第53話

 

 

 

 決闘の申し込みを受けて、ルイーゼは早速準備に取りかかることにした。

 なんと言っても、決闘だ。入念な準備が必要だろう。


「やはり、真剣が必要ですわ」

「え……ルイーゼ、今まで本気じゃなかったの?」


 ボソリと呟いた一言に対して、エミールが不安そうな表情を浮かべた。

 彼の肩からは、蛇のポチがシューっと音をたてながら、細長い舌を見せている。どうやら、エミールはポチに慣れたようだ。思いのほか、この王子は順応が早いらしい。


「真剣ですわ……本物の刃物です。いわゆる、刀ですわ」

「カタナ?」

「ちょっと変わった剣です。片刃で、反りがあるのですわ。あと、セットで脇差も!」

「ルイーゼはいろんなこと知ってるんだね。ぼ、僕も……そういうところ、あ、憧れるよ!」


 フラグを叩き潰してから、エミールはなんだか落ち着かない様子でルイーゼを見ることが多い。

 今までと接し方が変わって戸惑っているのだろう。ルイーゼは極力触れないように、目を逸らしてやった。


「うーん」


 決闘には、それなりの装備が必要だ。

 最近のルイーゼは体力が底上げされて、木刀を振り回すのにも余裕が出てきた。そろそろ、鉄の剣を振っても平気な頃合いだろう。

 しかし、決闘まで日がない。今から、鍛冶屋に細かい注文をつけて、自分好みの刀を作ってもらうのは難しい。

 フランセールで一般的に使われている剣に慣れた方が早いか。海賊だった頃は、サーベルで代用していたのだ。無理ではないと思う。


「あ……ありますわ。一本」


 しかし、ルイーゼは閃いた。いいことを閃いた。


 前世で使っていた刀があるではないか。フランセールに一本だけ、こだわり抜いた至高の一本が!


 確か、勝手に「斬鉄剣・改」とか名付けた気がする。お気に入りだ。馬には愛情を注がなかったくせに、刀には阿呆みたいなこだわりを見せていたと思う。流石は脳筋。

 前世の身長に合わせてカスタマイズしたので、ルイーゼには少々長いかもしれないが、まあいいだろう。扱い慣れた武器には違いない。


 けれども、あの刀は今どこにあるのか。

 そもそも、十五年も経って使い物になるのか。錆びていなければいいが……そういえば、前世の遺体はどこかに消えたと、カゾーランが言っていた気がする。刀はどうなったのだろう。


「ねえ、姐さん。それって、たぶん、うちにあるわよ?」


 考えているところに、ユーグが口を挟んだ。ルイーゼはパッと顔をあげ、表情を明るくする。

 ユーグの家……つまり、カゾーランが保管しているということだ。一応、生前それなりの付き合いがあったので、自然な流れではある。


「なんで、あんなものが欲しいの?」


 ユーグに問われて、ルイーゼは困惑した。

 どうして欲しいのか、そもそも、何故知っているのかという話になると、ややこしい。


「む、昔聞いたのですわ。あの剣は竜を倒した幻の剣なのだと!」

「なんか白々しいわね。私には、ただの古い剣にしか見えないけど」


 ユーグが訝しげな視線で睨んでくる。

 どうやら、彼はあの刀がどういうものか知っているわけではないらしい。前世との関わりを詮索されることがなさそうなので、ルイーゼは、ひとまずホッとした。

 カゾーランがなにも言っていないのだろう。ユーグとは幼い頃に少し関わっていたが、流石に武器まで覚えていないようだ。よかった。


「とにかく、その剣。譲って頂けないでしょうか?」

「いいんじゃないかしら。今は、母上が愛用してるけど」

「は?」


 ユーグの母親――カゾーラン伯爵夫人とは、あまり面識がない。確か、何度か会った印象では、合法ロリげふんげふん、歳の割に幼く見える可愛い人だったと思う。

 カゾーラン夫人が、いったいなんのために刀を使っているというのですか?


