第144話
「つまりは、そういうわけです」
アンリたちに話したのと同じような内容を早口で説明して、ルイーゼは一息ついた。二度目の説明なので、だいぶ慣れた感がある。
話を聞いていたセザールは思ったより反応が薄く、「そうか」と短く答えるだけだった。カゾーランにボコられたせいか、所々包帯が巻いてあるのが痛々しい。因みに、大いに誤解していたカゾーランから死ぬほど謝られて、うんざりしているのも、不機嫌の要因のようだ。
エミールはと言うと、複雑そうな表情を浮かべていた。
「僕、覚えてないよ……」
「そうでしょうね」
幼いエミールの記憶はセシリア王妃が消してしまった。覚えているはずがない。
「やろうと思えば、ご自分で思い出すことも出来るのではありませんか?」
エミールは宝珠を使わせたら、チート級の才能を発揮することが判明している。触れていなくても宝珠の力が使えるなど、チートだ。羨ましい限りではないか。
今考えればその片鱗はアルヴィオスでも見えていたと思う。
一度だけだが、恐らく、宝珠に触れない状態で力を駆使していた。
あのときは気にも留めなかったが、あれは彼にしか出来ない芸当だったのだろう。
「い、いいよ……思い出さなくて、大丈夫」
ルイーゼが手を差し出したが、エミールは首を横に振って拒んだ。
「申し訳ありません、配慮に欠けておりましたわ」
自分の母親が死ぬ直前の記憶など、思い出さない方が良いだろう。そのために消したのだ。
ルイーゼは行き場を失くした手を引っ込めた。
「ということで……取り逃がしたエドワードが、なにをするかわかりません」
コホンと咳払いして、話題を変える。
セザールは腕を組んで目を伏せていたが、ルイーゼの言葉に反応した。
「何故、今更になって戻ってきた?」
「エドワードはアルヴィオスに身を寄せていたようです。たぶん、下衆野郎ことアルヴィオス国王の庇護を受けるためでしょう。その庇護を受ける必要がなくなった……考えられる理由は、いくつかあります」
一つは、彼の身体が不完全であったため。セシリア王妃とクロードの抵抗に遭ってしまい、制約の多い身となってしまったのだろう。目論見通りである。
そして、二つ目は人魚の宝珠の片割れを持ち逃げして転生したセシリアたちがどこに転生したのか、わからなかったからだろう。少なくとも身体の修復を終えて、自由に動けるようになるまでは、どこかに身を隠し続ける必要があった。
「では、急に前アルヴィオス国王を裏切って、国を出た目的はなんだ?」
セザールが眉間にしわを寄せている。
問いかけのようになっているが、彼は既に答えを見つけているように思われた。
ルイーゼは、一瞬、エミールを見る。が、すぐに視線をセザールに戻した。
「わたくしを見つけたからでしょう」
はっきりと言葉にする。
「わたくしの持っている人魚の宝珠を取り戻そうとしているのだと思います」
そう言うと、エミールがぶるりと震えながらルイーゼを見た。
「ルイーゼ、狙われてるの?」
「そういうことになりますわね。おまけに、運の悪いことにわたくしは宝珠を自分で使えません。たぶん、転生者の血筋にないからですわ……どうせなら、その辺りも考えて転生すれば良かったのに。丸投げされて不愉快です」
包み隠さず言うと、エミールは泣きそうになりながら拳でブラウスの袖を握っている。怖いのだろうか。
セザールがルイーゼの前に歩み出た。彼は片膝をつき、忠誠を誓う騎士のように頭を垂れる。因みに、今日は女装だ。
「心配せずとも、我が守っ――」
「僕が守るよ!」
セザールの言葉を掻き消す音量でエミールが叫んだ。
エミールは立ち上がると、グイッと前に出てルイーゼの手を握った。
「ルイーゼは、僕が守るんだから!」
「エ、エミール様?」
潤んだサファイアの瞳に、ぐっと力が入る。
弱々しい。それなのに、有無を言わせない空気を感じ取り、ルイーゼは閉口した。
「あの……」
「ルイーゼがいなくなるなんて、嫌!」
ストレートに告げられて、なにも言えなくなってしまう。
エミールの能力はチートだ。しかし、本人は軟弱。タマが戦力になるが、どこまで通じるかもわからない。いつものエミールなら、きっと泣いて怖がる場面だろう。
それなのに、エミールは泣かない。泣きそうになりながら、必死でルイーゼの手を握っていた。ブルブル震えながら。
「頼もしいな」
二人の様子を見ていたセザールがフッと笑った。
戦闘スキルで言えば、セザールの方が数百倍頼りになるはずなのに。あれ? このオッサン、いつもは厚顔無恥天上天下唯我独尊のくせに、なんだか、とても良い人ぶっていませんか? ここは、流石はセザール様。さすセザ! ですか? さすセザ! のターンですか?
「美しさでは、我の方が勝っているがな」
「そこで、美しさの要素を絡める辺りが、とても、さすセザですわね。惚れ惚れするくらいの、さすセザで、安心しました。ブレませんわね。さすセザ!」
「なんの話をしているのか、さっぱりわからんぞ」
「さすセザ! さすセザ!」
面白おかしく連呼してやる。
セザールは褒め言葉だと受け取ったのか、「それは、我を讃える呪文だな」と勝手に解釈してしまった。概ね間違ってはいない。概ね。
「ルイーゼは、いろんな呪文知っているね。そ、それ、強くなれる呪文?」
「ある意味では、まあ。メンタルが強くなります。主に常識方面に」
「めんたる? そ、そっか。うん……ふじさんの呪文も、役に立ってるし……僕、がんばるね!」
エミールは意気込みながら、「さすセザさすセザさすセザ!」と唱えはじめる。なにを勘違いしたのか、セザールの表情が明るくなり、態度が大きくなっていく気がした。
「ルイーゼは、僕が守る。ふじさん! さすセザ!」
せっかく意気込んでいるので、水を差す真似はしなくていいだろう。
「では、その勢いで……エミール様、お勉強しましょうか。乗馬の練習が、まだ終わっておりませんでしたね」
「え、え……う、馬!?」
「はい、馬ですわ」
ニッコリ笑ってエミールの手を取った。
先ほどまで、勇気を振り絞ってルイーゼの手を握っていたはずなのに、エミールはガクガクブルブルと震えて立ち上がれなくなってしまっていた。ライオンには乗れるのに、馬がダメなんて奇妙な王子だ。
「我も手伝ってやろう」
セザールが微笑みながら、エミールをヒョイと抱えた。お姫様抱っこである。
「ふ、ふぇ!? 僕、無理だよぉ!?」
「大丈夫ですわ。ほら、ポチも応援しておりますわよ」
「安心しろ。我も昔は、よく落馬して骨を折っていたものだ」
「お、折れちゃうの!? や、やだよ、痛そう……」
「殿下、痛みは慣れると、快感に変わりますよ! よろしゅうございます、になりますよ!」
いつの間にかジャンが割って入っていた。なんだかちょっと目障りだったので、ルイーゼは軽く蹴とばしておくのだった。
「よろしゅうございますッッ!」
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