第17話
前世の記憶なんて、割と薄ぼんやりとしているものだ。
かつての自分はこうやって生きていたけれど、それはそれ。他人の人生を眺めているのと同じ気分だ。小説や、戯曲のような。
その記憶に対して感情移入をしたり、気の毒に思ったりすることはあるが、所詮は他人事。
感情に関しては特にアッサリしているというか、抜け落ちている部分もある。
しかし、出来事は違う。思い出そうと思えば、細かすぎない限りはだいたい覚えているものだ。
ましてや、自分が死ぬことになった原因などは、鮮明に覚えている。一番目の前世に遡っても思い出せる。
けれども、ルイーゼには思い出せない。
七番目の前世で、どうして、自分が死ぬことになったのか、思い出せずにいた。いや、死んだときの状況すら、全然覚えていない。
今思えば、王妃を殺したとか、串刺しになって死んだとか、現世に生まれてから伝え聞いた内容と混同している部分が多いことに気づく。
「わたくしは……どうして、自分が死んだのか、はっきりと覚えていないのですわ」
正直なことを述べると、カゾーランは低く唸った。
「覚えていないなどと言うことが、あるのだろうか? このカゾーラン、前世の死因は全て覚えておるぞ」
「ええ、わたくしも六番目までの前世の死因ははっきりと覚えております。でも、今を思えば、七番目だけはぼんやりとしているというか……記憶が抜け落ちているのですわ。どうして、
これは前世の恥ずかしい記憶として封印しておきたいが、自分は王妃に片恋慕していたようだ。それは間違いない。覚えている。
そのせいで、息子のエミールを見ると、妙に捨て置けなくなる気持ちになってしまうのも、事実だった。
まさか、前世のわたくしは片想いに狂って無理心中を?
わたくしの前世、そこまでアホの脳筋だったというのかしら?
六回も悪党の人生を経験しながら、好きな女のために無理心中? 三流小説かなにかですか!
冗談じゃありません! 恋愛脳すぎます!
なんだか、最近、前世の自分を馬鹿にしすぎている気がするが、知ったことではない。アホはアホだし、意味不明は意味不明だ。
「そうか、やはりな」
「やはり、とは?」
カゾーランは意味深に息を吐いて、紅茶のカップを持ち上げる。心なしか、ティーカップがミニチュアサイズに見えた。
「あの件は妙なことしかなかったのだ。このカゾーランが駆けつけたときには、王妃様は既に殺害されておった。そして、王妃様の首を持ったクロードが立っておったのだ」
「生々しいお話ですわね。でも、覚えがなくてよ」
状況を聞いても、イマイチ思い出せなかった。やはり、自分の記憶が抜け落ちていると、ルイーゼは確信する。
「私はクロードを糾弾し、槍を放った。クロードなら、当然避けると考えていたし、その一撃で殺すつもりなどなかった。だが、クロードは槍を避けようともしなかった。そして、槍に貫かれた身体はそのまま窓の外へと転落したのである」
状況を考えるに、やはり、無理心中しようとした気がしてならない。
しかし、ルイーゼには、その説もピンと来なかった。果たして、前世の自分は、そこまでアホだったのかと。
「しかし、窓の下にクロードの遺体はなかった。クロードの遺体は、盗まれた人魚の宝珠と共に行方がわからなくなってしまったのだ。あの傷では生きているとは考え難かったが、どうも不可解でならぬ」
「あら、人魚の宝珠は取り戻されたと、教育係の夫人が教えてくださいましたわよ」
「裏切り者の生死が曖昧な上に、宝珠も見つかっていないとなれば、混乱を招くことになる。陛下のご指示である」
「なるほど。賢明な判断ですわ」
生死不明と言っても、ルイーゼが生まれている以上、クロード・オーバンは死んでいるはずだ。
しかし、遺体と宝珠が消えているのは引っ掛かる。
「あの事件には、黒幕がいるのではないかと、カゾーランは考えておる。クロードは、嵌められたのではないか?」
