第133話
うん、意味がわからない。
ルイーゼは、意味がわからないまま腕を組んだ。
「セザール様は説明下手ですか?」
「我にもわけがわからん」
問うと、セザールも頭を抱えはじめてしまった。
「セザール様の主張を整理すると、王宮に来た途端に謎の筋肉ムキムキ男に襲われたと思ったら、その正体はカゾーラン伯爵。どうして奇襲されているのかもわからないまま、やられてしまって、更にそこへ別の男が現れて、どこかで見覚えあるような、ないような。思い出せないまま気絶したと?」
「だいたい、そんなところだ。あと、我がドレスも破られた」
「ドレスのことは、どうでもいいとして」
「新調したばかりだったのに」
「はい。ドレスのことは、どうでもいいですね」
「これを見ろ。足が見えてしまう」
「はい。だから、ドレスのことは、どうでもいいですわね。でも、大腿四頭筋が最高です」
「やっと、我が美貌を理解したか」
美貌とは違う気がするけれど、セザールの筋肉はなかなか良い。四十路のオッサンとは思えない肉体。流石は、セザール様。さすセザ!
「ではなくて」
ルイーゼは仕切り直しに、コホンと咳払いする。
「カオスな状況ですわね」
「かおす? あまり良い予感はしないな」
セザールを襲ったあと、カゾーランはどこへ行ってしまったのだろう。
もう一人、別の男がいたというのも気になる。と言っても、セザールはほとんど王都に現れないレアキャラだ。彼の知らない男など、その辺に転がっているだろう。
ルイーゼは刑事ドラマの鑑識よろしく、地面を注意深く観察した。
踏み込みが深く、大きな足がカゾーランのものだろう。近衛兵の履いているブーツの靴底だ。
セザールのブーツは、靴底がやや硬い素材なのでわかりやすい。争った形跡があって、激しい戦闘だったことがわかる。現在、フランセールのトップ2の争いなので、当然か。
離れた位置に、別の足跡。
セザールが言っていた男の足跡は、これだろうか? 特に不審な点はなさそうだ。カゾーランと争った様子もない。
「探偵みたいですわね」
そうだ。ユーグにクッキーを渡す手伝いをしたので、今度ヴァネッサに「令嬢探偵ルイーゼ」というタイトルの小説を書いてもらうのはどうだろう。
なんと言っても、王都の売れっ子作家だ。ネタ提供料として印税を何割か頂いて……いけない、いけない。悪徳商人時代の癖で思考がお金に変わってしまいましたわ!
「そんなものを見て、なんになる」
足跡を注意深く観察するルイーゼに、セザールが息をつく。
「あら、足跡は推理物の基本ですわよ?」
ルイーゼはサラリと主張した。その後ろで、エミールも足跡を覗き込んでいる。
「すごい。ルイーゼは、こんなものからなんでもわかるんだね!」
「なんでも、というわけでは……」
期待の眼差しで見つめられるので、苦笑いする。
ぶっちゃけると、なにもわかっていない。
だが、エミールが期待しているので、なにかしておかないと。
ルイーゼは適当に足跡に触れてみた。
「――――ッ!?」
それは、違和感だった。
前にも一度感じたことがある。
――あーあ……短気な男だな。昔から。
誰かの声。聞き覚えのあるような、ないような。
まるで、別の身体に入り込んだような感覚だ。
アルヴィオスの港でも一度体験した……そう。いつも見ている不可思議な夢にも似ている。
既に終わった過去の記憶を、追体験している気分だ。
ルイーゼではない誰かの記憶。
だが、これはルイーゼの記憶。
――貴様……! なんのつもりだ?
――以前の続きさ。
カゾーランの声も聞こえた。
身体の奥が寒い。いや、熱い。よくわからなくなって、心拍数が上がっていく。息が苦しくて、ルイーゼは、その場に足をついた。
「ル、ルイーゼ!?」
エミールが驚く声が聞こえる。けれども、ルイーゼの意識は深く深く沈んでいく。
――今、
――あそこ、だと?
闇の底から歌うような、雲や霧のように掴みどころのない口調だ。この独特な喋り口も、覚えがあるような、ないような。
これは、誰だ。
いや、これは、わたくし。
よくわからないが、ルイーゼは何故だか、この男を同一の存在だと認識していることに気づく。
「ルイーゼ! ルイーゼ!」
エミールが呼んでいる。
意識が急速に引っ張られて、戻される気がした。
「ルイーゼ、大丈夫!?」
「…………!」
眠りから覚醒するように、ルイーゼは顔をあげる。
身体を襲っていた違和感は消えていき、心拍も呼吸も正常に戻っていく。
「ルイーゼ、良かった。気がついた? 大丈夫? 僕、心配――え、な、なに!?」
エミールの言葉も聞かずに、ルイーゼは急いで立ち上がった。
「ジャン、木刀と
「よろしゅうございます、お嬢さま! どうぞ、存分に!」
手を出すと、ジャンが素早く要求の品を差し出してくれた。なにかを期待するように跪いているが、ルイーゼは華麗に無視してやる。
「どうした」
セザールの問いに、ルイーゼはなんと言って良いのかわからない。
ただ、わかっていることを告げる。
「カゾーラン伯爵は、恐らく
「何故だ?」
「夢のお告げのようなものですわ」
説明が面倒くさい。
何故だか、直感で「あそこ」の意味がルイーゼにはわかった。
きっと、それは発言者と自分が、先ほどの白昼夢のような現象で同一に重なっていたからで……自分でも、なにを言っているのかわからない。
「あと」
ルイーゼはゴクリと唾を呑んだ。
これは絶対の自信があるわけではない。むしろ、馬鹿げている。そして、やはり意味がわからない。
「わたくし、死んでいなかったのかもしれません」
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