第58話
結局、よくわからないまま二度目の決闘当日を迎えてしまった。
今回の決闘内容はギルバートの提案で宝探しに決まっている。
アルヴィオスの祝祭で行われる遊びらしく、庭や林などに隠された宝石を探し、一番多く見つけた者が勝ちらしい。とてもシンプルなゲームだ。
今回は祭ではないので、宝石の代わりに装飾された生卵を使用することにした。卵を割ってはいけないという追加ルール付きだ。
決戦の場に選ばれたのは、王家所有の狩猟林。
現王室に狩りを好む人間がいないので、普段は狩り好きの貴族たちに解放されている。先日、大規模なハンティングを二度も行ったので、大きな動物はほとんどいないということだ。
「まあ、わたくしは狩りの勝負でも、よろしかったのですが」
ルイーゼはヌルいルールにあくびを噛み殺す振りをして、ヴァネッサを挑発した。
「絶対に負けません」
対するヴァネッサも、キッとした視線を返してくる。本当に骨のある令嬢だ。
「お嬢さま。よろしかったら、ジャンをお使いください! ジャンはお嬢さまのイヌにございます!」
何故か自主的に首輪を装着したジャンがシャキーンとした表情で前に出る。流石に、これを「犬です」と言い張るのは無理があるだろう。ルイーゼは気持ちだけ受け取ることにして、ジャンを軽く鞭で二度ほど打っておいた。
「よろしゅうございます、お嬢さま!」
吠えるイヌはさておき。
負け犬になるのは、どちらか。
ギルバートは好戦的な笑みを浮かべて、余裕綽々の様子だ。馬に慣れていないヴァネッサを鞍に乗せ、自分も後ろに跨る。
ルイーゼも遅れを取るまいと騎乗しようとする。
今日は林へ入るということで、乗馬用の服を用意した。拍車のついた乗馬ブーツにズボンをインするスタイルはお気に入りである。蜂蜜色の髪も一つに結ってポニーテールにした。
だが、
「ほら、姐さん」
ルイーゼが動きを止めていると、ユーグが何気なく手を差し出した。ルイーゼの手を掴んで引き上げようとしているようだ。
「わ、わたくし、一人で乗れますわ!」
馬くらい、たしなみだ。現世では一度しか乗っていないが。
ルイーゼはもう一頭馬を用意するよう、要求した。だが、場を仕切っていた令嬢(黄)に断られてしまう。曰く、ヴァネッサ側が一頭なのだから、同じルールで行うべきということ。
仕方なく、ルイーゼはユーグの手を取った。ユーグは大してなにも言わずにルイーゼを引き上げ、自分の前に乗せる。
正直、気まずい。
ユーグの真意がわからないため、ルイーゼは居心地悪くて仕方がなかった。
「ル、ルイーゼ!」
声がして、ルイーゼは視線を落とす。
立会人として来ていたエミールが席を離れ、馬の傍まで歩み寄っていた。不用意に馬に近づくなど危ない。
だが、ルイーゼが窘める前に、エミールが口を開いた。
「が、がんばって……応援してるから……その、待ってる!」
ぎこちない。だが、精一杯の笑顔で言われて、ルイーゼは口を噤む。何故だか、居心地の悪さが倍増した。
「わたくしが負けるはずありませんわ」
返す言葉を見失っていたが、ようやくそれだけ絞り出す。
いつも通り、強気の発言に安心したのか、エミールは「うん!」と頷いて馬から離れた。
一回戦で巻き添えをくらった反動からか、今回の観客は随分と少ないようだ。決闘内容も、ほぼ林の中で行われて、様子が見えない。
面白いものは見られないと判断されたのだろう。大方、勝敗には多額の金品が賭けられているのだろうが。
空は今のところ晴れているが、そのうち降るかもしれない。長旅を続けた商人と海賊の勘である。なんとなく、匂いが違うと思った。
短時間で決める必要がありそうだ。
「姐さん、しっかり掴まっててね」
呆けていたルイーゼの背で、ユーグが声を潜める。
彼はルイーゼの返事を待たず、少々身を屈めて手綱を握った。背中を抱え込まれている気がして、ルイーゼはムズムズと身動ぎしてしまう。
「それでは、二回戦をはじめますわ!」
仕切っていた令嬢(黄)が旗を振りあげる。そして、掛け声とともにバッと振り降ろした。
その瞬間、ユーグが馬の腹を蹴る。
馬は即座に走り出し、激しい蹄の音を立てた。
最初から、こんなスタートダッシュをするなどと聞いてはいない。しかも、今回の決闘は宝探しだ。急いで馬を駆る必要などないだろう。ルイーゼは危うく、舌を噛みそうになった。
見ると少し離れたところでギルバートもユーグと並走するように馬を走らせている。
