第97話
扉が開いて、従者たちに付き添われた男が現れた。
アルヴィオス王国では一般的な黒くて豊かな髪が揺れる。気難しそうに引き結ばれた唇や、鋭い視線には威厳があった。威風堂々としていて、厳かな城の雰囲気によく合っている。
四十だと聞いているが、もう少し歳をとって見えるのは何故だろう。
きっと、ルイーゼの周りにいる四十路どもが特殊すぎるせいだ。
これがアルヴィオスの国王――リチャード・アルヴィオスの魂を引き継いだ国王ウィリアム二世か。
ルイーゼはうっかり殺気を放たないように気をつけながら、チラリと観察した。あまり国王をジロジロ観察するものではないので、控えめに。
「諸君。此度は我が城へ、ようこそ」
いかにも国王陛下です! 威厳あります! と言った声と態度だ。しかし、あまりのドヤ顔っぷりに、ルイーゼは違和感を覚える。
なんだか、記憶にあるリチャードと全く重ならない。
いや、ルイーゼだって前世の自分と似ているかと言えば、否である。前世は前世、現世は現世だ。
ただ、ちょっとストレスが溜まりやすかったり、記憶チート的ななにかだったりしているだけだ。たぶん。
あまり気にすることではないのだろうか?
「陛下、こちらは私の遠縁で、ルドヴィカと妹のエミリーです。陛下のお話をしていたら、是非とも会いたいと言うことでしたので、連れてまいりました。晩さんへの参加許可、ありがとうございます」
アーガイル侯爵が流暢に述べる。ルイーゼとエミールは立ち上がって、一礼した。
「そなたに、このような美しい親類がいるとは初耳だ。こちらこそ、今日は楽しんでいくと良い」
「光栄です」
席が離れているためか、例の土下座あいさつはないようだ。いきなり国王を踏めと言われても困るので、その方がありがたい。
そんな出だしで、晩さんがはじまった。
部屋の隅では、騎士団長のランスロットが控えている。
無駄に多い給仕係が次々と料理を運んできた。フランセールでは、一皿ずつコース料理を楽しむのが主流だが、こちらでは一気に皿が出てくるらしい。大皿に盛られた料理を指さして、自分が欲しいものを指定すれば、給仕係が取ってくれる。
システムとしてはバイキングに近かった。こういうところは、豪快で海賊王国っぽい。
横を見ると、エミールが美味しそうな料理を前に嬉しそうにしていた。
けれども、一口食べた瞬間に、広げた扇子で顔を隠してしまう。
他で食べたアルヴィオス料理と同じく、かなり不味いらしい。最近は、なにも言わなくてもセザールが進んで料理してくれたので、忘れていたのだろう。エミールは扇子の陰で口元を押さえて、必死に涙をこらえていた。
ルイーゼは料理に口をつける振りをしながら、シレッと味のついていない野菜ばかりを食べていく。草食動物になった気分だが、野菜だって美容や健康にいい。
たまには、ウサギになるのもいいだろう。本当は豚レバーが食べたい。
「そなたたちも、なにか見たいものはあるか?」
ルイーゼがレタスをシャクシャクと貪っていると、国王から声をかけられる。
アーガイル侯爵が宝物の自慢をしたことで、お互いに逸品を見せ合うということになったらしい。
この会話は予定通りで、展開も計算されたものだった。
ルイーゼはナプキンで口元を優雅に拭き、ニッコリと淑女の笑みを作った。
「でしたら、陛下。わたくし、アルヴィオスの秘宝が見たいのですわ」
「ほう、秘宝」
国王は一瞬、眉を寄せて視線を逸らす。だが、すぐにルイーゼを見据えた。
「火竜の宝珠かな?」
「ええ、とても美しいと侯爵様にうかがっております。わたくし、綺麗なものに目がなくて……」
ルイーゼはうっとりとした表情を浮かべてみせる。
宝珠を見せてもらう約束を取りつければ、後日、合う口実になるだろう。流石に、この場に持ってくることはないはずと、ギルバートも踏んでいた。
「あれはこの場に持ってきて見せるわけにはいかない。別室で厳重に保管しておる」
「でも、侯爵様にはお見せになったことがあるのですわよね? わたくしも見たいですわ。そのために、今日は無理を言って参加させて頂きましたもの。ねえ、エミリー?」
ルイーゼに呼びかけられて、エミールが必死でコクコクと頷いている。
「それでは……ご令嬢たちを晩さんのあとに、宝物室へお連れすることにしては如何ですか。陛下」
それまで黙って壁際に控えていたランスロットが口を開いた。
ルイーゼはその提案に一瞬、顔をしかめる。だが、すぐに平生を装った。
晩さんのあとに案内されるなど、想定外だ。
けれども、要は国王に気に入られて、白玉を奪う機会があればいい。あわよくば、そのまま解体作業だ。マグロの解体ショーのノリで豪快に行きたい。
しかし、問題はそのあとだ。
予定では、解体ショーのあとにギルバートたちが城を掌握することになっている。今日のところは、国王に次回の約束を取り付けることを目標にしていたので、準備が整っていない。
ギルバートたちが準備出来るまでルイーゼが国王を縛り上げておいてもいいが……リスクが高い。
脳筋だった頃の前世なら、「じゃあ、一人で制圧しておくか」くらいの軽いノリだったかもしれない。しかし、今のルイーゼでは、城の兵士相手に長時間持たせるのは不可能だ。
ランスロットの提案は予想外で、尚且つ、あまり好ましいものではなかった。
「秘宝ですもの。急がなくても、ゆっくりしたときに見せていただいても、いいのですわ」
「しかし、いつになるかわかりませんよ」
ルイーゼは牽制するが、ランスロットは譲らなかった。最終的に判断を下すのは国王だが、この流れはよろしくない。
「では、食事が終わったら、二人を宝物室へ案内してやれ。ランスロット」
「御意にございます」
ええええええ!
