第5話 コンサ・サツカア
私、コンサ・サツカアは学園の貴族専用の訓練スペースで素振りをしている。
訓練用の刃を潰した剣だ。
『まあ、これ見よがしにやってますわね』
『信用回復に必死なのですわよ、無様ですわ』
『ほんと、我々貴族の面汚しですわ』
少し離れたところで、貴族の令嬢たちが私への悪口を言っている。聞こえるように言っているのは逆に誉めてやろう。
サツカア家は六年前の第二王子誘拐未遂事件の黒幕扱いを受け、市民や貴族たちの信用を失った。
元々公爵家でありながら私しか生まれなかったこと、他の三家が優秀な子が生まれていたことからいろいろ言われてはいたが、そこに来て止めをさされる形となった。
周りの戯言を無視し、魔力を全身に順番に流していく。繊細な技術を要求され、素振りと並行して行いながら精神と体力の両方を高めていく。
素振りは良い……無心になれる。
「――コンサさん、少し良いすか?」
「……シュートか、どうかしたか?」
私は素振りを止め、声の方を見る。
少しはねた癖毛短髪、金髪赤目の一つ下の男の子。身長は低めだが、筋肉質でごつい体つきだ。
シュート・スクリュー。スクリュー家の三男で、学園史上最高の魔力量を持つ。
彼とは何度か実習でペアを組み、良き友人として付き合っている。
「良いんすか? あんなこと言われっぱなしで」
「いいんだ……あんな親の脛を齧って贅沢三昧で、脂肪をだらんだらんに付けてコルセットで誤魔化しているような奴らの戯言など知らん」
「言うね~」
「私は努力している、見ろこの身体を。化粧を学び、髪の手入れを欠かさず、スキンケアに力を入れ、バストアップマッサージを毎日し、体を鍛え、勉強を欠かさない完璧なボディーを」
長い金髪を後ろで括り、胸は大きく腰は細くお尻は美しい。身長も大きく、学力剣術魔力共に優れた女、それが私だ。
すべてはあの人に釣り合うために。
「シュートの言う通りだコンサ、言われっぱなしで言い訳ねーだろ」
「――ライトか、それに皆もどうした?」
訓練スペースに入ってきたのは第二王子ライト・スチルを含む、学園トップ層の連中だ。しかしその中に見慣れぬ女もいた。
「兄貴! 兄貴も来てたんか」
「シュート……人前では兄さんか名前で呼べと言っているだろ?」
「と言うか。私は無視か? 良い身分になったな」
「あ、姉貴もきてたん、来てましたか」
シュートの二つ上の兄と姉、ナックルとヴィ―スラだ。
スクリュー家特有の金髪赤目の三人は、全員美形で目立つ。
「ライトか、じゃねーよまったく……」
「良いじゃないか、お前が怒ってもしょうがないだろ」
「ふふふ、良いじゃないお兄様。大好きなんだから怒るのよ」
「えー、兄ちゃんコンサさんが好きなのー?」
「うるせえぞ妹ども!」
「うう、私だけ場違いですぅ……」
「大丈夫よ、私も気後れしてるから」
「そうですねぇ、わたくしたちだけ出ていきます?」
ライトの兄妹、第一王子に第一第二王女だ。
セタン、ライト、ファズ、センの王族四兄妹。
全員が白髪で、深き緑の眼をしている。
彼らの後ろには三人の女の子が居た。二人は知っているが、一人は見たことが無い。
伯爵家のご令嬢と宰相の娘の二人は、王子たちの幼馴染だ。
「彼女は? 見たことないが」
「ん、ああリンっていう名だ。聞いたことないか? 特別に途中入学してきた奴の噂とか」
そう言えば今年度からいきなり高等部に入る奴が居ると聞いたような。
学園は六歳になる年に入学でき十歳までを小等部、十四までを中等部、十九までを高等部として過ごす。王都最大の敷地を誇る学園は三つに区分けされ、今私たちが居るのは高等部の区域だ。
