或る銀盤の令嬢達

 

 

 

「トンネルを抜けると、そこは雪国だったのですわ!」

「ふぇ? とんねる?」


 唐突に発せられたルイーゼの言葉に、エミールが首を傾げていた。

 ルイーゼは慎ましやかな胸を張って、腰に手を当てる。


「エミール様、ぼんやりしてないで参りますわよ。ふふ……ふふふ! 前世って素晴らしい。わたくし天才。こんなこともあろうかと、考案しておいてよかったです」

「え、え、えええ? ちょ、ルイーゼ。痛いよぉ……」

「殿下! 痛みとは快楽! 慣れてしまえば、よろしゅうございます!」


 強引に手を引っ張って、ルイーゼはエミールを部屋の外へと引き摺り出す。

 ジャンがわけのわからない絡み方をしているので、ルイーゼは適当に回し蹴りをお見舞いして蹴散らしてやった。


「お嬢さま! 久々の……ああ……! よろしゅう……よろしゅうございますぅぅうう!」

「なにを言っているのかしら。毎日お仕置きしているのに」


 気を取り直して。


「エミール様、外をご覧くださいませ!」


 ルイーゼは、ふふんと鼻を鳴らしながら、窓の外を指差した。

 左右対称に整えられたフランセール王宮の庭が見下ろせる。

 季節の花々が植えられた花壇には白い結晶が咲いていた。いつもは流れる噴水が凍っており、寒々とした色を湛えている。


「う、うん……雪だね。寒そう……寒いね、ルイーゼ。早く部屋に戻って筋トレしよ――」

「いいえ、今日は筋トレ致しません。本日の体育は! そう!」


 ナイスタイミングでジャンがルイーゼに紙を手渡してくれる。

 ルイーゼは堂々とした動作で紙を広げて、エミールの前に突きつけた。

 エミールはサファイアの目をパチクリと見開く。


「なんて書いてあるの? ルイーゼ、時々読めない言葉を書くよね」

「ああ、ついつい日本語で書いてしまいましたわ。習字だと、気合いが入りすぎますわね。これは! ズバリ!」


 ルイーゼは日本語で書いてしまった役立たずの習字をアッサリと丸めて、物欲しそうにしていたジャンの口に突っ込んでやった。


「アイススケートですわ!」




 フランセール王国におけるアイススケートの発祥はロレリア侯爵領であると言われている。

 スケート靴は高価な代物であるが、スケート好きであったセシリア王妃が無料で王都の子供たちに貸し与えたことをきっかけに、冬場の定番遊戯となった。


「危ないですから、エッジで手を切らないようにしてくださいね」


 カッチンコッチンに凍ったセーナ河。

 ようやく靴を履いたエミールに、ルイーゼは手を差し出した。


「う、うぅ……ル、ル、ルルルルイーゼ……す、すべるよ!?」

「はい。つるっつるですから、お気をつけて。あと、意外と氷はザラザラなので、転ぶと擦り剥きます」

「痛そうだよぉ」


 寒さと足元の不安定さで、エミールがガタガタと震えている。勿論、厚手のコートを着て、マフラーと手袋も装備している。余談だが、マフラーと手袋はユーグのお手製だ。

 氷は滑るが、多少転んでも怪我は少ないはず。

 打ち所が悪かった場合は不運な事故死となる可能性もあるが。


「あら。殿下はアイススケートは、初めてなのかしら?」