「わたくしに聞かれましても……でも、何者かが宝珠を回収した可能性はありますわよね」
ルイーゼは紅茶を口に運び、思案した。
何者かが宝珠と一緒に遺体を持ち去ったのなら、説明がつく気もする。策に嵌まったのだとしたら、不可解な行動も合点がいく。
問題は、その目的か。
当時の王宮はお世辞にも安全とは言えなかった。
戦争状態であった他国の間諜が蔓延り、王位簒奪を狙う輩も少なからずいた。国王に即位して数年しか経っていなかったアンリは、常に命を狙われていたと言ってもいい。
だが、人魚の宝珠を目的とした犯行というのが引っ掛かる。
確かに、人魚の宝珠はフランセールの秘宝であり、美しい宝石だ。魔力を宿しており、所有者の魂を永遠のものにすると言われている。
ルイーゼも前世で目にしたが、美しい宝だった。澄み渡るような透明度でありながら、中で波打つにように外界の光が反射する不思議な輝きを持っていた。
しかし、それだけだ。魔力があるなど、伝承のようなものだろう。
あれを手に入れるために、そんなに込み入った事件を起こす必要があるだろうか。
「どうだ、ルイーゼ嬢。前世の濡れ衣を晴らすために、協力せぬか?」
「お断りしますわ」
協力を仰ぐカゾーランの言葉を、ルイーゼはバッサリ斬り捨てた。
「わたくし、前世の汚名など、どうでもいいのですわ。七回も悪党を経験していますもの。もう慣れております。それに……前世のわたくしは悪党でなければ困るのです。嵌められた? 冗談ではありません。なにも悪いことをしていないのに刺されて死んだなんて事実を突きつけられたら、わたくし、どうすればいいと!? 現世でバッドエンドを回避している意味は、なんなのですか!」
そうだ。困る。前世は大悪党でなければ、ルイーゼが困るのだ!
前世の自分は絶対悪い奴だ。そうに違いない。もう心中でもなんでもいい。なにかの野心に取り憑かれて、勝手に死んだのだ。きっと、そうに違いない。
不可解? 知った事ではございませんわ!
「今はエミール様の教育係を全うしとうございます」
「ぬう。宝珠を見つければ、陛下はきっと褒美を出してくださるぞ。王宮でも、意見を取り立ててもらえるだろう。現世でも、悪い話ではあるまい」
「それでも、でございます。わたくしには、関係ありません。絶対の絶対に、前世は大悪党に決まっております! そんなことより、先日の襲撃の件はどうなっていまして? 当然、間者の口は割らせたのでしょうね?」
ルイーゼは、妙な野心を持たないと決めたのだ。そんな活躍をして、政治を握れるようになってみろ。あっという間に、バッドエンドフラグが立つ気がする。誘惑になど、負けない。
「襲撃者の目星はついておる。だが、どうにも、裏があるように思えてな。しばらく、泳がせておるところだ」
「そうですか、相変わらず、仕事はきっちりされますのね。素晴らしい筋肉を手に入れても、完全な脳筋になり下がったわけではなくて、安心しましたわ」
「当然のことよ。誰かのせいで守護騎士の片割れが十五年も空位なのだ。仕事が二倍になって、心休まる日がなくなったわ。胃がねじ切れるかと思ったぞ」
「……間接的に、わたくしのせいだと言われている気がしますが」
「紛れもなく」
あ、はい。そうですか。
ルイーゼは軽く流しておくことにした。
泳がせているということは、まだ捕まえてはいないということだ。手は打っていると言っているが、油断は出来ない。
やはり、女子力(物理)を上げる必要がありそうですわね。今後の方針が決まり、ルイーゼは密かな闘志を燃やした。
せいぜい、今後の地味にハッピーエンドを目指すプランに支障がない程度に鍛えよう。
ルイーゼは前世の悪党否定説に不安を覚えながらも、今後についてプランを、きっちり頭に組み立てた。
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