第111話

 

 

 

 次の話を致しましょう。

 これは、ある愚かな商人の話です。


 東に向けての長い旅を続けている私ですが、あれほど不思議なことを言う男を見たことがありません。


 その男は商売を営んでいたそうです。

 隊商キャラバンで砂漠を渡り、西方へ珍品を運んでいたとか。中には如何わしい薬や、酷い制度で働かされる奴隷などもおりました。高利貸しもしていたようです。

 あまり関わりたくない類の悪人だったと記憶しています。


 私が西から来たと言うと、彼は唐突に興味を示してきました。

 どうやら、西側の国に興味があるようです。


「あっちで、なんか変わったコトってあんの?」


 問われ、私は西側の情勢について話しました。

 戦争でフランセール王国がエスタライヒ帝国からロレリア地方を掠め取ったことや、最近は新たな土地を求めて海に出る輩が多いとか、そんな話でございます。


「それは、知ってるって。商人だもの。オッサン、オレのこと舐めてんの?」


 そう言われても、「変わったこと」の定義がわからないもので。首を傾げていると、商人は肩を竦めました。


「オレが聞きたいのは、向こうに不思議要素がないかってコトだ。魔法とか、妙な人間とか」


 そんなお伽噺のようなことを言われても困りました。


 けれども、ふと思い出すことがあったので口にしてみたのです。


 それはロレリア地方から広まる噂でした。

 なんでも、そこには不思議な女性がいるという話です。

 画期的な農具や耕作方法を発案し、広めている女性。

 見たことも聞いたこともない発明品を数多く生み出しているというのです。

 私も一部を見ましたが、素晴らしい発想力でございました。麦を製粉するために水車を使ったり、鋤という変わった形の農具を用いたり。


「水車? 鋤? ふぅん」


 商人は、その話に大変興味を示していました。

 まだロレリア地方の一部にしか広まっていない農具です。東方に住む彼は知らなかったのでしょう。もしかすると、それらを売れば大儲けになると企んだのかもしれません。


「ハッハー。その女はロレリアにいるんだな?」


 商人は地図を持って、ロレリア地方の場所を確認しました。現在、戦争状態にある地方へ入ることは勧められませんでしたが、聞かない様子です。


「そっか。んじゃあ、次の仕事で行ってみるか。テンションあがるな!」 


 彼があまりにも嬉しそうだったので、私は理由を問わずにはいられませんでした。


「あん? まあ、そうさな……新世界の神になるってか? ゴメン、ふざけたわ!」


 申し訳ありません。全く意味がわかりません。


「どうせなら、永遠に生きてみた方がいいと思わないか?」


 明るすぎる口調で言われましたが、私には、なんだかそれが恐ろしい発言に思えてなりませんでした。


「転生するとさぁ、面倒臭いんダヨネ。一々、全部やり直さなきゃならないし。こっちに来るとき、歴史がどうとか妙なこと言われたけどさぁ。オレ、そーゆーの興味ないし?」


 いよいよ意味がわからなくなりました。

 きっと、自分が売っている薬に手を出して、妄想が激しくなったのでしょう。だんだん馬鹿馬鹿しくなってきます。


「異世界転生させるんなら、せめてチート能力くらいくれって話だ。一方的で迷惑だと思わないかい? だから、オレは自分で獲りに行くコトにしたんだ」


 こんな意味のわからない男に会ったのは初めてです。若くてやり手の商人でしたが、頭がおかしい。


 その日、すっかり気分が良くなった商人は浴びるように酒を呑んでいました。

 たいそう腕の立つ男だったという話ですが、泥酔状態のところを狙って刺殺されたようです。殺したのは彼に金を借りた商人仲間らしく、返済で首が回らなくて恨みを抱いていたとか。


 名前はジャリル・アサドと言いましたか。本当に頭がおかしくて、間抜けな男でありました。

 

 

 

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