第94話
とにもかくにも、話を整理して頂きたい。
だが、なんだか一人で悦に浸っているように見えるギルバートには聞き難い雰囲気だ。
「先ほどの話、どういうことなのですか?」
ルイーゼは迷った挙句、場所を移したあとでヴィクトリアに問う。
ドレスがたくさん掛けられた衣装部屋は男子禁制。女と女の話であることを強調するように、ルイーゼはヴィクトリアを見上げた。
ヴィクトリアは表情を曇らせて、視線を外す。
けれども、ルイーゼは彼女にとって重要な協力者だ。隠すことは出来ないと判断したのだろう。ゆっくりと、口を開いた。
「アルヴィオス王国が建国する前、この地にも小さな国があったんだ」
海賊によって荒らされ、滅亡した王国。
そのことは、ルイーゼの記憶にもある。海賊であった前世、自分たちが根城にしていた土地には既に国があった。けれども、海賊の下衆野郎だった前世の自分は、現地の人々を虐げて略奪し、好き放題していたと思う。
耳が痛い話だ。
しかし、滅ぼした覚えはない。きっと、リチャードが建国する際に潰したのだろう。
「ルゴス王家の血筋を引く人間は捕えられて、国王の奴隷にされた」
「元王族を、奴隷……ですか?」
「そうだよ。代々、ルゴス家の人間は現王家に虐げられる奴隷身分として飼われてきた……特に意味もなくね。遊びのつもりなのかもしれない」
心底嫌そうな表情を浮かべて、ヴィクトリアが声を低くする。
握った拳が震えていた。
遊びで旧王家の人間を奴隷として飼う。ヴィクトリアの話を聞いて、ルイーゼは眉を寄せた。
確かに、海賊だった前世の自分なら、それくらいしたかもしれない。そんな自分を騙して殺したリチャードなら、有り得ない話ではなかった。
「酷い話ですわね」
言いながら、違和感を覚えた。
七回も悪党を経験してきた(七回目はよくわからないけれど)というのに、ルイーゼはアルヴィオスで行われてきた非道を嫌悪している。ギルバートに騙されたときにも湧いた違和感だ。
何故だろう。とても、イライラする。虫唾も走る。ジャンを健全に殴りたい。
元悪党のくせに、おかしな話だ。
そんなルイーゼの気など知らないヴィクトリアは、淡々と続けた。
「あたしはストラス家の養女なんだ。母親の名前はハンナ・ルゴス……あたしの母さまは、ルゴス家の人間――王家の奴隷だった。あたしは秘密裏にストラス家に引き取られて、ひっそりと育てられた」
つまり、ヴィクトリアは旧王家の血を引いているということだ。
ギルバートは「女王」の下に集まった者がいると言っていた。女王はルゴス家の血を引くヴィクトリアであり、旧王家の復興を目指していると言ったところか。
元々、海賊によって滅ぼされた国の歴史がある。現在の政治の不満から、旧い王家の復活を望んでいるのかもしれない。いや、そのように操作されたのだろうか。
「だとすると、ギルバート殿下は……」
ヴィクトリアの表情が崩れそうになるのを感じて、ルイーゼは口を噤んだ。
続きはわかっている。
ギルバートのやろうとしていることは、自分の父を追い落とすだけではない。自らの地位や、場合によっては、生命さえ危うい計画に加担しているのだ。
何故?
