シーン3 決意

 それから数日後。私の予感は的中し、また彼に会うことが出来た。


 あの日からまた学校に通ったが、やはり相変わらず息苦しい日々。教室ではまたクラス中から無視を決め込まれていたが、もう慣れっこだったから気にならなかった。

 問題はやはり、あの人だ。

 廊下ですれ違う一瞬、あの人はなんでもないような素振りをし、白々しさの混じった面持ちで通り抜ける。私も真似するが、どうしても息が詰まるように苦しい。もう私の世界にいないはずなのに、手を伸ばせばまた掴めそうな気がする。そんな風に考え込んでしまうから、また心が乱される。


 逃げ出したい。苦しい。自分がここに存在しているのは、やはり間違いなのかもしれないと思い、じわじわと負の感情が湧きあがる。

 そんな時に、彼は颯爽さっそうと現れてこう言った。


「あんた、自分がずっと光の中に居たとか思ってんだろ? じゃあ、いまは闇の中か?」


 ニヤニヤと試すような笑みを浮かべる。彼の言う通りかもしれない。黙って頷いてみせる。


「闇の中はどうだ? すっごく眩しいだろ? 目が眩んじまうくらいに」


 闇。

 漠然ばくぜんとした言葉に頭を傾げる。

 だが、今の状況を“闇”だと置き換えれば確かにそうだ。死のうとしたくらいに、私は闇の中に閉じ込められていたのだから。彼は返事も待たずに続ける。


「目を見開いてみろよ。闇があんたを壊したんじゃない、光があんたを壊したんだ」


 光。

 そうだ、私が壊れたのは、あの人という“光”がそばに居たからだ。ずっと大切なものだった。手放したくないのに、あの人という光は私の両手をいとも容易くすり抜けた。そして今は、私を闇の彼方に追いやろうとしてる。悪いのは全部、あの人という”光”のせい。


「私をこんな風にしたのは……光。あの人のせい?」

「そう考えてもいいんじゃないか? あんたの人生に干渉し、こんな風に苦しむのはそいつのせいだ。それを理解しただけでも違うだろ?」


 また嫌味のような笑みを浮かべる。はたから見れば気味の悪い笑顔だが、私には最高の幸福だ。

 彼が微笑むだけで、私の頬も綻ぶ。彼が喜ぶ姿を、ずっと見ていたいと思う様にもなる。

 要件だけを伝えると彼は去った。


 もう追いかけようとは思わなかった。どうせ、彼には追い付くことはないのだから。



 ― ― ― ― ― ― ―



 少しばかりの日にちを経て、ようやく私も決心がついた。

 あの人が別れを選んだ以上、その選択を取り消すことは出来ない。だから、あの人と向き合うことはやめた。


 その代わりに、私はいままで見てこなかった自分と向き合うことにした。

 それが出来るようになったのは、彼の言葉だと思う。彼がいたおかげで、こうして痛みを連れながらあのマンションの屋上から降りることが出来た。


 屋上で出会った救世主? ヒーロー? 王子様? 

 どんな代名詞だろうが構わない。彼が居なければ、私はこうしてここに居るが出来なかった。


 こうして私はあの人の呪縛から逃れることが出来る。その代わり、私の心は彼に囚われた。新たな恋と呼ぶには距離が足りなくて。憧憬というには、彼への承認欲求が多すぎて……。こんな滅茶苦茶な気持ちのせいで、過ごす日々もまた穏やかではなかった。


 でも、そんな彼とも会えなくなる。

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