爪先までかじかむ冬のある日、悪友の英二とふざけながら街を歩いていると、母親が勤務する大型スーパーの近くをとおりかかった。

「なあ、いまからやろうぜ」狡猾な笑みを浮かべながら英二がいった。

「やるってなにをだよ」

「ばか。これだよ、これ」

 そういいながら、英二は万引き行為をあらわすサインを右手でつくった。

 おれの母親がいるスーパーだということは英二も知っているはずだ。悪びれもしない英二のへらへらした顔に嫌悪感をいだいたが、学校をさぼって徘徊しているてまえ、むやみにさわぎたてないよう平静をよそおった。

「おふくろいるの知ってるだろ。こんなスーパーでなにをとるってんだ。それよりゲーセンにでもいこうぜ」

 おれはなにごともなくスーパーをとおりすぎるつもりで、そそくさと歩きだした。


 歩きはじめてまもなく、おれたちが歩いてきた方角からサイレンらしき音が聞こえてきた。だらしなく口をあけたまま見ていると、一台の救急車がスーパーの入り口であわただしくとまった。それまでは気づかなかったが、入り口のあたりは野次馬とおぼしき人たちであふれ返っている。

「なんだ? 怪我人か?」となりでそれを見ていた英二が楽しげにいう。

 食品がメインのスーパーで怪我人がでるとは考えにくい。急病人がでたとすれば従業員か買いもの客のどちらかだが……。一抹の不安にかられたおれは、英二をおきざりにして走りだしていた。


 スーパーの入り口でざわつく人だかりのせいで、かんたんに店内にはいれる状態ではなかった。

「すいません、とおしてください!」

 あからさまに不快な顔をする野次馬たちをかきわけ、おれは強引に店内へと足を踏みいれた。

 野次馬の最前列よりまえにでた瞬間、おれの目にとびこんできたのは、医療用ストレッチャーにのせられた母親の姿だった。ぐったりしていて意識はないようだ。ストレッチャーの前後にはりつく救急隊員が、どいてくださいと声をあげながら足早に近よってくる。

「ほら、そこをどいて!」

 いらだたしげに押しのけられ、うけた力に逆らうことなくはじき飛ばされた。

「なんでおふくろなんだよ……」

 弱々しい無意識の声を発し、すわりこむ寸前だったおれの腕を、だれかが乱暴につかんで持ちあげた。

「おい、いいのかよ! おまえのおふくろだろ!」

 おいてきたはずの英二の顔がそこにあった。まるで、けんか相手を射ぬくような眼光でおれをにらみつけている。おまえにそんな真剣な顔は似あわない。そう考えたとたん、全身を支配していたすさまじい脱力感が消えた。

 おれはわずかに残った気力をふりしぼり、夢遊病者のように救急車へと乗りこんだ。

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