寝ている人物がいた。



 フィクション作品にありがちな背中ぐらいまで伸ばした黒髪のせいで、顔はおろか机までも黒色で覆われている。教室の窓から差す日光により、彼女の後頭部はほんのりと光輝いていた。



 風景の一部として溶け込んでいる彼女を見て、教師時代に何度も見た光景が脳裏を駆け巡る。



 馬鹿にしているのを隠すつもりもない態度。遠くから聞こえるあざ笑う声。学校という封鎖空間に生じる独特の息苦しさ。



 ……いかん。懐かしさと同時にまだ癒えていない生傷の痛みを思い出してしまった。僕は首を振って嫌な記憶を頭の隅に追いやると、ワザと大きな足音を立てながら熟睡している彼女へと歩み寄った。



 NPCって訳じゃ……ないよな。ロストワールドではルーチンを組めば複雑な行動も自動で行ってくれるNPCの存在があるのだけど、少なくとも僕はまだ誰もこの田舎にNPCを置いていない。僕がいない間にこのサーバーに入った誰かがコレを置いた可能性もゼロじゃないけど……。



 彼女に近づきながらメニュー画面を広げて状況を確認する。現在この過疎サーバーには二人ログインしていると表示されているのを見て確信する。



 やっぱプレイヤーだこれ!



 気づいて少し距離を開けた瞬間――机につっぷした彼女が「ばぁ!」という声と共に、僕に向かって両手を大きく広げてこちらに急接近した。



「----ッ!?」



 突然の出来事に驚いた僕は、漫画みたいに飛び上がって尻餅をついた。それを見た彼女はケタケタと腹を抱えて笑った。そんなに笑ってくれたらもう別にいいよ。僕は動揺してないアピールにあえてゆっくりと立ち上がった。



「んふふ。遅いよー! ずっと待ってて、危うく寝ちゃう所だったんだからさ!」


「……ええと、どちら様ですか?」



 待ち合わせの予定どころか、こんな元気の擬人化みたいな奴に出会った記憶が全くない。



「おっと、それはこのゲーム内の名前を聞いているのかな? それともリアル? ゲームでは『ユイ』って呼んで! リアルでは超人気アイドルグループのリーダーをブイブイやっておりまする! イェイ!」


「……………………」



 何か聞いていない冗談という名の情報を教えてくれたけど、つまるところ彼女の名前はユイというらしい。



「ごめん僕の記憶違いかもしれないから聞くけど……初対面ですよね?」


「うん!」いい笑顔と返事だな!



 彼女の勢いに押されつつも、僕は彼女の姿を観察する。



 黒く重そうな長い髪とは対照的に、本人は呆れるぐらいの満面の笑みと綿毛並みの軽いノリが印象的な女性であった。学生服を着ているのはこの校舎に合わせてなのだろうかは不明である。



 ふと気づく。指先についた花柄のネイルは初期のキャラメイクには存在しない。つまり彼女自身がオーダーメイドで作成したという訳である。



 学生服もよく見ると運営が配布した物とは明らかにデザインが違う。吊り目なのに顔が整っていてかつ可愛げのあるキャラメイクも、彼女の強い拘りを感じる。キャラメイク時間五分の僕とはえらい違いだ。



 このゲームのプレイヤーは何かしらの強いポリシーを持つ人が多いのだけど、彼女もその内の一人って感じがする。もしかしたら話合うかもなぁなんて少しだけ思った。


「ねぇこの付近って全部キミ一人で作ったの? すごくない? ヤバくない? 田舎の再現度高すぎて怖いんだけど。モデルの場所とかあるの?」



「……全部一人でやってるよ。モデルの場所は特にないけど、実際に見た田舎の風景やネットの写真を見て制作しているかな」



 嬉しい。誰かに見せるために作っている訳じゃないけど、こうやって褒められると笑みを我慢できないぐらい胸が熱くなる。



「んふふ。そっかーそうなんだー! 一生懸命頑張って作ってるんだね! へぇー! そっかー!」



 ユイは何度も頷くと両手を上げて教室をクルリと一回転して、机の上に足を組んで座った。正面から見るとパンツが丸見えなのだけど、所詮アバターなのでそこまで有難みを感じられなかった。



 ユイは顎に手を当てて、不敵に笑いながら言った。



「じゃあさ、全部ぶっ壊していい?」


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