 既に準備を終えたユーグが余裕の笑みで、周りを滑っていた。

 流石は何でもそつなくこなすオネェ騎士。抜群の安定感で氷の上を滑っている。


「う、うん。はじめて……だから、ちょっと怖い」

「楽しいわよ?」

「ほんと?」


 ユーグに誘われてエミールは白い頬を桃に染めながら、ルイーゼの手を離した。

 エミールの身体がフラフラと揺れながらも、シューッと氷の上を滑る。時々倒れそうになるが、初めてにしては良い滑り出しだ。運動音痴設定の割には、上出来だろう。


「あ、見てください。見てくださいっ! 陛下、エミール殿下が滑っていますよっ!」

「お、おお……! エミール……怪我などしなければいいが」

「大丈夫です。エミール殿下は、陛下より少しだけお上手です!」

「それは喜んでいいのかわからんな……」


 どこからか、聞き覚えのあるヒソヒソ話が聞こえてきた。

 が、辺りを見回してもそれらしい姿が見えない。不自然に大きな壺が凍った河の真ん中に置かれている程度だ。


 ルイーゼは無視して、エミールの後ろを滑った。

 現世でも少しはスケートを嗜んでいた。シャリエ公爵家では「氷の麗しき妖精ルイーゼちゃん」の名で親しまれている。

 スーパーアホの鈍感脳筋前世の頃は、無駄にカゾーランと競ってスケート大会で本気を出し過ぎてしまったこともあったが、今はあのようなはしたない真似はしない。というか、500mを30秒なんてオリンピック記録涙目の結果など、今やっても出るわけがない。

 今は令嬢らしく、大人しいものである。


「見つけたわよ、ルイーゼ・ジャンヌ・ド・シャリエ!」


 ビシィッッッという効果音が似合いそうな勢いで指差され、ルイーゼは何気なく後ろを振り返る。

 途端、剛速球の雪玉が投げつけられた。


「甘い!」


 ルイーゼは携帯していた木刀で雪玉を真っ二つに斬った。


「よろしゅうございますッッ!」


 ジャンが仰け反りながら氷上に倒れる。流れ弾が当たったらしい。


「誰ですの。わたくしに雪玉を投げつける命知らずな方は!」


 獲物を狙う猛禽類の笑みで、ルイーゼは素早く対象を確認した。


「この私、ヴァネッサ・ド・アントワープですわ!」


 ルイーゼの声に応じて、名乗りを上げる令嬢。

 ふわふわのチョコレート色の髪を一つに纏め、深紅のコートを羽織っている。そばかすの散った顔を紅潮させ、ヴァネッサは好戦的な表情でルイーゼを見ていた。


「ですよね」


 だと思いましたわ。わかっておりましたとも。そう言いたげに、ルイーゼはわざと肩を竦めてやった。


「なんですか、その態度! せっかく名乗りましたのに!」

「おほほほほ。勿体ぶったところで、わかりきったことでしてよ」


 最初の決闘以来、ヴァネッサとは和解している。

 しかし、彼女がルイーゼを気に入らないと思う気持ちに変わりはないらしく、時々、こうして奇襲を仕掛けてくるのだ。


「殿下がアイススケートにお出掛けしたと聞いて、私の出番だと思いましたの。なんと言っても、この私ヴァネッサ・ド・アントワープは氷上の天使! 殿下という婚約者がありながら、ユーグ様と一緒に滑るなんて許せません!」

