第52話

 

 

 

 今日もエントランスで案内を待つ。お決まりの日常。

 案内が現れるのは、決まって遅い。一刻は充分に待たされるのが常だ。


 そんな無駄な時間を過ごしていると、お約束のように、例の令嬢たちに取り囲まれてしまった。

 ヴァネッサ筆頭に並んだ令嬢たちは、ご丁寧に右から緑、黄色、赤、青、ピンクのドレスを纏っている。特撮ヒーローかなにかですか。令嬢戦隊ですか。黄色はカレーが好きなのかしら。


「なんの御用でしょうか」


 ルイーゼは大した反応を示さず、令嬢たちを睨んだ。

 先日、堂々と生卵を投げつけて宣戦布告されたのだ。殺気を返すのが礼儀だろう。ルイーゼは周囲の気温を数度下げる氷刃の視線をチラつかせながら、唇に強かな笑みを描いた。

 令嬢たちはたじろぎ、「ひぃっ」と声を裏返らせている。だが、赤のドレスを纏ったリーダー令嬢ヴァネッサだけが果敢にルイーゼを睨み返した。流石はレッドである。


「ルイーゼ・ジャンヌ・ド・シャリエ! 正々堂々と勝負なさい!」


 ビシッと人差し指を立てて、ヴァネッサが高らかに宣言する。

 だが、ルイーゼはニタリと唇の端を吊り上げてヴァネッサを睨み返してやった。


「正々堂々、ですって?」


 そう言いながら、ルイーゼは傍らに立っていたジャンの足を払って跪かせた。直後、ジャンの背中に生卵がクリティカルヒットする。


「よろしゅうございますッ! もっとでございます、お嬢さまたち! 生卵もクセになって参りました!」


 虚を突いたつもりで投げつけた令嬢(緑)がチッと舌打ちした。


「大方、あなた方のイタズラに、わたくしが屈しないからでしょう?」


 ルイーゼは見透かしたように笑いながら、懐から「物証」を取り出す。その様を見て、流石のヴァネッサも顔色を変えてうろたえてしまった。


「あらぁ、素敵なプレゼントでしたから、大事にしておりますのに」


 ルイーゼは悪魔のような笑みでにっこり笑って、にょろにょろとうごめく物証をヴァネッサに投げつけてやった。


「ひゃっ!」


 ヴァネッサはにょろり動く物証――真っ白な蛇を見て、悲鳴をあげた。

 蛇はチロチロと舌を見せながら、ルイーゼの元へと帰っていく。まるで、魔女の使い魔のようである。


 昨日、馬車の中に仕込まれていた蛇だ。

 暇だったので、軽く調教しておいた。ルイーゼは得意げに蛇を腕に巻きつけながら、鞭をしならせる。


「とても可愛い贈り物ですわ。ポチと名付けさせて頂きました」

「な、なんで、そんなに平気なのですかッ! この悪女!」


 自分たちが仕込んだと白状するようなセリフを吐きながら、ヴァネッサが後すさりする。


 ここ数日、ヴァネッサたちの「イタズラ」が続いていた。

 可愛い贈り物のほかに、頭上から水を撒かれたり、四方八方から生卵が飛んできたりもした。それらは持ち前の勘と運動能力で回避するのは容易だった。

 ドレスが破れるように刃物が仕込まれていたり、馬車に落書きがしてあったりもした。

 刃物は間一髪で気づいたが、流石に馬車への落書きは困った。なにしろ、あの馬車で帰宅すれば、父のシャリエ公爵にルイーゼがイタズラされていることが露見してしまう。大人の介入はルイーゼの美学に反する。

 仕方がないので、ルイーゼが馬車を物理的に破壊して、自分は王宮の厩舎から適当な馬を借りて帰ることにした。我ながら、見事なファインプレーであろう。


「まあ、馬に乗るのは十五年ぶりでしたが」

「なんで、普通の令嬢が平気で馬なんか乗れるんですか! というか、物理的に馬車を破壊って、どうしてそうなったのです!」

「証拠隠滅ですわ。わたくし一人で返り討ちにしたかったので」

「絶対におかしいわ!」


 サラリと解説するルイーゼに対して、ヴァネッサがピシャリと言い放つ。駄目だ。前世首狩り騎士だったとは言えないので、ルイーゼは急いで咳払いと笑顔で誤魔化した。


「ルイーゼにも、よくわかんな~い。てきとーですぅ、キャピッ☆」

「気持ち悪いわよ!」


 気持ち悪い? フランセール人は、男だけではなく、女までルイーゼのブリッ子が理解出来ないというのだろうか。このブリッ子で十五年間、いろんなものを誤魔化してきたというのに!