「とりあえず、取りに行ってみる?」


 ルイーゼは不安に思いつつ、頷いた。

 エミールがポチを頭に巻きつけながら、「ぼ、僕も!」と言っている。大所帯になるが、エミールを部屋に一人放置するのも憚れるので、構わないか。




 ということで、エミールとユーグを引き連れて、カゾーラン邸を訪問することになった。

 全ては、決闘に備えて刀を手に入れるためだ。


 カゾーランの邸宅は前世で何度か訪れたが、場所が変わったらしい。十五年も経てば、当然か。

 昔は貴族にしては少し狭い市街地の館に住んでいたが、今は郊外に広々とした邸宅を構えている。

 主であるカゾーランも、息子のユーグも仕事の都合で頻繁に帰宅しないので、通勤の利便性をあまり考えなくなったらしい。


 邸宅に着くと、客間へ通された。

 シャリエ公爵邸に比べると華美な装飾は少なく、実に落ち着く。壁紙は概ね淡い色合いで揃っている。調度品もシンプルだが、良質のものばかりだとわかった。


「ちょっと待っててね。姐さん、殿下。やっぱり、母上が持ってるみたい」


 使用人に刀の所在を聞いて、ユーグが笑う。とても爽やかで実に優男風な笑顔だが、中身はれっきとしたオネェである。


「ね、ねぇ。ルイーゼ……決闘って、なにするの?」


 エミールは他人の家で緊張していたが、ようやく声を発する。少し震えているが、見知ったルイーゼやユーグがいるので、比較的安心しているようだ。

 エミールの頭の上では、ポチがとぐろを巻いてリラックスしている。白いのでソフトクリームみたいだと思ってしまった。


「決闘は、そうですわね。言うなれば、誇りと誇りを賭けた勝負です。絶対に譲れない戦いが、そこにはあるのですわ。一度、やってみたかったのです」

「そのために、必要な剣なの? すごいの?」

「そう……ですわね」


 期待の眼差しを向けられ、ルイーゼは口籠った。

 あなたのお母様の首を落とした刀ですわ。とは、口が裂けても言えない。それ以前に、かなりの血を吸っているし、漫画の世界なら妖刀化していてもおかしくないだろう。

 死者の怨念を纏った黒い曰くつきの刀。ここから、週刊少年ナントカのような展開があってもおかしくはない。


「失礼します」


 扉が開き、落ち着いた声がする。


「ああ、母上。お久しぶりです」

「まあ、久しぶりね。ユーグ、お仕事は頑張っているの?」


 ユーグが嬉しそうに笑って立ち上がり、入室した人物を迎え入れた。


 柔らかな亜麻色の髪を結いあげた貴婦人だった。

 カゾーラン伯爵夫人リュシアンヌは、ルイーゼの記憶にある人物と、あまり変わっていない印象を受けた。

 歳はそろそろ四十手前のはずだが、ずっと若く見える。昔から、実年齢より若く見えていたが、ここまで来ると美魔女だろう。少女のように瑞々しくハリのある肌や、細身の体型は女性の憧れかもしれない。


 だが、彼女が抱えたもの――前世の愛刀、いや、愛刀だったっぽいものを見て、ルイーゼは顔を引き攣らせた。


 幾多もの血を吸い、数多もの首を刎ねた曰くつきの刀。妖刀化していないか、若干不安だった刀。黒いオーラを纏っている――はずだった刀。

 記憶が正しければ、鞘も柄も黒で統一していたはずだ。鍔には竜を刻んでいたが、鞘には「Claudeクロード・ Aubinオーバン」と自分の名前しか入れていなかった、はず。はーずーでーすーわーよーねー!?


「お話は聞きましたわ。このヘンテコな剣が欲しいのですってね?」

「い、いや、ヘンテコにした覚えはなくってよ!?」


 元々の姿など見る影もなくなった刀を見て、ルイーゼは思わず叫んだ。

 鞘は淡いピンクに塗り替えられ、パステルカラーを基調とした色とりどりの柄糸が巻きつけられている。最高にカッコイイと思っていた鍔も取り替えられ、レイピアの持ち手のようになっていた。ご丁寧に、大きな赤いリボンがプレゼントのように巻かれている。

 え。アレ、本当に刀なのかしら? わたくしの……刀!? 嘘にございましょう!?

 後ろでエミールが、「わあ、それが凄い剣なの!? 竜も倒せるの!?」と、感激の声をあげている。


「エリックが使わずに置いていたから、勿体無いと思って。可愛くしてみましたの」

「どうして、そんなものを可愛くしようと思ったのですかっ」

「だって……エリックの槍は触ったら怒られるんですもの」

「当り前ですわ!」


 ルイーゼの怒涛のツッコミに対して、リュシアンヌは平然と返す。彼女は刀の柄を持って笑うと、鞘に入ったまま軽く回してみせた。非常に危ない。鞘から抜けたら、どうする気だ。そもそも、軽々と回せる重量ではないはずだが。


「この長さ。いいのですわ。ほら、あたくし小さいでしょう? 高いところに、手が届かなくって。あと、ちょっと服を掛けておくのに、便利なのですわ。たまに、お庭のお手入れにも使います。園芸が趣味なので」

「使い方を間違えていますわよ!?」


 因みに、小枝を落としたり、芝を切り揃えたりするのに、最適なのだそうだ。刃物としての使い道があってよかった。などとは、思わない。あんまりだ!


