第4章 引き籠り争奪戦!
第49話
長い回廊を、進んでいくのですわ。
冷たい大理石に足音が反響して、幾重にも木霊しています。耳心地良く、けれど、居心地の悪い音です。「わたくし」には、子守唄のようにも、葬送曲のようにも聞こえました。
不思議な音色。
また夢を見ているのですわ。「わたくし」は不思議と、ここが夢の世界だと理解していました。近いようで、遠いところにある夢の世界。
湧き上がる夢の
足取りは重いようで軽いものでした。足元に纏わりつく衣服の感触と、無駄に高い音を立てる靴が煩わしく思えます。気持ちばかりが急いてしまうのですわ。
やがて、回廊の先に扉を見つけました。
よく知らない。しかし、「わたくし」は、その扉をよく知っています。そう、「わたくし」はこの扉の向こうになにがあるのか、知っているの。
扉に手をかざすと、鍵がかかっておりました。当然でしょう。
でも、大丈夫。「わたくし」は予測していたように、右手に持っていた鍵を穴に挿し込みます。こっそりと、持ち出したのですわ。自分でも、用意周到だと感心しております。自画自賛すべきでしょう。
扉を開けると、そこは闇。
ただ一つの石を安置するためだけに造られた小部屋です。
闇の中で光を放つ石を、「わたくし」は見つめました。
百合の模様が刻まれた銀の土台に嵌められているのは、大きな宝珠。透明感があり、海のように波打つ蒼を湛えています。不思議な輝きでした。まるで、水面のような、されど、深海にも見える形容し難い色です。
誰もが魅入られてしまう美しい宝珠。
しかし、今の「わたくし」には、その輝きが酷く忌々しいものに思えました。
この、頭に語りかけるような揺らめきを持つ美しさ。否応なしに惹きつけられる引力をはらんだ麗しさ。
魂ごと呑み込まれそうなくらい禍々しい。でも、手にせずにはいられない。人の欲につけこむおぞましさを感じます。
魔性の光であると、「わたくし」は全身で感じました。
ゆっくり、しっかりとした足取りで、「わたくし」は部屋の中へ進んでいきます。
闇の中で輝く波打つ蒼へと、「わたくし」は手を伸ばしました。
覚悟は出来ております。
たぶん、彼は「わたくし」の決断を酷く嘆くのでしょうね。迷惑をかけてしまうと思います。
でもね、きっと、わかってくれるはずです。彼はそう言う人だから。
幾度となく死に、幾度となく訪れた人生。その中で、「わたくし」は初めて愛を知りました。そして、同志と心を通わせる歓びに出会うことも出来ました。
だから、「わたくし」はこの命を使おうと思うの。
もしも、また巡り会うことがあったなら――いいえ。来世はきっと、その子の未来があるのですわ。「わたくし」がそうであったように。
でも、伝えておいてもよかったかもしれませんね。
「わたくし」は――。
† † † † † † †
白昼夢――?
馬車の中でいつの間にか眠ってしまっていたのだと気づく。
ルイーゼは未だまどろみの中にある意識を手繰り寄せながら、緩慢な動作で周囲を見た。
ベロア素材の座席は居心地良く、寝入ってしまうには充分だった。王都の馬車道はよく整備されているので、振動もそこまで激しくない。つまり、ゆりかごのようなものである。
ジャンが馭者を務めているため、車内には誰もいない。唇の端から垂れていた無様な涎をハンカチで拭きとって、ルイーゼは深呼吸した。
妙に生々しい、まるで自分が体験したかのような夢。
最近、何故だか似たような夢を見るようになった。最初は吐き気がしたが、慣れてきたか。すぐに呼吸が整うようになった。
先ほどの夢も、前世の記憶なのだろうか。
前世の自分が人魚の宝珠を盗む夢、か。
正直、あの長い回廊にも、暗い小部屋にも見覚えはない。王宮のどこかかもしれないが、どうやって行けばいいのか、ルイーゼには思いつかなかった。
だが。
「ふふ……ふふふ……!」
花弁のような唇に似つかわしくない不気味な笑声が漏れる。例えるなら、勝ち誇りすぎて踊り狂う新世界の神のような心持ちだ。殺人ノートを手にしながら、ゲス顔で「計画通り!」と叫びたい気分だった。
「あーはっはっはっはっはっはっ! おほほほほほほほほほほほほほほ! おーほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ! ふふ……ふはははははははははははははははははは!」
高笑いが、やめられない止まらない某えびせん♪ ルイーゼは扇子でパタパタと煽ぎながら、狂ったように笑声をあげ続けた。最後には、魔王のような笑い方になっていたと自覚する。
第三者から見れば、少し不気味というか気持ちが悪いかもしれない。しかし、ここにはルイーゼしかいないので、構うことはないだろう。
人魚の宝珠を盗んだのが、王妃様? はあ? 寝言は寝てから言って欲しいものですわ!