ルイーゼには理解出来ない。
自分を犠牲にしようと言うのだろうか。でも、どうして? 理由があるのか。いや、理由があったとしても、ルイーゼには納得出来る気がしなかった。
「どうして、ギルバート殿下はそのような計画に加担するのでしょうか。わたくしには、理解出来ないのですわ……」
素直な疑問を口にする。
ルイーゼは基本的に自分のことしか考えていないと思っている。今までの前世だって、ずっと自分のために生きてきた。
七番目の前世で、忠義を知った。今はエミールを遺しては死ねないという親心的な気持ちを拗らせている。
他者のために命を尽くしたいという思いを、ようやく理解したと思っているが――他者のために自分が破滅したいという願望はない。
ルイーゼには、ギルバートの考えが少しも理解出来ないのだ。
むしろ、彼ならもっと賢い生き方が出来そうだ。自分のためだけに生き抜くことも容易だろう。
「あいつは……ギルは、そういう奴だから。たぶん、頭の中が空なんだよ」
ヴィクトリアの答えは酷くアッサリしていた。
頭が空。きっと、安易に馬鹿や能無しと罵っているわけではないことは、ルイーゼにもわかる。
「自分がない。ただの人形だ」
吐き捨てるような言葉。
ヴィクトリアはギルバートを「利用」する立場にあるはずだ。しかし、その声は消えそうなくらい儚くて、苦しそうに思える。
「そして、あたしはそんなギルを縛ってるんだ。最低だろ?」
「縛る? 束縛ということですか?」
以前に、ヴィクトリアはギルバートを殺す約束をしていると言っていた。だから、ギルバートに情を移さないとも。
ルイーゼから見れば、今のヴィクトリアは、どう足掻いてもギルバートに対して迷いを抱いている。感情が歪んで見えるくらい振り切れているギルバートとは、対象的だと思えた。
「あたしは、ただ……最初は母さまを救いたかっただけなんだ。女王になんて、興味なかった。それだけなんだ」
「お母上のために、今も戦っておられるのではないのですか?」
「母さまは……今は、いない。死んだ」
いつも強気で馴れ馴れしくて、気さくに振舞うヴィクトリア。その様子からは想像出来ないくらい弱々しい声だった。涙は流れていないが、泣いているようにすら思える。
「ギルは……自分が殺したんだって言ってる。だから、あたしはギルを恨まなきゃいけないし、殺してやらなきゃならない」
含みのある言い方だ。まるで、自分に言い聞かせているような響きがある。
ヴィクトリアとギルバートの関係は、ルイーゼから見ると矛盾だらけだ。
そして、歪んでいる。
「もっと、単純に考えることは出来ないのでしょうか?」
素直な感想だった。
ヴィクトリアはギルバートに好意を持っている。ルイーゼは恋愛など黒歴史にしかならないと思っているが、否定する気はない。好きなら好きで、いいのではないか。どうして、そんな歪んだ関係になってしまうのか、理解出来ない。
「素直では、いけないのですか?」
ルイーゼのように、バッドエンドフラグを回避しているわけではないのだ。素直に好意を寄せることが、いけないのだろうか。
ヴィクトリアが面食らったように、切れ長の目を見開いていた。
ルイーゼの直球すぎる質問に対して、答えが出ないようだ。
「ね、ねえ……で、出来たよ?」
衣装部屋の奥から、頼りのない声がする。
「あら、エミール様。遅かったですわね」
「う、うん。大きさが、少し合わなくて、直してもらってて……その……ま、待った?」
「それなりに時間潰ししていたので、待っていませんわ」
男子禁制の衣装部屋。その奥から、もじもじと俯くエミールが出てくる。後ろには、屋敷の使用人がいくつものドレスを抱えて立っていた。
華やかな桃色のドレスが揺れる。大きなリボンがふんだんにあしらわれたスカートの広がりが、なんとも可愛らしい。金髪のカツラにも同じ色のリボンが乗っている。
「コルセット、い、痛くて……ふ、ぇ……脱いだら、駄目?」
「脱ぐだなんて、勿体無い。とてもお似合いですわ、エミール様。いいえ、エミリー!」
ルイーゼは大袈裟に絶賛して、エミールの手をとった。
エミールは纏った女物のドレスを揺らして、照れくさそうに笑う。なんだかんだルイーゼに褒められて、嬉しいようだ。
今回の作戦に必要な「装備」である。
そう、これは女装ではない。戦闘服のようなものだ。モンスター狩って素材を手に入れたわけではないが、だいたい似たようなものである。
「う、ぅ……で、でも、ルイーゼが一緒だから、ぼ、僕がんばるっ! ルイーゼのこと、ちゃんと守る!」
可愛らしい装備に身を包んだまま、エミールは涙を浮かべて意気込んでいた。
あとは作戦成功に向けて動くのみだ。
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