どうやら、互いに暗黙の対抗心があったらしい。ヴァネッサが強気に微笑んでいるので、ルイーゼは平気な振りをしてやった。
それぞれ違う道から、二頭の馬は林の細道へと入っていく。
「じゃあな、せいぜい頑張れよ」
ギルバートが余裕の笑みを浮かべて、林の奥へと消えていった。
ギルバートが見えなくなってから、しばらく。ユーグは馬の速度を落として調整した。
目的は宝探しだ。じっくりと探すべきである。
「あ、ユーグ様。馬を止めてください」
茂みの陰に赤い色を見つけて、ルイーゼは声を上げた。
馬が止まった瞬間に飛び降り、茂みを探る。すると、赤く彩られた生卵が出てきた。これが、今回探す宝の役割を果たす。
もう五個目となった卵を袋の中に入れて、ルイーゼは笑った。
「この調子で、駆逐してやりますわ。卵を、一個残らず!」
こういったものを探し当てる勘は鋭い方だ。
海賊だった前世では、「お宝の匂いがする!」と言って、隠された金品を見つけ出したものである。
「姐さんは馬の上で待ってていいのに」
勝手に飛び降りてしまったルイーゼに、ユーグが溜息をつく。
決闘の趣旨は令嬢同士の二回戦だ。
しかし、ギルバートとユーグが介入した時点で、周りはそう見なしていない。令嬢の方はオマケにしか思われていないのだ。大変不服である。
「これは、わたくしとヴァネッサの決闘なのですわ。ユーグ様こそ、大人しくアッシー君してくださいませ」
「あっしーくん?」
「とにかく、勝手に首を突っ込まれて、心外です」
ルイーゼは遺憾の意を表明して、口を曲げた。
だが、ユーグは呆れたような、開き直ったような、よくわからない笑みを浮かべる。
「姐さんは、私が勝手に婚約宣言して、怒っているの?」
怒っている?
問われて、その感覚はなかったことに気づく。
わけがわからないが、憤りはあまり感じていない。火種を作ったのはルイーゼなので、そのことを持ち出されると、自業自得と割り切るほかない。
好条件且つ好都合の相手。別に結婚してしまうのも悪くないと思っていることも事実。
「別に怒っていませんけれど」
怒っているかと問われても、イマイチしっくりこない。
混乱や困惑、戸惑いの方が大きいので、いずれ慣れるのではないかと思えた。
「ユーグ様は、わたくしの考える条件を満たす理想的な殿方ですわ。中身がオネェなのは、少々気になる障害ですが……」
仮に浮気するとしたら、やはり、相手は男なのだろうか。なんだか、それはそれで嫌過ぎる。浮気するなとは言わないが、やはり、浮気相手は女性であってもらいたい。あと、子供の教育にも気を遣わなくては。それから、――。
「それなら、この間の続きをしても、問題ないわね?」
ユーグが不敵に笑って、ルイーゼの腕を引き寄せる。
先日のように、力でねじ伏せるやり方ではない。そっと導かれるように腕の中におさまってしまう。
抜け出そうと思えば、抜け出せそうだ。しかし、ルイーゼはグッと堪えた。
別に、構わないのではないか。
だって、ルイーゼもユーグもお互いに、結婚してもいいと思っているのだから。少々順序は逆になるが、あまり変わらない。
思案していると、ユーグがルイーゼの顎に指を添える。
視線を持ち上げられると、すぐそこに、ユーグの整った顔が迫っていた。相変わらず、黙っていれば甘い顔立ちの優男である。
昔のカゾーランによく似ているが、近くで見ると、違う部分もあった。中身がオネェのせいか、顔立ちがやや中性的な印象がある。長い睫毛や鼻、耳の形は、母親に似たようだ。
――僕、ルイーゼのことが――好き。
男性の顔を間近で見て困惑してしまったのか、何故だかエミールの顔を思い出してしまう。
そういえば、エミールにもキスされそうになった。
何故、真っ先にエミールを思い出してしまったのか、ルイーゼは自分でも理解出来なかった。ただ目を見開いて、ユーグの顔が迫ってくるのを呆然と待っている自分がいる。
少し不思議な感覚だ。不思議。いや、違和感。
なにもおかしいことなどない。だって、ルイーゼはユーグと結婚しても良いのだから。なにも問題ない。健全だ。
それなのに、胸の奥で燻っているものがある。
自分でも、わけがわからない。頭の中では、邪魔をするようにポロポロ涙をこぼすエミールの顔が浮かんでは消えていく。どうして、エミール様が出てくるのですか。おかしいでしょう。
関係のない思考を一つひとつ駆逐していくうちに、なんだか、わけがわからなくなってくる。
この状況は、本当に問題ないのかしら?
