第150話
息を殺して、ひっそりと潜む。
ギルバートは地味な外套を深く被り、物陰に身を隠した。
「やっぱり」
夜になってセザールが身支度をはじめたのに気づいて、おかしいと思っていた。
普通の貴族が夜間に外出していても、夜会にでも行くのだと納得出来る。しかし、セザールは目立ちたがり屋だが、人嫌いで夜会のような場所には、あまり行かない。
不審に思って尾行すると、案の定、これだ。
ルイーゼと二人でどこかへ出掛ける新しい養父を見て、ギルバートは頭を抱えた。
「どうするさなぁ」
セザールとルイーゼを信用して見過ごすか。
……いやいや、信用出来ないだろ!?
あの二人は安定しているように見えて、やっていることは滅茶苦茶だ。強いて言えば、安定して滅茶苦茶である。
結果的に成功することが多いだけで、支離滅裂で意味不明なことばかりしている。
それに、セザールは最近、不運続きだ。
令嬢二人の摂食型兵器を受け止め、病み上がりの状態でカゾーラン伯爵と戦闘したダメージは、早々に癒えるものではないはずだ。昨日だって、ドレスを新調しようと王都の衣装屋を梯子したのに、良いものに出会えず疲れたと言っていた……最後のは自業自得か。
決して心配しているわけではない。
心配などしていないが――。
「…………」
頭を掻いて、一息つく。
別に、あのデタラメ養父のことを心配しているわけではない。断じて違う。
「……一応、
たぶん、ルイーゼが勝手に事を起こすと怒りそうな奴がいる。ギルバートが直接殴り込むよりも効果があるだろう。
これは断じて告げ口ではない。違う。
なんとなく、心の中で言い訳をしつつ、ギルバートはその場を後にして、王宮へと向かっていった。
† † † † † † †
「どうかしましたか、セザール様?」
周囲を気にする様子のセザールに、ルイーゼは首を傾げた。
「いや……なんでもない」
問いに対してセザールは首を横に振って、葉巻の煙を吐き出した。
その態度に若干の違和感を覚えつつも、ルイーゼは気を取り直す。
共鳴したエドワードの記憶が断片的に見せた場所。
今は破棄されたフランセール王家の
使用しない宮殿の手入れに金をかける習慣はない。そのうち潰して公園にするか、新しい建物を建てようと計画されている。
確かに、隠れ家としては最適である。
今もここにいる保証はないが、しらみつぶしに探す価値はあるだろう。
探す価値はある。
うん、早く中に入らなければ。
「どうした。中に入らないのか?」
「わ、わかっていますわ……!」
一向に宮殿の敷地内へ入ろうとしないルイーゼに、セザールが問う。
「入ります。入りますとも!」
ルイーゼは、やや雑に言う。
しかし、足は前に進まなかった。
セザールは息をつく。
「ああ、そうか……セシル様も幽霊が苦手だったな」
「な……!」
セザールに指摘された途端、ルイーゼは顔を真っ赤に染める。
「それは……誰にも言わない約束ですわ!」
「言ったことはない。今、思い出しただけだ」
「う、うう……!」
この旧王宮は王都でも有名な心霊スポットである。
いわゆる「オバケ屋敷」だ。
それを思い出した途端に、ルイーゼは足取りが重くなってしまったという単純な話である。
「べ、別に怖くなど……ちょっとだけ、昼間に来た方が良かったと思っただけですわ。ええ、そうです。明るい方が良かったと思っただけです。断じて、怖いなどと……」
「ならば、置いて行っても良いのだな?」
「え、え、え? セザール様、ま、待ってくださいませ!」
ルイーゼはスタスタと歩くセザールの背に、ピッタリと引っ付く。すると、見兼ねたセザールがルイーゼの身体をヒョイと持ち上げた。
女装のオッサンにされるがまま、ルイーゼはお姫様抱っこを受け入れて丸くなる。
「別に、怖いわけではなくてよ」
「わかった」
セザールは言いながら、薄っすら笑う。
なにがおかしいのか甚だわからないまま、ルイーゼは両手で鞭を握っていた。やっぱり、鞭を持っていると落ち着く。
「――当たりのようだな」
旧王宮の敷地内。目立たないように作られた使用人出入口を見て、セザールが呟いた。
扉の鍵が空いている。
破棄された宮殿や屋敷は浮浪者が住みつくのを防止して、厳重に施錠してあるものだ。壁や装飾品の一部を剥がして売る盗人もいる。
そういえば、ここを管理していたのは死んだ王弟フランクだ。
当初はアルヴィオスの者に殺害されたとアンリは踏んでいたが……エドワードはアルヴィオス国王こと
「行きますわよ」
ルイーゼは息を呑んだ。
両手で鞭を握ったまま、セザールの腕から飛び降りる。
ここにいるのは、幽霊ではない。いや、幽霊もいるかもしれないが。
この先で待ち受けているかもしれないエドワードの存在を感じ取り、ルイーゼは確かに歩く。幽霊が出たら、そのときはそのときだ。セザールに任せよう。
これは前世から続いているルイーゼの戦いだ。
同じように日本から転生してきた人間。されど、ルイーゼとは全く違った道を歩いている人間。
ルイーゼは、もう「セシリア」ではない。しかし、これは逃れられない宿命のようなものだ。
――ルイーゼは、僕が守るんだから!
やっぱり、エミールを巻き込むわけにはいかない。
エミールはフランセールの王位継承者だ。いずれ、この国の王にならなければならない。ルイーゼのような令嬢は身分が高いだけで、いくらでも替えがいる。エミールはそうではない。
前世の自分が命を懸けて守ったのだ。無駄になど出来ない。
受け身では、エミールを巻き込む危険がある。
「わたくしを守るなんて、おこがましいのですわ」
エミールを守るのはルイーゼだ。
そう、これはエミールを守るための戦い。
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