アリガトウ、サヨウナラ
猫修羅
起
おれにとっては、ただうっとうしいだけの存在だったんだ。
それまではずっと……。
高校にはいってから、落ちこぼれでどうしようもないやつらとつるみはじめたおれは、やがてまわりと同化してろくでもない人間になっていった。学校をさぼることなんてあたりまえで、窃盗や恐喝といった犯罪行為も日常的な光景だった。そうすることでしか自己表現できなかったわけではなく、そうすることが自分にとっての正解だという気がしていたんだ。
「龍馬、学校にはちゃんといってるの?」
坂本龍馬のような立派な男になってほしいという短絡的な願いをこめて、おれはたいそうな名前をつけられていた。坂本龍馬がどう立派だったのか詳しくは知らないが、最期はだれかに殺されたというあいまいな記憶だけがあり、人に誇れるような名前だとはいまでも思わない。
おれには父親がいなかった。母ひとり子ひとりの平凡な家庭だ。おふくろのいうことを信用するなら、父親はおれが生まれてまもないころに病死してしまい、写真の一枚も残ってはいないらしい。それにかんしては、おれも深く追求することはなかった。いまさら真実を知ったところでなにも変わらないし、とくにこれといった感情もわいてこないと思ったからだ。
おふくろは、学校にもろくにいっていなかったおれを母親らしくとがめていたが、周囲のだれからも愛される温和で明るい人だった。おれみたいなろくでなしを女手ひとつで育てたんだから、顔にはださない多大な心労があったにちがいない。近所にある大型スーパーのパートタイマーとして昼間は仕事に精をだし、夜は夜で家事に追われるという余裕のない生活だ。そこに心労がなかったはずもない。それでもおふくろは、おれに対して陰を見せることは一度としてなかった。
けっして恵まれた環境ではなかったが、現実というものをよく知らなかったおれは、こんな生活がいつまでもつづくと思いこんでいた。
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