ミーディアに告げられた言葉を全否定して、ルイーゼは鼻を鳴らした。
たった今見た夢は、たぶん前世の記憶だ。そう、前世でルイーゼは人魚の宝珠を盗んでいた。あれは、きっと、その瞬間の記憶だ。
勝ったのだ。
ルイーゼの前世は悪党だ。どうしようもないクズ野郎だ。なんだかよくわからない野心に取り憑かれて悪党落ちしたダメ人間なのだ。ああ、なんて小物! でも、ありがとうございます!
おめでとう、わたくし! 最初から、フラグなど立っていなかったのですわ。悪いことをしたから、バッドエンドを迎えたのです。単純明快。とても簡単な話なのですわ!
気分が良かった。
どうしようもなく気分の良い夢だった。多少の不可解は残るが、些細なことだ。これは、いわゆる最高にハイってヤツですわ!
やがて、馬車が動きを止める。
王宮へ着いたのだ。これから、エミールに普段通り教育をしなくてはならない。もう日常となった流れだ。
「お嬢さま、先ほどは如何されましたか? お困りなら、このジャンをお使いください!」
馬車を降りるルイーゼにジャンが手を差し出す。ルイーゼは当然のようにその手を取った。どうやら、馭者のジャンには高笑いが聞こえていたようだ。
「少し良い夢を見ましたの。ふふふ……とても、気分が良くてよ」
物欲しげに跪く準備をしていたジャンを無視して進む。
てっきり、鞭をもらえるものと思っていたのか、ジャンは酷く落胆した表情を浮かべると、すがるようにルイーゼの前に寝そべった。
「よろしゅうございませんっ。気分が良くても、ジャンは殴って欲しゅうございます!」
「あなた、だんだん趣旨がおかしくなっていましてよ?」
最初は、ルイーゼのストレス発散のために鞭打たれていたはずだが……最早関係ないらしい。
ルイーゼは無視してしまおうかと思ったが、今はすこぶる気分が良い。そう、す・こ・ぶ・る気分が良い。
ご褒美のつもりで、寝そべるジャンを踏んで歩いてやった。
勿論、ヒールをグリグリ捻じ込み、脇に蹴りを一発お見舞いすることを忘れない。顔も石敷きの地面にガンガン打ちつける。
ジャンが呻き声を上げながら身体を起こすのを見計らって、側頭部に容赦ない回し蹴りも入れてやった。ジャンの身体は面白いくらい仰け反って、地面をころころ転がっていく。
「よろしゅうございます、それでこそお嬢さま!」
「……わたくしのイメージは、なんなのかしら」
品行方正、深窓の公爵令嬢とはかけ離れたイメージを持たれている気がして、ルイーゼは唇を尖らせる。そして、当然のように、ジャンの腹に向けて鞭を振り降ろした。
「はぁぁぁあああんッ! お嬢さま、よろしゅうございますぅぅううッ!」
「テンプレですわね」
これだけ殴ったというのに、ジャンは平気な顔で言い放つのだから、タフどころの話ではない。ゴキブリかなにかだろうか。
「よろしゅうございます、よろしゅうございますよ! その虫を見るかのような目。大変よろしゅうございます、お嬢さま!」
「あなたって、どうやったら死ぬのかしら、と考えていたのですわ」
「ジャンはどこまでもお嬢さまにお仕えしますッ! 不死身にございます! この身が果てようとも、お嬢さまの健全なお仕置きを求めてお傍に居続けます!」
「逆に怖くてよ!?」
まあ、いい。
今日のルイーゼは気分が良いのだから。
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