私が今年から高等部なので、シュートを含めた数人は中等部なのでここに居るのは少々問題かもしれないな。
滅多な事が無い限り、途中入学はあり得ない。
この淡い薄桃色のショートヘアーの可愛らしい女の子。目が大きく、胸や身長は平均的な子だ。
「ど、どうもリンです! よ、よろしくお願いします!!」
「あ、ああよろしく……そんなに畏まるな」
握手を交わす。少し硬い、何かを頑張っている手だ。少なくともあの陰口くらいしか叩けない者どもよりは好感が持てそうだ。
「それで? 私に何か用か」
「ああ、いい加減認めろよ。俺と婚約しろ! それしか手はねえ」
「……またその話か」
ライトは何度も私に婚約の話を持ち掛けてくる。
私のお家が落ちぶれて来たのは自分のせいだと思っているのだ。
「俺がもっと信頼に足る男なら悪評なんざ吹っ飛ばせるんだが、誰も俺の言うことを信用しやがらねえ。あの誘拐はお前の家は無関係だって言ってんだが……」
「何度も言わせないでほしいのだが? 気にするな」
「気にするだろ普通! むしろなんで平気なんだよお前は!?」
他の者も不思議そうに見てくる。
ふーむ、スクリュー家の奴らは気付きそうなものだが。
「はっきり言って理解できねーんだよ……今の状況は地獄だろ、何をしても認められない、何を言っても信用されない。それでなぜ平気で居られんだ、お前は?」
「――私は知っているからだ」
「何をだ?」
私はスクリュー家の三人を見る。
「剣の才が無くとも振り続けた男を、魔力の才が無くとも学園に入学するために足掻いた男を、誰もが埋められなかった市民との溝を埋め、誰にも為しえなかった市民の信頼を勝ち取った男が居るのをな」
「それって、兄貴の事っすか?」
「そうだ。兄に剣の才を持ってかれ、魔力の才を弟に持っていかれ、すべてに置いて姉に完敗な状況で、泥に塗れ、埃を被り、屈辱に溺れながらも必死に努力した男だ」
「――お、お前はその……シンカが好きなのか?」
ライトは恐る恐る聞く。
「ああ、愛してる」
その瞬間、サツカア家の執事が勢いよく入ってきた。
「お嬢様! 大変です、至急お戻りください!」
「ど、どうした爺? 何かあったのか」
尋常ならざる様子に私以外の者も驚いている。
「し、シンカ様がお屋敷に!」
「――!? い、今すぐ帰る!!」
私は駆け出した。
「あ、あの……シンカ様って、あの噂のですか?」
リンは脅えた小動物の様にセタンに聞いた。
「ああ、噂ってのが何か解らないけどそうだと思うよ」
「どんな噂なんだ? 兄貴っていろいろ言われるし」
「ええ、と……優しくって、真面目で聖者の様なお方だとか」
「嫌味じゃないけどぉ、リンちゃんの田舎町にまで轟くくらいになったんだね~シンカ君の名が」
大してシンカと話したことも無いのにセンは自分の事の様に喜んで言う。
「優しい、ね……そうかな?」
「シュートくん?」
首をかしげるシュートに、リンはどうしたのか尋ねる。
「シンカの兄貴って優しいってよりは、自分の信念と理想を何が何でも貫き通す狂人って感じだけどなぁ。ああ、もちろん尊敬してるぜ? 兄貴や姉貴はどう思う?」
「そうだね、狂ってるかは解らないけど絶対自分を曲げないのは間違いないね。基本的に自分の事しか考えてないのは本当だ。他人の為に思い、頑張るのが優しいって言うのなら、シンカは優しく無いよ? ただシンカの理想や信念が結果的に他者の幸せに繋がるから、結果的に優しい人って評価になるんだと思うね」
「あんた達ねぇ、あの子の文句は許さないぞ、まあ同意見だけど」
兄妹の三人は誰よりもシンカを理解していた。
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