ルイーゼは叫びたくて仕方がなかった。国王ならともかく、近衛騎士団長と宝物室へ行っても意味がない。
なかなか一筋縄ではいかない。
こうなったら、宝珠を確認して「陛下~。ルドヴィカ、また宝珠が見たいですぅ。今度、二人で一緒に観賞しましょ☆キャピッ」と誘惑でもするしかない。その作戦でいこう。
そんなことを考えながらレタスを貪っているうちに、晩さんが終了してしまう。
「ル……ル、ルドヴィカ、お姉様」
ランスロットに案内されて立ち上がるルイーゼを、エミールが不安そうに見上げた。
「大丈夫ですわ、エミリー」
エミールの手を握って、立ち上がらせる。
この国王がなにを考えているのか、よくわからない。
晩さん中の会話から、彼がリチャードである片鱗はほとんど感じられなかった。ごく普通の王侯の会話にしか見えない。
まあ、そうでなければ、王家の秘密を隠し通せないだろうが……妙に引っ掛かる。
「こちらへ」
ランスロットに導かれるまま、ルイーゼとエミールは城の回廊を歩いた。やはり、ロンディウム城は薄暗くて堅苦しい。途端にフランセール王宮が恋しくなった。
近衛騎士団長なので当然だが、ランスロットは城内を熟知した様子で進んでいる。
白銀の甲冑を装着した長躯は鍛えられており、均整がとれていた。いかにも、屈強な戦士と言った風貌はルイーゼの好みだ。
せっかくだから、筋肉を堪能させて頂こうか。そんなことを考えていると、ランスロットが古い木戸の前で立ち止まった。
ここが宝物室なのだろうか。
それにしては、地味すぎる扉だ。ルイーゼが眺めていると、ランスロットは不適な笑みを浮かべた。
その微笑に、ルイーゼは背筋が凍りつく。
「まさか、自分から出てきてくれるとは思ってもなかったな」
刹那、ルイーゼの身体に横殴りの衝撃が走る。
脇を強烈な蹴りが襲い、横に向いて吹っ飛ばされてしまう。とっさの判断で受け身を取っていなかったら、壁に叩きつけられていただろう。
「ルイーゼ!?」
エミールがルイーゼの名前を叫んでしまう。
ルイーゼは冷たい回廊を転がって、素早く体勢を整える。今は木刀も
仕方なく、アーガイル侯爵の調教用に持っていた鞭を、スカートの下から引き抜いた。城への潜入用にと、昨晩、セザールがスカートの下に装備出来るように縫ってくれたのだ。
「いきなり、なんですかッ!?」
避けるルイーゼを追随するように、ランスロットは鞘に収まった剣を振った。
ランスロットが踏み込む瞬間を見逃さずに鞭を構えて、身体の位置を移動させる。
普通の令嬢の動きではないことは重々承知だが、今は緊急事態だ。
「エミリー、お下がりください!」
相手は甲冑を身につけている。鞭を叩き込んだところで効果は薄いだろう。露出している顔か、関節を狙わなければならない。
「ヤァァァァアアッ!」
ルイーゼは敢えてランスロットの懐に飛び込んだ。そして、無駄のない動作で彼の顔面目がけて鞭を振り上げる。
喉元を打つと、ベシィンッと気持ちのいい音が鳴り響いた。ルイーゼは、そのまま怯んだランスロットの手を蹴り上げ、剣を落とす。
蜂蜜色の美しい金髪が背中に広がった。
「なかなかですが、甘いのですわ!」
ランスロットが落とした剣を踏みつけて、ルイーゼは高笑いする。
なんだか、他国の近衛騎士団長を鞭打って高笑いする令嬢の構図は、とても不味い気がするが、正当防衛だし誰も見ていないから問題ない。健全だ。
けれども、ふと違和感に気づく。
ルイーゼは髪を結っていたはずだが、蜂蜜色の巻き毛は肩から背中にフワフワと広がっている。
いつもなら、リボンが外れてしまったのだろうと流すところだが、流せない。
「な、ないっ。白玉がありませんわっ!」
ルイーゼは自分の髪に触れて、チート能力回避アイテムである白玉がなくなっていることに気づいた。
髪飾りとして装備していた白玉がない。
顔から血の気がサァッと引いていく。
「これか?」
ランスロットが不敵に笑って、手の中に握った髪飾りを見せた。赤いリボン飾りの中心では、白玉がつるつるとした輝きを放っている。
「だいぶ勘が鈍っているんじゃねぇか?」
ランスロットが唇を吊り上げて笑う。先ほどまでの騎士然とした雰囲気とは違っている。
いわゆる、悪い顔。なにかゲスいことを考えている顔だ。完全なる下衆顔。
「まさか……?」
そんな笑い方をする人物に心当たりを感じて、ルイーゼは背中に汗が流れるのを感じる。
晩さん会の間、ずっと国王に対して違和感があった。
けれども、ルイーゼの直感が正しいとすれば――。
「あなたが、本当の国王……リチャードの転生者ということですか?」
ルイーゼの問いにランスロット――国王ウィリアム二世は黙ったまま笑みをしたためる。
その表情が肯定の意であることを感じて、ルイーゼは唾を飲み込んだ。
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