第12話
良いお茶会の場所をセッティング出来た。
ルイーゼはホクホクとした面持ちでエミールの部屋へ向かった。
本当は筋肉美の壮年を眺めながらのお茶が良いのだが、我慢だ。それに、先ほど覗いてみたら、もういなくなっていた。実に残念。
「おお、そこにおられるのは、シャリエ公のご令嬢ですな」
エミールの部屋へ急いでいると、回廊の向こうから声をかけられる。ルイーゼは半ば煩わしく思いながら、振り返る。
「あら、フランク王弟殿下ではございませんか。ごきげんよう。では、失礼致します」
ルイーゼは用意された台本を読み上げるようにサラッと述べて一礼する。だが、フランクは食い下がるように、ルイーゼの隣へ歩み寄った。
「今日はエミール殿下と一緒ではないのですかな?」
「これから、殿下を連れて西の庭でお茶会しますの。只今、呼びに行くところなので、失礼致しますわ」
「そう、急がなくとも……」
「ごきげんよう」
なんとも言えない頭皮と影の薄さ。不憫ですわね。
相手をすると時間を無駄にする気がしてしまう。若い頃の時間が如何に貴重か、七回の人生で実感済みである。ということで、華麗にスルーしてみた。
王弟殿下? まあ、国王陛下はまだまだ健在のようだし、媚びへつらう必要はないと思いますわ。
むしろ、エミールを徹底的に鍛えて、ゆくゆくは女宰相の座を狙った方が――おっと、いけませんわ。前世の癖で野心が湧いて参りました。いけません、いけません。現世はのんびりハッピースローライフを狙っているのですから。
とりあえず、外の世界に慣れてもらうところからはじめよう。
そのうち、ルイーゼのプロデュースで社交界デビューさせて、貴族たちの賞賛を集めるのだ。
そして、最終的に、エミールをルイーゼの傀儡にして権力を――だーかーらー、野心を持つ癖を忘れましょう。はい、忘れました!
「お嬢さま、よろしゅうございますよ」
ルイーゼのストレスが溜まっていると思ったのか、ジャンがサッと鞭を差し出してくれる。
ストレスではなく煩悩のようなものだったのだが、まあ、いい。ルイーゼは軽く一振りしておいた。
「はあ、はあ……よろしゅうございますッ!」
ジャンも嬉しそうなので、やはり、これは健全なるストレス解消法。もとい、煩悩退散法であると確信した。
「殿下、お茶会の準備が出来ましたわよ。ご支度はお済みですか?」
ルイーゼは声をかけながら、エミールの部屋を叩いた。そして、返事を待たずに入室する。
エミールの許可や、扉が開くのを待っていたら、物凄く時間がかかってしまうので、最近はこうしていた。
「きっと、殿下も気に入る素敵なお庭――殿下?」
カーテンがしっかりと閉められた薄暗い部屋。その片隅で丸くなる王子エミールの姿を見て、ルイーゼは唇が引き攣った。
いや、予想はしていた。想定内だ。
だが、想定内の中でも、割とアウトサイドへと剛速球を投げられた気分だった。
「ルイーゼ? うう、もう来たの? もう少し待ってよ、心の準備が……」
「いいえ、わたくしには、準備万端すぎて有り余ったやる気に満ち溢れているように感じられますわ」
うん、意味がわからない。
こちらを振り返るエミールの顔には、分厚い仮面がつけられていた。しかも、このフランセール王国では見ないタイプの禍々しいデザインだ。
前世の知識を総動員して例えるなら、インディアンとアボリジニとメタルスライムを足して五で割ったところに、マトリョーシカと市松人形をブッ込んだ感じだろうか。
おまけに、手には真っ赤に塗られた藁人形や、短い石槍まで持っている。
まじないグッズの類は全て処分したはずだ。恐らく、どこかに隠していたのだろう。
「殿下……その格好で、王宮を歩くおつもりですか?」
「だ、だって、前髪を切ってしまったから、視界が妙に明るくて……見てよ、この人形は不幸を肩代わりしてくれる身代わりなんだ。あ、あと、こっちの槍は護身用……首狩り騎士が来ても、串刺しに出来るから!」
もう二度と串刺しは御免ですけど!?
「とにかく、殿下。それでは、不審者として近衛兵に捕まってしまいますよ。せめて、そのグロテスクな仮面と槍は置いていきませんか?」
「無理、イヤだ! 眩しい!」
この王子は引き籠りの他に駄々捏ねスキルまで持っていて、割と普通に面倒くさい。
首狩り騎士の代わりに、もうサクッと串刺しにしてしまおうかしら。いいえ、それではバッドエンド確実になってしまいますわ。
ルイーゼが思案していると、ジャンが音もなく部屋の中へと入ってきた。そして、懐から取り出したものをルイーゼに見せる。
「はい?」
黒染めの細長い布であった。おまけに、先日の手錠付き鎖もある。
「よろしゅうございますよ、お嬢さま」
「いや、だから、鎖はよろしくないでしょう!? あと、その布はなんですか!?」
「目隠し用の布でございます、お嬢さま。これで、光が目に入ることはございません」
「ルイーゼの執事は頭が切れるんだね!」
「わたくしの執事のなにを見て、切れ者だと判断なさったのでしょう!?」
エミールは安心したように仮面をとり、ジャンから目隠し布を受け取っている。今日は鎖についた手錠も嵌めた。
「こ、これなら、たぶん、大丈夫……ルイーゼ、お願いだから手を離さないでくれる?」
不安げだが、少しだけ自信を持った声で言われ、ルイーゼは表情が失せるのを感じた。
いや、やる気を出してくれるのは、とてもいい。良い傾向だ。初対面のときよりも、成長していると褒めるべきだろう。
でも、この絵面は、どう考えてもアウトですわ!
