推しが同級生

メラミ

気がつけば、彼女と一緒になって応援している。

 私は大人になって、初めて演劇を観ることになった。舞台鑑賞に誘ってきてくれたのは、幼馴染のルイカだった。そこで、推しメンという存在を知るのだった。

 彼女は彼の出演する舞台を必ず観に行くほど、彼を推している。


「あの時のね、あの役の姿が本当に似合いすぎててマジ尊いわ〜」

「へぇ〜」


 舞台の会場に行き着くまでの間、彼女が推しの彼について語っていた。

 推しメンの名前は「YORITO」。

 ちょっと格好つけた雰囲気をしていなくもないが、イケメンであることは確かだ。

 ファンの間では「よー君」と呼ばれており、愛称があるらしい。

 ルイカも彼のことをそう呼んでおり、私に推しメンである彼を紹介してくれた。

 彼女の巧妙な言い回しが気になって、彼の舞台に興味が湧いたのである。

 これは行くしかないと、思い至った。


 上天気の中、会場に着いた私とルイカは早速パンフレットを買いに列へと並ぶ。

 私は自分用に一つ。彼女は三つも買っていた。


「自分用、保存用、布教用」

「あぁー……、どうせなら私ももう一つ買えばよかったかな」

「保存用?」

「えっとね、年上の彼氏がいるんだ」

「彼氏!? はっちゃんいつの間に!?」


 私はルイカに今まで一言も、彼氏がいることを話していなかった。つい口走ってしまい、彼女に彼氏がいることをばらしてしまう。ついでに年齢までも、彼女に押されて話してしまった。そして私の彼氏であるジュンの年齢は、よー君と同い年であることに彼女は気づくのである。私も同じように思った。

 私とルイカは指定された座席に座った。開演時間まで私はルイカに、彼氏のことを恥ずかしいと思いながら、いつから出会ったのかとか、いわゆる馴れ初めをほんの少しだけ語った。これから観る舞台も丁度恋愛物だし、まあいいかと腹を括った。


 演目内容は、よー君とヒロイン役の女優が入れ替わる物語だった。

 彼の役は途中でヒロイン役の女の子に入れ替わる。彼は二役演じ、台詞の言い回しが変化する。入れ替わるということは、ヒロイン役の彼女もよー君の役を演じるというわけだ。どちらの役柄もとても見応えがあった。彼は見事に二面性のある役柄を演じ切った。カーテンコールで魅せる彼の明るい笑顔に、私もルイカも目を輝かせていた。彼の壮快な出立いでたちに、私は魅了された。


「よー君って役の幅広いねえ」

「でしょ! 気になったでしょ? 推しは推しでしかないのよ!」

「推しでしかないって推しって好きな人のことでしょ?」

「うーん……どっちかっていうと、支えて応援してあげたい人のことかなぁ。大好きの中にもいろいろあるのよ、うん」

「そうなんだ」


 初めて演劇を観た癖に、ちょっとだけ格好つけて言ってみたのだが、ルイカは私のことをフォローしたつもりだったのだろうか。私にはジュンという彼氏がいることを、ルイカは今さっき知ったのである。彼女なりに私に気を使ってるのかもしれないと思った。それでも私は確かにYORITOの主演舞台に感動したのである。よー君の存在が尊い。私はジュンにも彼の存在を知ってもらいたくなった。


「あたし、彼氏にもよー君のこと知って欲しい……!」

「それいいんじゃない? よー君のこと、これからも応援してくれたら嬉しいなー」

「うん、これからも応援するわ!」


 私は真剣だった。推しを紹介されて、推しを好きになる。そしてまた誰かに推しを紹介する。この無限ループは素晴らしいことである。私の目を見てルイカは満面の笑みを浮かべた。推しの輪が広がることを、まるで自分のことかの様に喜んでくれている。私はジュンに連絡し、後日会う約束をした。


 後日、私はジュンの家に遊びに行った。友人と舞台を観に行った話をしたついでに、推しメンを紹介した。私は舞台衣装を着たYORITOのブロマイドを数枚広げて彼に見せた。続いて舞台のパンフレットを開いてジュンに見せながら、よー君を指差して語り出す。


「YORITOっていうんだけど、顔面偏差値高いけど、もうそれだけじゃないの!」

「ん……この顔……」

「どうしたの?」


 私はジュンが怪訝そうな顔をしたので、覗き込む様に彼の肩に身を寄せた。

 ジュンは私の推しメンの顔に、見覚えがある様子だった。


「YORITOって名前、もしかして……――あ!」

「なになに、なーに?」

「俺の同級生かもしれない」

「え!? 本当っ!? 嘘でしょ!」

「いや、ヨリトって名前の子、俺の友達でいたし」


 ジュンの思いがけない一言に、私はジュンから離れてあっと驚く。私はこのとき、私よりよー君に近しい存在がいることに、胸が高鳴っていた。このときめきをどうしたらいいのかわからず、ジュンに待ってと言うしかなかった。


「ま、ま、待って。本当だったら、いや何でもない」

「何だよ。じゃあ直接本人にYORITOかどうか連絡して確かめようか?」

「ちょ、ちょっと待って。それもあたしの前ではやらないで」

「わ、わかった……てか、落ち着けよ」


 とりあえず横に座ってと言われ、私はジュンの隣にちょこんと座った。私のよー君への熱量が一旦落ち着くまで、ジュンが無言でパンフレットを眺めていた。けれども私は彼の無言に耐えきれなかったので、何か喋ってと伝えた。ジュンは私の落ち着かない様子に、顔がほころんでこう言った。


「へぇー。男女が入れ替わる物語ねぇー。面白そうじゃん」

「よー君が、二役演じる姿が格好いいんだけど、演じ方とか台詞の言い回しとか、物凄く良かったの」

「よー君?」

「YORITOの愛称。主演舞台はこれが初めてらしいんだけど、あたし彼の舞台に感動したし、よー君推しになるって決めた!」

「お、おう」

「あっ……あのね。ジュン君に一つ言っておきたいんだけど……」

「ん? 何?」


 私はパンフレットを静かにぱたんと閉じると、ジュンにこう告げた。


「推しは推しでしかない。推しと好きな人は違うから……」


 続けて、こう言った。


「あたしはよー君の何倍もジュン君のことが大好きだからね! これからも一緒に……いよ?」

「うん、もちろん」


 私はそう言うと、軽く手で自分の顔をあおいでいた。ジュンの素っ気ない返事が、逆に嬉しくなる。私は彼にそれ以上の言葉は望まなかった。


「推しは推しでしかない気持ちわかるよ。俺もYORITO応援しようかな」

「本当!? 一緒によー君応援しよ!」


 推しは尊い存在だ。けど、推しと好きな人は違う。私はルイカから大切なことを教えてもらった気がする。ジュンも、私がよー君推しであることを受け入れてくれた。むしろ彼が、よー君のことを同級生であると話してくれたことで、私とよー君の距離は永遠に縮まらないと感じている。

 よー君――YORITOの正体がジュンの同級生だったと知っても、私はそのことを、他の誰かに話さないでおこうと思った。勿論ルイカにも黙っておこうと思った。




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