第8話 しばらくお世話に

 私と愛犬のロコは、シェルドラーン家という公爵家の人間であるアムルドさんによって保護されることになった。

 シェルドラーン家の屋敷に着いて、部屋が準備できるまでの間、私はアムルドさんと話すことになった。そこで私は、アムルドさんに記憶喪失が嘘であることがばれてしまったのである。


「という訳で、私はこことは違う世界から来たんです」

「なるほど……」


 私は、アムルドさんに全てを話していた。

 記憶喪失であることが嘘だとばれた時点で、そうするべきだと思ったのだ。

 正直な話、私は嘘がそこまで得意ではない。何かを隠していても、きっと迂闊なことを言ってしまう気がする。

 アムルドさんのように鋭い人の前でそうなると、また追及されることになるはずだ。その手間を省くために、アムルドさんには全て打ち明けておくことにしたのである。


「正直、あなたの言っていることはとても信じられるものではありませんね」

「そうですよね……」


 私の話を聞き終えて、アムルドさんはそのような感想を呟いた。

 それは、当然の感想だろう。突然、自身とは違う世界があり、そこで死んだ者がこちらに来たと言われて、信じられる訳はない。


「しかし、あなたが嘘をついているとはどうも思えない。だから、僕はあなたの言っていることを信じることにします」

「アムルドさん……」


 しかし、アムルドさんは私を信じてくれるようだ。

 それは、私が嘘を言っているように見えないという理由かららしい。

 やはり、私は嘘をつくのにむいていないのだろう。アムルドさんが気づく程に、私はわかりやすいのだ。


「とりあえず、細かい事情は省いて、あなたは別の世界から来たという解釈をすることにします。だから、この世界のことをまったく知らない。そういうことでいいのですよね?」

「ええ、そうですね。単純に言えば、そういうことになると思います」

「なるほど、それでいいのですね」


 アムルドさんのまとめた通り、私は別の世界から来てこの世界をまったく知らない。そこだけ理解してもらえば、別に問題はないだろう。

 なんというか、気が少し楽になった。秘密を打ち明けたことで、少し心に余裕ができたのだろう。


「しかし、このことはあまり言いふらせることではなさそうですね……」

「あ、はい。そうですね……」


 しかし、このことはそこまで気軽に話せることではない。

 そもそも、話しても信じてもらえないようなことである。全員が、アムルドさんのような人だとは限らないのだ。


「そういう意味では、記憶喪失というのはいい案ですね。あなたのことは、今後もそう説明するのがわかりやすいでしょう」

「そうですね、記憶喪失ということにします」

「ええ、僕も色々とフォローするつもりなので、安心してください」

「ありがとうございます」


 アムルドさんと話し合った結果、私はこれからも記憶喪失という設定でいくことになった。

 その方が、色々と都合がいいのは事実である。だが、本当に続けられるのかは不安なものだ。

 しかし、アムルドさんもフォローしてくれると言っている。だから、きっと大丈夫だろう。


「それにしても、あなたの世界では犬は一般的なペットなのですね?」

「はい、そうですね」

「それは、なんとも不思議なことですね……」


 そこでアムルドさんは、ロコに目を向けた。

 私がいた世界ではとても一般的な動物だ。だが、こちらの世界では、犬はとても珍しい生物であるらしい。

 その感覚は、とても不思議なものである。きっとアムルドさんは、私が動物園で珍しい動物を見るような感覚でロコを見ているのだろう。


「ええっと、そうだ。あなた達には、これからしばらくここで暮らしてもらうことになります」

「あ、はい……」


 そこで、アムルドさんはこれからのことを話してきた。

 私としては、公爵家で暮らせることはとてもありがたい。だが、それでいいのだろうか。

 例えば、町で何か働きながら暮らすこともできるはずだ。ここで保護してもらってもいいのだろうか。


「そのことなんですけど、いいんですか? ここで暮らしても?」

「ええ、あなたのことは公爵家で保護するのが一番だと思います。その子のこともあるので、それが一番いいはずです」

「その子のこと?」


 私の質問に、アムルドさんはそう返してきた。

 どうやら、ロコのことがあるため、私を公爵家で保護した方がいいようだ。


「言ったはずです。犬というのは、この世界で希少な生物だと。その生物の飼い主が記憶喪失で、町で暮らしているとなると、色々と危険な目に合う可能性は高いでしょう。そういう理由もあって、あなたには公爵家にいてもらいたいのです」

「な、なるほど……」


 アムルドさんの言葉に、私は納得した。

 この世界では、犬は希少な生物だ。そのため、狙っている人も多いのだろう。

 そういう事情も加味して、アムルドさんは私を保護しようとしているのだ。それは、素直に受け入れた方が良さそうである。


「もちろん、いずれは何か仕事などをしてもらう可能性はあります。でも、しばらくゆっくりと休んでもらっていいですよ。記憶喪失の人をすぐに仕事に就かせると、色々と問題がありますから」

「あ、はい……」


 そして、私に記憶喪失という事情があるため、すぐに野放しにできないという理由もあるようだ。

 それなら、その厚意に甘えさせてもらった方がいいだろう。

 こうして、私とロコはしばらくシェルドラーン家でお世話になることになった。

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