「ストレートに私怨ですわね」


 理屈はわからないが、どうやら、ヴァネッサはいつものように喧嘩を売っているようだ。

 エミールの手を引いて滑りながら、ユーグが呆れた顔をしている。


「いざ、勝負です! ルイーゼ・ジャンヌ・ド・シャリエ!」

「……よろしい。ならば、決闘ですわ! 売られた喧嘩は買って倍返しする主義です!」


 ルイーゼの声に応じて、ヴァネッサが深紅のコートを脱ぎ捨てた。

 情熱の薔薇を思わせる紅いフリルの衣装。全身にリボンを巻きつけたような斬新なデザインと、令嬢らしからぬ極端に短いスカートが現れた。


「あれは……」


 ルイーゼが目を凝らしているうちに、ヴァネッサは優雅に氷へと降り立った。


「私に魅せられるがいいわ!」


 ポーズから流れるように氷の上を滑る。動線にブレがなく、美しい曲線を氷上に描いた。

 高速スピンから、ポジションをずらさずに非常に柔らかい片足を両手で持ち上げる。


「うわあ! ヴァネッサすごい……! ねえ、目が回ったりしないの?」


 エミールがユーグの腕にしがみつきながら、笑っている。


「ビールマンですって……やりますわね!」


 ヴァネッサの美しいスピンを見せつけられて、ルイーゼもニマリと笑った。

 正直、ヴァネッサの売ってくる喧嘩は料理対決以外、あまり張り合いがなかった。常に嘲笑いながら完勝していたものだが……。


「今回は、燃えますわね!」


 ルイーゼは勢いよく氷を蹴って、氷上を滑る。

 現世では、スケートは嗜む程度。お遊びしかしていない。

 しかし、スーパーアホで脳筋な前世の頃、密かに練習していた技がある。完全に趣味の域だったが、こんなところで役に立つとは。


「イッツ! ルイーゼスタァァァアイルッ!!」


 左足の爪先のエッジで氷を蹴り、高く飛び上がる。


「わ、わ、わああ! ルイーゼ、すごい! 目回らないの?」

「姐さんったら、四回転なんて本気出しすぎよ」


 エミールが手袋をつけた手をパンパン叩いて拍手しているので、ルイーゼは気を良くして、もう一度踏み切ってやった。


「ねえ、本当にルイーゼ目回らないのかな?」

「三回転三回転のコンビネーションだし、私だったらクラクラしちゃう。あ、勿論、殿下にはいつもクラクラしているわよ。食べちゃいたい」


 称賛の声を浴びながら、ルイーゼは優雅なエッジ遣いで氷上を滑る。まあ、現世ではこの程度が限界だろう。

 優越感に浸っていると、案の定、ヴァネッサがキーッと歯ぎしりしている。今回は良い線をいっていたが、残念だ。


「まだまだです!」


 ヴァネッサの瞳にあったのは諦めではない。

 燃え盛る闘志であった。


「調子に乗らないでくださるかしら!」


 ヴァネッサはその場で再び高速スピンをはじめる。


「は、速い! ねえ、ユーグ。ヴァネッサすごく速いよ! ……目回らないの?」

「たぶん、私たちとは別の世界が見えているのよ」


 ヴァネッサのスピンは速度を増していく。

 深紅の衣装のせいか、まるで炎。炎を纏って滑っているように見え、無駄に気迫が伝わってきた。


「覚悟なさい! ルイーゼ!」


 ヴァネッサの足元の氷が砕けて、礫となって飛散する。

 無数の礫がルイーゼに向かって飛んできた。いくらルイーゼでも、全てを避けることは難しい。


「ハッ! 笑止ですわ!」


 ルイーゼは両手に二本の鞭を構える。

 こんなこともあろうかと、最近は二本携帯しているのだ。


「これが世界のルイーゼスタイルですわぁぁぁああ! このような芸当が出来るのは、わたくしだけェッッ!」


 両手をクロスして、その場でスピン。美しさよりも力強さを強調した高速スピンだ。

 鞭で全ての礫を弾き飛ばす。


「よろしゅうぅぅううございまぁぁぁああす! これが世界のお嬢さまぁぁあああ! どこまでも、ついて参りまぁぁぁああす!」

「おーほっほっほっほっほっ!」


 ドサクサに紛れて、ジャンが高速鞭打ちを受けていた。まあ、気持ちが良いので構わず鞭打ちする。


「ぐ……! やりますわね!」

「あなたこそ! 今日は骨がありますわ、ヴァネッサ」


 ルイーゼに浮かぶは勝者の笑み。

 だが、まだヴァネッサは敗者ではない。この場に敗者が立っていることは有り得ない。何故なら、ここは氷上ではない。戦場なのだから。

 ぐつぐつと沸く闘魂。

 こんな感覚は久しぶりだ。


「ふふ……ふ、ふふ……あーはっはっはっはっはっはっ! 愉快! 愉快! 愉快! 愉快ですわ! さあ、かかってきなさいな! わたくしが撃ち砕いて差し上げますわ! 木端微塵に! 跡形もなく! 完膚なきまでに! 全力で! 潰します!」


