第95話
「ねえ、下にズボン穿いちゃダメ、かな? スースーして、なんだか気持ち悪いよ」
「脱ぐのに慣れたら、これほど楽なものはないんだぞ、お姫様?」
「エミール様に、変なことを教えないでくださいませ!」
慣れないスカートを穿いて泣きそうになるエミールに、ギルバートが露出好き目線でアドバイスしている。妙なことを吹き込まれても困るので、ルイーゼはエミールの耳を塞いだ。
金髪のカツラをつけて、桃色のドレスを着たエミールの姿は、まさに可憐な令嬢。とても十九歳の王子には見えなかった。
一方のギルバートは、エミールが着替えている間に、何故か着ていた服を脱ぎ捨てたようだ。開放感あふれる全裸にピンクのエプロンをつけて仁王立ちしている。
「……あたしの屋敷で脱ぐなって言ってるだろう、クソ王子!」
ヴィクトリアが凄まじい殺気を放ってギルバートを睨んだ。先ほどまで見せていた暗い表情は、どこへ行ったのか。
いや、屋敷で脱衣の変態紳士がウロついていたら、怒るのは当然か。いいぞ、もっと言ってやるのですわ!
「ちゃんと、一枚つけているじゃあないか?」
「……確かに……うん、それもそうだね」
ギルバートがあっけらかんとした様子でエプロンをピラリと摘まむ。すると、ヴィクトリアは納得した表情で溜息をついていた。
「いや、納得しないでくださいません!? そこは、いつものように回し蹴りでは!?」
基準がズレている気がしたので、ルイーゼは軌道修正してやろうとする。
「お嬢さま、回し蹴りもよろしゅうございますよ!」
ルイーゼが苛立っているとでも思ったのか、ジャンがすかさず前に出て跪いた。
今回に限って言えば、出てくるタイミングがズレている。主人の機嫌も読めないなど、執事失格なので、ご希望通りに回し蹴りをお見舞いした。
「健全なお仕置き、よろしゅうございます! よろしゅうございますよ、お嬢さま!」
「うるさくってよ!」
ジャンの顎をアッパーで殴って黙らせる。
「とにかく、ギルバート殿下の変態は隅に置いて」
「誰も着せてくれないんだから、仕方ないだろう?」
「……隅 に 置 く と し て !」
ルイーゼはスルーするという旨を強調させながら、ギルバート目掛けてシャツを投げつけた。ついでに、足元に忍び寄っていたジャンの頭を黙って踏みつける。
「とりあえず、作戦を確認させて頂きますが、よろしいでしょうか?」
気を取り直して、ルイーゼは咳払いした。本当に騒々しくて困る。
まず、人魚の宝珠を使用することが出来るのは、現状、エミールのみであること。つまり、ルイーゼとエミールが一緒にいなければ、宝珠を使うことは出来ないのだ。
「わたくしとエミール様は離れてはいけない。そうですわね?」
確認すると、ギルバートがシャツを着ながら頷いた。
この露出王子、どうやら服を投げたら素直に着てくれるらしい。黙って、ズボンを投げておく。
「わたくしとエミール様はバディとして行動して、アルヴィオス国王ウィリアム二世陛下に近づくのですわね」
「そうだ。そのための手引きを、アーガイル候にさせる」
現在、アーガイル侯爵はルイーゼによる緊縛&放置プレイを地下室でお楽しみ中である。暗くて狭いところの方が雰囲気も出て最高だと本人が主張したので、希望通りにしてやったのだ。
決して、拉致監禁ではない。全て、アーガイル侯爵の希望である。断崖絶壁と言われた個人的な私怨など、微塵もない。健全だ。
「俺は先に城へ帰る。宝珠を持ち帰るために別行動したが、そろそろアルビンと合流して、父上に一応の報告をしておかないといけないからな」
ズボンを穿きながら、ギルバートが言う。
そういえば、従者の船がロンディウムに着いたと連絡があったらしい。一緒に城へ帰って、怪しまれないように報告する必要があるのだろう。
その後、ギルバートは秘密裏に賛同する貴族たちを集結させて、城の掌握の準備をする。
「人魚の宝珠は『魂を作り変える能力』を持っている。対する火竜の宝珠は『魂を服従させる能力』がある」
意図的に転生させたり、記憶を消したり、相手の魂を奪ったり……とにかく、あやふやな使い道の人魚の宝珠に対して、火竜の宝珠はルイーゼにも理解しやすかった。
火竜の宝珠を使えば、相手の魂が服従する。
つまり、人の心を操ることが出来るのだ。
余談だが、この能力を聞いたとき、ルイーゼは大いにテンションがあがった。それこそ、派手ではないがルイーゼが求める「わかりやすいチート魔法要素」である。他人を操り放題など、夢ではないか!
同時に、どうして自分が持っているのが火竜の宝珠ではなかったのかと嘆いた。どうせなら、火竜の宝珠が良かった。前世の自分は、どうしてその辺の気を遣ってくれなかったのか。ロマンを感じなかったのだろうか。やっぱり、アホで使えない脳筋前世!
「ルイーゼ、アレは持っているのか?」
「勿論ですわ」
ギルバートに言われて、ルイーゼは頷いた。
ジャンがすかさず、ルイーゼの手に「アイテム」を差し出す。
「これがあれば、アルヴィオス国王に正体を見破られないというわけですわね?」
「そうだ」
ルイーゼは掌に乗せた白い珠を見つめた。
宝珠を持っていると、相手の感情を色として読み取ることが出来る。また、相手が宝珠を持っているかどうかも、わかるようだ。
それを阻止するのが、この白い珠というわけだ。宝珠の研究者であるアンガスに貰った。
ルイーゼは勝手に「白玉」と呼んでいる。ぜんざいに浮かべると、美味しそうだ。
国王に近づくには、こちらの真意を知られては不味い。
ギルバートの話では、宝珠を身につけて能力を使い続けるのは消耗が激しいらしい。国王が四六時中、宝珠を身につけていることはないようだ。
だが、油断は出来ない。
「アルヴィオス国王も、この白玉を身につけているのですわね」
「そうだ。こちらのことを読まれない代わりに、向こうのことも読めないと思った方がいい」
ぜんざいやフルーツポンチに入れたくなるような白玉を指で弄んで、ルイーゼは気を引き締める。
国王として転生し続けるリチャード・アルヴィオスの魂を解体することが、ギルバートたちの目的だ。
国王が白玉を持っていては、達成出来ない。
ルイーゼたちはアーガイル侯爵の手引きで、国王主催の晩さん会に参加する。そして、なんとか国王に近づいて白玉を奪って魂を解体してしまうのだ。それを合図にギルバートたちが城を掌握する。
作戦は単純だ。
女装したエミールが不安そうな顔をしている。ルイーゼは安心させようと、エミールの手を握ってやった。
「大丈夫ですわ、エミール様。わたくしを守ってくださるのでしょう?」
キャバ嬢だった前世の頃は、こういうことを言って、よく金品を貢がせたものだ。いわゆる、男をその気にさせる言葉である。
「え……う、うん……」
だが、エミールは浮かない顔で俯く。女装しているからだろうか。いつもなら、
「うん、がんばるよ!」と言いそうなところだ。
ルイーゼは、あまり気にしないことにして、白玉を握り締める。
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