第143話
何度死んでも生まれ変わる。
何度も何度も人生をやり直し――逆を返せば、何度も死の体験を繰り返してきた。
死の瞬間の苦しみから解放されたと思えば、次に訪れるのは虚無。
二度と這いあがれないのではないかと錯覚する深い闇に消えそうになる。
生前だけではなく、死後の記憶まで引き継ぎ、恐怖が刻まれるのだ。
慣れるものではない。
「自分が死ぬくらいなら、殺される前に死を与えてやるよ」
エドワードが物心ついたときには、数多くの記憶があった。
それは自分の記憶ではない。前世の記憶。
いじめっ子であった自分。キャバ嬢であった自分。詐欺師であった自分。極道の女、商人……それぞれの自分に人生があり、そのたびに死んだ。
記憶は引き継がれ、そして、恐らく魂の性根も変わっていないだろう。前世は尽く悪党であったが、エドワードもまた、悪党であることに抵抗はない。
生まれは海賊船の上だ。
どこかの街で攫った戦利品の女が母親らしい。そういう女の扱いなど知れたもので、父親が誰なのかすらハッキリしなかった。エドワードを産んだ後、母親は感染症で死んだらしい。
物心つく頃には仕事を覚えていた。盗みも殺しも、幼い時分から躊躇なく。
殺人やら、窃盗やらが法律と警察によって抑制されていた日本とは違う。
ここは異世界。しかも、今回は海賊。無法地帯であり、エドワードにとっては心底自由な世界であった。
「欲しいものは、なんでも奪ってやる」
世話になった海賊の船長を殺した。反発する者も問答無用で殺した。
気に入らなければ力で捻じ伏せる。それが許され、当り前の世界であった。
だから、一番欲しいものも力で奪い取る。
「お前に欲しいものなんて、あるのか?」
あるとき、リチャードに問われ、エドワードは迷いなく答えてやった。
「死なないことだ」
記憶を引き継ぎ、思想を引き継ぎ……たぶん、本質的には同じ人間が繰り返し人生をやり直している。
けれども、違う。
例え、同じ魂を持っていたとしても、生まれ変わった時点で別の人間だ。一度死に、また生まれ変わる。その繰り返し。
「死んでも、やり直せるんなら俺は充分だと思うけどな」
「何度も死ぬっていうのは、そんなに良いものでもないぞ?」
「へぇー。よくわからねぇが」
「俺もそう思っていた時期がありました、三回目くらいまではな」
何度も転生すると、一回一回の人生が違うと自覚していた。
六度目になった今では、出来るだけ死なないことを考えている。転生するとは言え、今の自分が失われることが恐怖に感じたのだ。
異世界転生するときに、自称神はなんのチートも与えてくれなかった。
だが、ヒントだけは与えられている。
商人だった前世の自分はチートに関する情報を集めた。残念ながら、それらしい情報を手に入れた途端に刺し殺されてしまったが、役には立った。
大海賊となったエドワードは満を持して動いたというわけだ。
ロレリアにいるという不思議な女について調べた。
その過程でサラッコ家が持っていた
人を従わせる能力。便利かもしれない。
でも、力づくで全てを奪ってきたエドワードには、関係のない代物である。
生きてやる。もう死んでなどやるものか。
そうして、ロレリアを襲撃して
あとは撒いた種が上手く芽吹くのを待つだけである。
そのはずだった。
「くそが……! よくも……よくも……!」
エドワードは王都の路地に佇み、呪詛の言葉を吐いた。
左腕に刻まれた傷。陶器のような亀裂が走り、そこから血が滲んでいた。人間の皮膚の壊れ方ではない。まるで、物が壊れているかのような有様だ。
令嬢につけられた傷を手で押さえて、顔を歪める。左眼は未だに蒼く波打つように光っており、力が抑えきれない。
「劣化版のくせに!」
全ては順調であった。
十五年前、エドワードはようやく待ち望んだ機会に恵まれていた。
宝珠と融合した魂は永い眠りについた状態であった。そして、宝珠に近づいた国王を介して眠りから覚めることが出来た。
そのとき、出来すぎた運命のように、自分が仕込んだ新しい器もそこにいた。
適当にアンリの精神を破壊して王家を乗っ取り、そのあとで自分は
それが王妃に気づかれ、邪魔をされた。
厄介なことに、王子は宝珠を扱う能力に優れた破格のチート持ち。ただの器であったはずのクロードまで、前世のカラクリに気づいてしまった。
その結果が、現状だ。
「覚えていろよ」
エドワードは身体を手に入れた。
けれども、宝珠が半分しかない状態では完全体にはなれない。
人の魂を奪って取り込まなければ、命を長らえることすら出来なかった。カゾーランから串刺しにされた傷を修復するのでさえ何年もの歳月を要し、そのために不本意ながらアルヴィオスに身を寄せなければならなくなってしまったのだ。
それもこれも、全てはあいつらに邪魔をされたからだ。
今回も転生してエドワードの前に立ちはだかっている。
「おい、そこの者。顔を見せよ」
兵士に呼び止められた。
王宮から撤退してから、警備が強化されているのだ。このような路地裏も探すとは、ご苦労なことだった。この国の奴らは総じて働き者だから困る。
フランセールでは珍しい黒髪と黒い瞳が災いしてか、それを目印にされているようだ。
エドワードは立ち止まり、息を整える。
「おい……」
兵士が後ろから近づき、肩に触れる。
「俺に触れるな!」
振り向き様に兵士の顔を掴んだ。
「な……がッ……!」
顔を掴まれて、兵士は表情を歪めた。エドワードはそのまま、相手の後頭部を煉瓦の壁に叩きつけてやる。
「くそ、足しにもならん。粗悪品が」
血と脳髄のついた手を払って、唾を吐く。
彷徨う魂が宝珠に吸い寄せられ、力となる。
左腕の傷が癒えた。
今のこの身体では、他人の魂を奪わなければ長らえることが出来ない。魂は質が良ければ、それだけいい。
カゾーランに目をつけて育てていたが、それも阻止されてしまった。思い返せば腹立たしい。
「奪い尽くしてやる」
あの二人が生まれ変わった存在が脳裏に焼きついている。
もう少し育ってからと思っていたが、構うものか。
なにもかも、今すぐ全てを奪ってやる。
そうしなければ、気が済まない。
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