 ルイーゼは鞭を持った両手を広げて魔王が如く哄笑した。漫画の一コマであったなら、背後にゴゴゴゴゴゴゴゴゴと化身のようなものが浮かび上がっていることだろう。

 あまりの禍々しさにヴァネッサが辟易する。

 しかし、彼女は怯まずに演技開始のポーズを取った。


「よろしくてよ。今度こそ、ここで仕留めてみせます!」


 まるで魔王に向かう勇者の如く澄み切った眼に燃える闘志。チョコレート色の髪を振り払い、まっすぐにルイーゼを指差した。


「覚悟ぉぉぉおおおおおおおお!」

「いきますわぁぁぁあああああ!」


 ルイーゼは氷の上を滑り、勢いよくエッジを使って飛び跳ねる。ヴァネッサも応えるように叫びながら向かっていった。

 ルイーゼはジャンプの回転を氷上でも維持して超高速スピン。氷をドリルのように削って、壁のように積み上げた。人間かき氷機さながら。


「ええい! 小賢しい!」


 ヴァネッサは衣装の懐から長いリボンを取り出した。新体操のようなリボンをルイーゼの身体に巻きつける。


「ああああああ! 逆回転!?」


 ヴァネッサが巻きつけたリボンを引くと、今度はルイーゼの身体がコマのように逆回転をはじめた。

 くるくるくるくるくるくるくる。


「ねえ、ルイーゼたち見てたら、僕も目が回ってきちゃったよ……」

「あら、それは大変ね。私が殿下の看病をしてあげる。いろいろ教えてあげるわね」

「え? なにを教えてくれるの?」

「それは、お・た・の・し・み・よ」


 が、瞬間。

 メキッ。


「え?」

「あ?」


 大きな音と共に、足元の氷に亀裂が入った。

 どうやら、氷を過剰に削るルイーゼたちの戦いが原因で、割れてしまったようだ。


「殿下、逃げるわよ!」


 すかさず、ユーグがエミールを抱えてその場を後にした。


「ひひぃん!? 陛下っ、持ち上げますね!」


 謎の大きな壺から、いつの間にかミーディアが這い出てきて、ヒョイと壺を持ち上げて走り去っていく。


 このままでは、氷の河に投げ出されてしまう。

 ルイーゼも急いで岸へ上がろうと、氷の上から上へと飛んで移動する。足場が安定せず、一歩動くたびに亀裂が大きくなっていった。


「きゃあ!」


 ヴァネッサもルイーゼと同じように岸を目指した。

 しかし、着地した氷が大きく割れ、バランスを崩してしまう。


「あ、あ、あああ!」


 平衡感覚が崩れてしまい、ヴァネッサは氷の間から染み出る水の中へと落ちていってしまう。

 冷たい水が深紅の衣装を濡らし、侵食していく。それでも、氷の表面にしがみついており、河へ落ちるには至っていない。

 岸に上がったルイーゼは、なにか投げる物がないか辺りを見回す。


「ヴァネッサ!」


 けれども、ルイーゼの横を通り抜けて、颯爽と飛び出す影があった。

 氷に入った亀裂を避けるように、ユーグがヴァネッサの方へと滑っていく。今は河の中央に大穴が空いている程度だが、氷はどの程度割れるかわからない。あまりにも危険すぎる。


「面倒な子ね。私が着くのに合わせて、飛びなさい!」


 素早く滑りながら、ユーグが叫ぶ。


「ユ、ユーグ様……でも、飛ぶって……」

「いいから!」


 ヴァネッサは寒さで震えながら、まっすぐにユーグを見ている。

 ユーグが氷の穴に近づいた。

 ヴァネッサは不安定な足場によろめいたが、立ち上がる。


「いくわよ!」


 ユーグが手を伸ばす。

 けれども、その足場の氷に大きな音を立てて亀裂が入った。


「はいっ!」


 ヴァネッサは構わず目を閉じて、ユーグに言われるまま宙に飛びあがった。

 割れる氷を蹴って、ユーグがヴァネッサを受け止める。


「よろしゅうっ! ございまぁぁぁああすっ!」


 奇声と共に岸から長いロープが投げつけられた。いつもルイーゼが愛用している緊縛用の長いロープだ。屋根からジャンを吊るしておくのに最適。

 真っ赤なロープは絶妙な軌道を描いて、氷の上に着地するユーグの手元へ。

 ユーグがロープを受け取った瞬間に足元の氷が割れてしまう。


「ぱぉぉぉおおおん!」


 赤いロープを勢いよく引っ張るのは、ゾウのハナコだ。

 そう言えば、ここまで乗ってきていたのに、存在をすっかり忘れていた。


「いっけぇぇええ! ハナコぉぉおおお!」


 ルイーゼが感心している間に、エミールの指示でハナコがグングンとロープを引っ張る。少し氷水に濡れてしまったが、結果的に、ユーグもヴァネッサも難なく岸に辿りつくことが出来た。