 少なくとも、シャリエ公爵邸では絶大な効果を持っている。父も兄も、ルイーゼのブリッ子に平伏して、なんでも言うことを聞くのだ。


「お嬢さま、それが通用するのは、旦那さまと兄上さまだけにございますよ……あと、ある意味で陛下も」

「は? なんですって? お黙りなさい!」


 ジャンがぼそっと解説するので、ルイーゼは息をするくらい自然に鞭を打っておく。お約束の流れで、ジャンが仰け反りながら「よろしゅうございますぅぅうう!」と叫んだ。


「と・に・か・く!」


 いつの間にか、ジャンへのお仕置きタイムをはじめようとしたルイーゼの行動を制して、ヴァネッサが声をあげる。

 ルイーゼは少し不機嫌のまま振り返った。肩に巻き付いた蛇のポチがシャーッと威嚇している。


「宣戦布告ですわ。ルイーゼ・ジャンヌ・ド・シャリエ! 決闘を申し込みます!」


 ヴァネッサは騎士のように手袋を脱ぎ棄て、ルイーゼの方に投げつけた。

 決闘。

 決闘、か。そういえば、騎士であった前世では正式な決闘を申し込まれたことはなかった。カゾーランと頻繁に斬り合いをしていた記憶はあるが、あれは決闘とは呼ばない。ほんのお遊びみたいなものだ。


 なんだか、楽しそうですわね!


 ルイーゼは思わず目を輝かせた。決闘という響きに血が滾る。新しいおもちゃを見つけた気分だ。

 大方、どんなイタズラにも動じず、涼しい顔をしているルイーゼに痺れを切らして事を起こしたのだろう。

 しかし、そんなことはどうだっていい。

 挑まれたら、やり返す。負けは絶対に認めない。それがルイーゼの流儀だ。


「よろしい、ならば決闘ですわ!」


 ルイーゼはヴァネッサから投げつけられた手袋を拾い、高らかに宣言した。




 鼻歌を口ずさみながら、ルイーゼはエミールの部屋へと向かった。


「姐さん、また随分と気持ち悪いペットを連れてるわね」


 ユーグに問われて、ルイーゼは適当に「貰ったのですわ」と答えておいた。間違ってはいない。

 ポチはルイーゼの肩に巻きついて、ユーグの方に舌をチロチロと出している。流石に、ユーグは蛇程度では怯えないようだが、あまり気分は良くなさそうだ。こんなに可愛いのに。


「そういえば、最近は変な雌豚ちゃんたちと一緒のことが多いわね」

「ええ、そうですわね。お友達のようなものですわ。今度、決闘致しますの」

「はあ!?」


 決闘と聞いて、ユーグが顔を青くしている。ルイーゼは素知らぬ様子で、禍々しい笑みを唇に刻みつけるのみだ。


「大丈夫ですわ。負けて差し上げるつもりはございません」

「いや、そうじゃなくて。いったい、なんで!?」


 あなたも原因の一つですわよ。と、告げるのも面倒なので、ルイーゼは「さあ?」と答えておく。


 エミールの部屋に着き、ルイーゼは扉をコンコンとノックする。一度、ルイーゼとカゾーランが壊してしまった扉は完全に修繕され、新しいものに取り換えられていた。

 中に入ると、エミールが笑顔でルイーゼを迎えてくれる。


「あ、ルイーゼ!」


 エミールは白い頬を桃色に染めて、満面の笑みを浮かべた。相変わらず、年相応の王子様には見えないが、部屋から一歩も出ない引き籠りだった頃と比べると、見違えるほどだ。顔色も良いし、笑顔も自然に作ることが出来る。

 だが、エミールがルイーゼを見た瞬間。「きゃっ」と、女っぽい声をあげて尻込みする。サファイアの瞳にみるみる涙が溜まっていき、一歩二歩と後すさりしていった。

 そこで、ルイーゼはようやく、エミールがポチに怯えているのだと気づく。


「まあ、エミール様。大丈夫ですわよ。ポチは可愛いペットです。毒もございません。白い蛇は、とても縁起が良いのですわよ」

「え、ふぇ……で、でも……うぅッ」


 ルイーゼは笑顔で近寄って、可愛い可愛いポチをエミールの首に巻きつけようとした。エミールは逃げるが、ルイーゼは有無を言わさぬ視線を投げる。


「素敵な殿方なら、これくらい平気になって当然ですわ」


 適当なことを言いながら、ルイーゼはエミールの首にポチを巻きつける。エミールは涙目になって怯えたが、やがて、「ステキナトノガタ……僕、がんばる……ふじさんふじさんふじさんふじさんふじさん」と棒読みで唱えはじめた。


 さて。

 エミールにポチを預けながら、ルイーゼは思案した。

 せっかく決闘を受けたのだ。準備をしなくては。

 

 

 

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