 だいたい、妻がこんな危ない代物を持っていて、カゾーランはなにも言わないのだろうか。刃渡り九〇センチを越えた刃物など、どう考えても危ない。素人が無暗に振れば、自分の足を斬ってしまうことだってあるのに。修学旅行で学生が遊びで買う模造刀などとは、ワケが違う。


「だってね。この剣を振ってエリックを叱ると、とても大人しくなりますのよ。急に泣き出して、頼むからソレは仕舞ってくれと……その日は、たいていうなされているのですわ」

「それ、たぶんトラウマ抉っているだけですから! 可哀想だから、やめてあげてください。DVですわよ!?」

「でぃーぶい?」

「とにかく、普通のご婦人が扱うには、危ないと思われますわ。わたくしに、譲ってくださいませ!」

「大丈夫です。あたくしも≪天馬≫の妻。嗜む程度の筋肉なら、ございます」


 そう言いながら、リュシアンヌはドレスの袖をまくってみせる。

 宣言するだけのことはあり、貴婦人にしては見事な上腕筋と前腕筋がムクッと盛りあがった。筋肉隆々と言うよりは、グラマラスな映画女優みたいで美しい。

 羨ましい。ルイーゼも、あのくらい美しくしなやか筋肉が欲しい。流石は、カゾーランの妻!

 エミールが後ろで、「やっぱり、みんな強いんだね……ぼ、僕も頑張らないと!」と、意気込むのが聞こえた。


「夫が帰宅したら、二人で腕立て伏せしますのよ」


 なるほど。そんな夫婦の営み(筋肉)をしているのか。この夫婦の元で育って、どうして、ユーグがオネェになったのか知りたいところだが!


「でも、困りましたわね。あたくし、このヘンテコな剣の使い勝手は結構気に入っていますのに」

「でも、元々それはわたくしの刀げふんげふん、いえ、わたくしはその剣が欲しいのですわ。どうか、譲ってくださいませ!」


 ルイーゼは頼むが、リュシアンヌはあまり良い顔をしていない。くだらない使い道しかないように思われるが、彼女にとっては死活問題らしい。

 だが、しばらくして、リュシアンヌは閃いたように表情を明るくした。


「そういえば、一緒に小さい剣もついていたので、そちらをお譲りしましょう」


 脇差のことだ。確か、刀と同じく黒で統一したカッコイイデザインだったと思う……魔改造されていなければ。


「では、そちらをくださいな!」


 考えてみれば、ルイーゼは前世のように上背があるわけではないので、一メートル近い刀を振りまわすのは少々難儀しそうだ。

 やや短くて物足りないが、脇差なら比較的軽いのでルイーゼにも持ちやすい。


 リュシアンヌは使用人に、脇差を持ってくるよう声をかける。

 そのとき、「プチ・エクスカリバーちゃんを持ってきてください」と言っているのが聞こえてしまう。

 どうやら、元ルイーゼの刀だったものは、「エクスカリバーちゃん」と呼ばれているらしい。妖刀どころか、聖剣の名前がついていた。いろいろ、どうしてそうなった。

 しかし、リュシアンヌは「プチ・エクスカリバーちゃん」には、興味がないらしい。ということは、脇差には変な乙女風デコレーションはされていない可能性もある。


「お待たせしました」


 使用人が木箱に入った脇差を持ってくる。

 これは、使われずに仕舞われていたということだ。ルイーゼは、ようやくマトモな姿の愛刀を見ることが出来ると、安堵した。


 だが、木箱の中を見て、ルイーゼの期待は消し飛んだ。


「あ、はい。デスヨネ」


 鞘が、赤い。柄糸も、赤い。

 柄の先には得体の知れない球体がくっついている。お伽噺で魔法使いが振る杖の先のようになっていると気づき、ルイーゼは苦笑いした。

 鞘には彫刻刀のようなもので、細かい模様が刻み込まれており、全体的に乙女度の高い仕上がりになっていた。花の形を模した輝石がキラキラと嵌めこまれている様など、まさに少女が好みそうだ。

 エクスカリバーというより、魔法少女の杖?


「あら、懐かしい。私が昔遊んだのよ、それ」


 呆然とするルイーゼの横から、ユーグが指差して笑う。彼は身体をクネクネくねらせて、「懐かしいわね」と微笑んでいる。


 犯人は貴様か!


 この家の刃物の管理は、いったいどうなっているのだろう。ルイーゼは多大なる不安を抱えながら、魔法少女の杖と化した「プチ・エクスカリバーちゃん」を持って帰るのだった。


「よかったね、ルイーゼ!」

「よくありませんわ!」


 白い蛇を首に巻き付けたエミールだけが、嬉しそうに笑う。

 

 

 

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