「もうっ、ほどほどにしなさいよね。いつも言ってるけど、姐さんと決闘なんて毎度無謀なのよ」


 岸に着くなり、ユーグは抱えたヴァネッサを睨みつけた。


「う……も、申し訳ありません……ユーグ様……」


 ユーグの腕の中で、ヴァネッサはシュンと項垂れてしまう。

 けれども、なんとなくわかる。ユーグは本気で怒っていない。内心では安心の方が強いのではないだろうか。

 表情から読み取って、ルイーゼは扇子を広げて口元を隠した。


「で、でも……今回ばかりは、言わせて頂きます。ユーグ様!」


 ユーグからの嫌味にヴァネッサが反論することは珍しい。

 ヴァネッサはユーグを見上げて、気丈に口を開いた。


「ユーグ様だって、あんな危険な真似はしないでくださいませ! 私、泳ぎも嗜んでおりますので、大丈夫です! とても寒いですが……ユーグ様を危ない目に遭わせるくらいなら、このような寒さ! むしろ、愛の力で溶かします!」

「馬鹿なこと言うんじゃないわよ、雌豚ちゃん……殿下が助けて来てって言ったのよ! それだけよ!」


 ユーグはフンッと顔を逸らせながら、困ったようにエミールを見た。エミールは首を傾げたが、無垢な笑顔で両手を振る。


「ぼ、僕は……ロープを投げれば、ハナコが頑張ってくれるんだけどなぁ、って言ってみただけで……その……ユーグが一番かっこよかったよ! すぐにヴァネッサのところまで滑ってくれたもの!」

「……殿下にフォローを期待した私が馬鹿だったのね」


 ユーグは眉間にしわを寄せて、大袈裟に溜息をついた。


「あ、あの……ユーグ様?」

「うるっさいわよ、雌豚ちゃん! 黙りなさい!」

「まだなにも言っていませんけど……」


 なんだかんだと言い合っている二人を尻目に、ルイーゼはエミールの方を振り返る。


「では、エミール様。ヴァネッサはユーグ様が送って行ってくれると思うので、帰りましょうか。ハナコに乗せてください」

「え、うん……そうだね。僕、もうちょっと滑りたかったけど……」

「それに関しては謝ります。また来年に致しましょう」


 自分が氷を割ってしまったので、これに関しては大きな顔が出来ない。だが、エミールはそんなことなど気にせず、「うん! 楽しみ!」と大きく頷いた。


「ルイーゼ、あのクルクル回るジャンプ、今度は教えてね!」

「え? まあ、良いですが……その前に、エミール様はまっすぐ滑れるようになってくださいね」

「うん。ルイーゼに教えてもらいたいことが増えて、僕は嬉しいよ。もっといろんなこと、一緒にしたい」


 無邪気に笑う顔が眩しく感じられた。

 本当に心の底から嬉しいのだと感じることが出来て、ルイーゼも思わず笑う。


「あとね、ルイーゼ」


 子供のような笑みのまま、エミールがルイーゼの顔を覗き込んだ。


「やっぱり、戦ってるときのルイーゼは怖いけど……とってもかっこいいよ! ユーグが一番かっこいいってさっきは言っちゃったけど……ルイーゼは特別にかっこいいんだよ」


 両手で包むように手を握り締められる。手袋越しに温かさが伝わって、ルイーゼはもどかしいような、恥ずかしいような。


「当然です……わたくしは、あなたの教育係で……その……婚約者ですから」

「うん。大好き」


 言われた瞬間に、ルイーゼは顔から火が噴くような気がした。

 ジャンから受け取ったマフラーで顔をグルグル巻きにして、ハナコの牙を撫でる。すると、ハナコが鼻を使ってヒョイと背中に乗せてくれた。

 すぐにエミールもハナコの上へ。


 ゆっさゆっさと揺れるゾウの背中で、顔が見えないように過ごすのは難儀であった。

 

 

 

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