ルイーゼはそっとハンカチを取り出して、手錠が嵌まったエミールの手にかけてやった。絹のハンカチはエミールの手錠を隠すのにちょうどいい。
これはこれで、容疑者Eみたいだが、目隠し拘束プレイよりはマシだと思う。うん、そう思おう。
なんだかんだと無駄なくだりが多かった気がする。
しかし、ようやくルイーゼはエミールをお茶会に連行、いや、連れ出すことに成功した。
ルイーゼはビクビク震えるエミールの手を握り、慎重に誘導する。
途中で貴婦人たちが奇怪なものを見る目で驚いていたが、「まあ、引き籠り姫のしつけなら、仕方ありませんわね」と、意味不明な納得のされ方をしてしまった。
「さあ、殿下。着きましたわよ」
あらかじめお茶会セットを用意した場所へと辿り着き、ルイーゼはエミールの目隠しを外した。流石に、目隠しのままではお茶会は楽しめない。
「うっ……目にしみる」
エミールは突然現れた光に戸惑い、目を擦った。だが、やがて、陽射しに慣れたのか、サファイアのような瞳を見開いていく。
「わあ」
現れた景色に、エミールは感嘆の声を上げた。
麗らかな春の陽射しに満ちた庭園に、
古代風を模した柱や壁に伝って広がるピンクや白が美しくも、可憐で慎ましい。薔薇のような豪華さはないものの、まるで花畑にいるかのような心地になる。
ここはエミールの部屋からは見えない庭だ。初めて見る光景に、エミールはしばらく、瞬きすらしなかった。
「外の世界は、こんなに美しいのですよ。殿下」
ルイーゼはさりげなく手錠を外しながら、エミールに語りかける。
エミールは口ごもっていたが、やがて、「そうだね……」と呟いた。
「殿下の部屋よりも、王宮は広くて素晴らしいですよ。それでも、フランセールの国土に比べたら、微々たる大きさにございましょう。そして、この大陸、いいえ、世界は、フランセールよりも更に広いのです」
ルイーゼはこの世界に転生してから四度目の人生だが、実に広いことを知っている。
商人として、広い砂漠を旅して渡った。海賊として、七つの海を股にかけた。騎士として、このフランセール中を駆け回った。
それらの記憶と照らし合わせると、この王宮など、本当に小さな箱庭のように思えるのだ。
「そんな世界に生きていらっしゃるのに、ご自分の部屋に籠られてばかりでは、勿体ないとは思いませんか?」
「そう、かな……うん、そう思う……でも」
「ここに咲いている花にも、花言葉がございます。意味は『臆病な心』。でも、他の意味もあるのです。『燃える恋』、『一筋』、そして、『忍耐』。芝桜は耐え忍ぶ花なのですわ」
一つひとつの花は非常に小さく、臆病に見える。
しかし、集まれば大輪の薔薇にも劣らぬ美しさを見せる。そして、このような美しい庭を作るのだ。
「殿下もいつか、誰にも劣らぬ花になりあそばせ」
ルイーゼの言葉が効いたのか、エミールは黙って目を伏せていた。
太陽を怖がる様子はない。それよりも、目の前の庭と、心に落ちた言葉を噛みしめているのだ。
ふふ。ふふふ。
おーっほっほっほっほっ!
やりましたわ。その気にさせてみましたわ! ルイーゼは高笑いしたくなる気持ちを穏やかな笑みで覆い隠した。
詐欺師のときに学んだ花言葉戦法。
女性を騙すときは、甘い言葉で惹きつけるのが定石だ。ときどき、男装して恋人詐欺も働いていたのが功を奏した。女性に対する口説きのセオリーを男に使うのはどうかと思ったが、構うものか。女々しいから大丈夫だ。
このまま社交界デビューさせて、ゆくゆくは傀儡王に……ああ、ダメ。ダメですわ。一つミッションを達成したら、野心が! 野心を持っては、ダメ! またバッドエンドフラグが立ってしまいます!
いじめっ子⇒小悪魔⇒詐欺師⇒ヤクザ⇒大商人⇒伝説の大海賊⇒王族の守護騎士。
過去七回の人生を振り返ると、転生するたびにランクアップしていると思う。ここに「真の支配者」などという職業を追加すると、確実にバッドエンドを辿る気がする。なんだか、とてつもなく悪党臭がする!
現世では、ランクアップを目指さず、慎ましやかに暮らすのだ。一介の公爵令嬢として、地味なハッピーエンドを終えてやる。
野心と高笑いを封印しつつ、ルイーゼはエミールをお茶会の席へと
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