「駆逐してやりますわぁぁぁああッ!」
吐息が混ざるほど顔が近付いた辺りで、声を上げていた。
ルイーゼはとっさにユーグの腕を掴む。
一瞬後には、思いっきり見事な一本背負いを決めていた。反射的に、木刀を振ってユーグの喉元に切っ先を向ける。我ながら、美しすぎる動作だ。
「ハッ……! わ、わたくしは、なにを!?」
無意識のうちにユーグを投げ飛ばしていたことに気づき、ルイーゼは顔を蒼くした。
俗に言う「イイカンジ」の雰囲気を自らぶち壊しているではないか。いわゆる、フラグクラッシャー状態だ。しかも、技が華麗に決まって優越感に浸っていた。
「痛いじゃなぁい……姐さん、容赦なさすぎ」
「ユ、ユーグ様。申し訳ありません、つい……」
強打した背中と首を押さえて、ユーグが表情を歪める。彼は鈍い動作で身体を起こし、ルイーゼを見上げて笑った。
その表情が、悪戯に失敗した子供のようで、ルイーゼはポカンと口を開ける。
「本当にキスしちゃうところだったわ」
立ち上がりながら、ユーグはクスリと笑う。まるで、本気でキスする気などなかったという言い草だ。
「姐さんが素直で、安心した」
「なんのことでしょう?」
解せぬ。そんな表情を浮かべていたルイーゼに対して、ユーグは肩を竦める。
「殿下のためよ。アルヴィオスの王子様に挑発されて、なにも言い返せなかったみたいだから、私が代わりに婚約者名乗ってみたの」
やはり、そうか。当初の予想が当たっていて、ルイーゼはホッとする。だが、何故最初は否定したのだろう。ルイーゼにまで、嘘をつく必要などないではないか。
「姐さんが、あんまり素直じゃないから、虐めたくなっちゃった」
「はあ?」
ルイーゼが首を傾げる。先日も言っていたが、「素直じゃない」とは、どういう意味なのか。甚だ疑問だった。
「誰となら、キスしても良いと思ったの?」
「え、別に」
ユーグがからかうように笑うので、ルイーゼは素っ気なく返事をする。
別に誰ともキスしたいと思ったことはない。
確かに、先ほどはエミールの顔が浮かんで混乱したが……待て。どうして、エミールの顔だったのだろう。キスならギルバートにも、壁ドンなら男装のミーディアにもされたではないか。
「やっぱり、もう少し虐めておけばよかったわ」
「だから、なんの話ですか」
からかって触れてくるユーグの手を木刀の先で軽く払う。ユーグはベーッと舌を出しながら、払われた手を痛がる素振りを見せる。
「ま、急ぎましょ。早く卵見つけるわよ」
「……納得いきませんが、そうですわね。だいぶ、道草を食ってしま――」
二人が馬に乗ろうとしたとき、遠くから悲鳴のようなものが聞こえる。なにがあったのか。
木々の間に共鳴する女声に、二人は顔を見合わせた。
† † † † † † †
卵を袋におさめながら、ギルバートが笑っている。
決闘がはじまって、五個目の卵獲得だ。
その様子を馬の上で眺めて、ヴァネッサは視線を落とした。
馬上から卵を見つけるのは、至難の業だ。しかし、ギルバートは大して周りを見ていないのに、易々と見つけ出してしまう。
まるで、どこに卵があるのか知っているような動きだ。
ヴァネッサは馬に乗ったまま、ギルバートを待つだけでいい。
自分とルイーゼとの決闘だったはずなのに、なんだか納得がいかなかった。
だが、この異国の王子を利用してやろうという気持ちもある。
ヴァネッサは虚勢を張っているだけだ。なんに実力も伴わない。ルイーゼのように、秀でた部分があるわけではなかった。
平凡で、つまらない。
ただ、負けたくない。意地だけはあった。
「何故、シャリエ公爵令嬢に執着なさるのですか?」
馬の傍まで歩くギルバートに、ヴァネッサは疑問を投げた。
いくら見目や能力が秀でていたとしても、異国の王子が無理に連れ帰ろうとするだろうか。見たところ、懸想しているようには思えない。他に目的があると邪推してしまった。
ヴァネッサの問いに、ギルバートは艶っぽい笑みを浮かべる。
シャツのボタンを数個外した野生的なスタイルも相俟って、妙な色気を醸し出していた。不覚にも、ドキリとしてしまう。
「ルイーゼは俺の切り札になるかもしれないからな」
「切り札?」
ギルバートは意味深に笑うばかりだ。ヴァネッサは眉を寄せるが、それ以上答える気はないらしい。
ギルバートは生卵の入った袋を腰に提げ、馬に戻ろうと歩を進めた。
ふと、木々の葉が揺れる音がする。
刹那、大きな影が枝葉の間から飛び出した。
「きゃっ!?」
野鳥だ。
翼を広げた鳥が間近に迫り、ヴァネッサは思わず悲鳴を上げる。
「おい!」
驚いたヴァネッサに同調したのか、馬が大きく嘶いた。
ヴァネッサは振り落とされまいと、必死で首にしがみつく。すると、馬がますます興奮して狂ったように足踏みし、そのまま走り出してしまった。
「きゃぁぁぁああっ!」
「おい、落ち着け!」
ギルバートが馬を止めようとして走るが、追いつかない。
ヴァネッサは夢中で馬にしがみついていることしか、出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます