第6話 珍しい生き物

 私と愛犬のロコは、神様の計らいで異世界に転生していた。

 そこで、私達はその世界の住人であるアムルドさんとブルーガさんと出会ったのだ。

 アムルドさんは、シェルドラーンという公爵家の人間であり、私がいたのはその領地だったらしい。咄嗟に記憶喪失と言ったこともあって、私はそのシェルドラーン家に保護されることになったのである。


「さて、馬車に乗ってください」

「あ、はい……」


 大方の話が終わって、アムルドさんはそのように言ってきた。

 この馬車で、シェルドラーン家の屋敷か何かに向かうようだ。

 ということは、アムルドさんもどこかから帰ってくる途中だったのだろうか。そうだとしたら、中々タイミングよく通りかかってくれたものである。


「ロコ」

「ワン」


 私は足元にいたロコをゆっくりと抱き上げた。

 馬車の入り口少々高いので、ロコは抱きかかえながらの方がいいと思ったのだ。

 ロコもそれを理解しているのか、私の腕の中で大人しくしてくれている。といっても、ロコは抱きかかえれば大抵大人しくしてくれるのだが。


「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございます」


 そんな私に、アムルドさんは手を貸してくれた。

 私の手を取り、馬車の中まで導いてくれたのだ。

 こういう所も、なんだか高貴な人であるという感じがする。


「ブルーガ、後はよろしく頼むよ」

「はい」


 私が馬車の中に入ると、外からブルーガさんが扉を閉めてくれた。

 この二人がどういう関係かはわからないが、主人と使用人のような関係なのだろう。貴族というくらいなのだから、そういう人がたくさんいてもおかしくはないはずだ。


「さて、座ってください。少々揺れると思うので、その子は抱きかかえていた方がいいと思います」

「そうなんですね。ロコ、じっとしていてね」

「ワン!」


 アムルドさんと向かい合って座った私は、ロコをしっかりと抱き止めておく。

 もし揺れて、ロコがどこかにぶつかったりしたら大変だ。しっかりと支えておくべきだろう。


「出発します」

「あっ……」


 その直後、外からブルーガさんの声が聞こえてきた。

 それと同時に、馬車も動き始める。確かに少し揺れるので、ロコを抱きかかえておくというのは正解だっただろう。


「大人しいですね。しつけがきちんとされているということでしょうか?」

「え? あ、そうですか?」

「ええ、こういう所に来ると犬は落ち着かないと聞いたことがあります。ですが、その子は大丈夫なようですね」


 ロコが私の腕の中で大人しくしているのを見て、アムルドさんはそう言ってきた。

 アムルドさんが言う通り、ロコはとても大人しくしてくれている。私が抱きかかえていることもあるが、それだけでこの揺れる馬車が平気な訳ではないだろう。

 恐らく、似た乗り物に何回も乗っていたから平気なのだろう。ロコとは、何度も車で出かけた。その経験があるから、ロコは大人しくしていられるのだ。


「多分、慣れているんだと思います。こういう馬車のようなものには、何回か乗ったことがあったはずなので……」

「そうなのですね……」


 本当のことをアムルドさんに伝える訳にはいかないので、私はそのように返答した。

 ロコとのことは覚えていると言ったので、アムルドさんはこれに納得してくれたようだ。


「やはり、犬というものは興味深い生き物ですね」

「興味深い……アムルドさんは、犬に関心があるのですか?」

「ええ、一人の人間として、そういうものには興味と関心を持っています」


 どうやら、アムルドさんは犬に関心を持っているようである。

 先程、接し方を知っていたのは、そのためだったのだろう。

 ただ、あまり犬に接したことがある訳ではないようだ。触る時に、かなり緊張していたので、恐らくそのはずである。


「でも、アムルドさんは犬と触れ合ったことがなかったのですか? 先程、緊張していたようですが……」

「やはり、ばれていましたか。確かに、僕は犬と触れ合ったことがありません。といっても、犬と触れ合ったことがある人の方が少ないですから、僕が特別という訳ではありませんが……」

「え?」


 そこで、アムルドさんは奇妙なことを言ってきた。

 犬と触れ合ったことがある人の方が少ない。その言葉の意味が、よく理解できなかった。


「犬と触れ合ったことがある人の方が少ないとは、どういうことですか?」

「ああ、その辺りも覚えていないのですね。犬は珍しい生物ですよ」

「そ、そうなのですね……」


 どうやら、この世界では犬は珍しい生物であるらしい。

 だから、アムルドさんは知識があっても触れ合ったことがなかったのだ。

 珍しい生物であるため、触れ合ったことがない。そういう事情があれば、あの反応も頷ける。


「どうやら、ミナコさんは色々と覚えていないようですね」

「そ、そのようです……」


 アムルドさんは、私がこの世界の常識を知らないことを理解してくれたようだ。

 これなら、色々とわからなくても不自然に思われないだろうか。

 そのような話をしながら、馬車は走っていくのだった。

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